第3話:安息タイム
「やってくれたねー、白坂さん」
昼休み。俺の席に来るなり笑うのは
小学校からの友人でクラスメイトだ。
コンビニで買ったパンを机に置くとちらり俺の左を見る。
残念だな、智也。お目当ての人物はもういない。四時限目が終了した瞬間、「今日はかつ丼! 勝ったからお祝い!」と俺へ謎の報告をしてキャッキャと出ていったからな。
ん? 勝ったから……?
まさか対戦相手は俺だったのではあるまいな。負けてないんだが。
「比永、ここ使う?」
「ありがとー」
突っ立っている智也に気付いたらしい、くるりと振り返った前席の鈴木は弁当を手にクラスメイトの元へ向かった。なんて穏やかなんだ。鈴木の背中に敬礼を送りたい気分になる。
左にヤツがいないだけで俺の目に映る世界は平和そのものだ。空気が吸いやすいまであるね。
真ん中の列、後ろから二番目。
前後左右ナナメ、人に囲まれた席が俺の居場所である。
新学期初日、見た感じ普通な面々にホッとしたのも束の間、隣に白坂が座った瞬間、「ひぇ」と思わず声が出かかったね。
あの人気者が隣。
ということはこの席には騒がしい人間が集まってくるのでは、と。
思えば最初から憂鬱だった。
まぁ現実はそんな程度では済まなかったわけだけど。でも誰が想像できるよ、連絡先を教えなかっただけでこんな状況になるとかさぁ。
「白坂さん何だったの? 随分ご機嫌だったよね」
ご機嫌ね、確かにご機嫌だったな。
追記しておこう。
あの後、更にもう一度白坂は盛大に笑った。
俺が書いた『口がない』を俺の口がないのかと思ったようで(だから俺の顔を確認した)、質問の漢字の間違いだと書いてやったところ爆発した。
ツボが分からん。己のミスを恥じたのか?
いや、あれは照れ笑いなんてかわいらしさは皆無だった。爆笑だったもの。
ちなみに先生は噴火した。
「ちづ、笑ってたでしょ」
智也は七三分けした前髪の七側をかきあげながら椅子に腰を下ろす。横幅のある垂れ目が覗いた。
ちづとは俺の幼少期からのあだ名だ。
「……あー、まー、笑った、な」
「プルプルしてたのばっちり見えたよ」
「え、そんな?」
「うん。チワワかと思った」
「……」
随分可愛いものに例えられたな。
「多分さぁ羨ましいと思った男子いるよ」
「どういうこと」
「教科書見せてあげるというイベントに?」
机の横に引っかけてある通学鞄から弁当を取り出す。
黒地の巾着から二段式の箱を出すと智也はパンの袋を開けた。
……なるほど、イベントね。
そのように思う者がいるのなら是非名乗り出てほしい。すぐに代わってやる。すぐにだ。
「なに、ちづ。ニヤニヤしちゃって」
「いや? お前もその一人なのかなと」
「あー、羨ましい勢? んー、残念ながら俺は興味ないかなー」
「ほう」
「白坂さんってなんか、犬っぽいじゃん? 俺猫派だもん」
いや、多分今日のお前は犬派だよ。さっきからチワワだなんだと言ってるからな。
でもまぁ確かに、彼女を動物で例えるなら猫よりは犬かもしれない。
常に尻尾振ってる系のな。延々とその尻尾追いかけてる系のな。
「いい子そうだけどね」
そう。彼女は多分いい子なんだと思う。
悪い奴ではないのだと思う。
いつも人に囲まれて、常に笑顔。
そんな環境は彼女からすれば当然であり自然なことで、もう毎日が楽しくてしゃーない、幸せー。なのかもしれない。
自分がそうなのだから他人もそうなのでは? などと考えている可能性もある。
そうだとしたら、彼女に俺を理解してもらうのは少々難しいかもしれないな。「何言ってんのか分かんない」とか言われそうだ。こっちの台詞だわ。
勘違いはしてほしくないのだが、俺は白坂を否定的に思っていないぞ。
仲間になりたいけど自ら輪に飛び込めない者にとっては白坂のような人は有難いだろう。
彼女の世界は否定しない。
ただ俺とは違うってだけだ。
俺には俺の安寧というものがある。それを壊されるのは勘弁してほしい。
「どしたの、ちづ。考え事?」
「んー……」
どうすれば静かな毎日になるだろう。
俺がノートを渡さなければ終わってくれるか?
ないな。寧ろ事態を悪化させる可能性が高い。
いっそのこと今日のようにやり取りをすれば済むのだろうか。最短でいくなら筆記ではなく、口で。
……んん。考えただけで喉の奥が苦しい。
無理だ。だって相手は白坂。
会話のキャッチボールなんてしてみろ、終わりが見えない。
これが他の女子であったなら。まだ多少は試みる余地がある。
だけど白坂。アレは、駄目だ。
となれば、この安寧ぶっ壊されかけの日々に終止符を打てる策はひとつ。
「席替えっていつだと思う?」
「んー、今度清掃あるじゃない。あれって確かこの席順で班作られてなかった?」
あぁ……あれか。地域へ貢献しよう活動か。
うちの高校では近所のごみ拾いをする日というものがある。確か今月末だっけか。
そうだ、班。
作業自体はクラス全員で行うが場所によっては班ごとに手分けするとか、そんな感じだったような。
去年の記憶をぼんやり思い出す。結構なごみの量だったなぁ。
ついでに智也の言う通り、この席順で班が作られた記憶も出てきたよ。
「それが終わるまではないんじゃない?」
「……じゃあもう少しだな」
「分かんないよ、夏休み明けかも」
「ふっ、ざけんなよ智也」
「え、なんで俺」
「言葉にしたらその通りになるかもしんねーだろ、言霊を知らんのか。そういう予想は心の中だけでストップしろ。口にはするな。声に出すな」
「そんな長文で」
「できれば思ってほしくもない」
「そこまで」
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