第2話:ヤバい隣人
俺、
会話はするさ、必要なら。
困ってる様子があれば助けもする、自分の手が空いてれば。
円滑にやっていくための最低限のコミュニケーションはとれてるつもりだ。
だからさ、白坂。
これ以上を求めないでほしいんだが。
「瀬名くん」
授業が始まる直前、左隣の自席に戻ってきた白坂は座るや否や体を俺へ向けてノートを掲げた。
「何でキミは返事してくれないんだろう」
ペラペラとノートを捲ると俺の机へそれを置く。開かれていたページは昨日の日記だ。
「何でもいいんだよ? 学校行きましたでもいいんだよ?」
同じクラス、しかも隣の席の女子。そんな人物にそんな報告をするなんてごめんなんだが。
「せめて読んだよーとかさぁ。何か書いてくんないと交換日記じゃないじゃん」
そうなのだ。最初からあなたがしているのは交換日記ではないのだよ。
「ほら、今書きなっせ」
白坂は椅子ごと俺に近づくとノートを叩いた。
……は? 今? 何を?
「あー、うぜぇなぁって顔してんね」
「……」
「ごめんだけどずっと言うよ、絶対。多分返事こない限り」
どっちだよ。
「あたしもこんなことはしたくないのよ。でもねキミと仲良くなりたいから仕方なくさぁ。筆記なら饒舌になるかもなぁってさぁ」
なんだ、隣の席だからか?
だったら左にも隣人はいるだろ。あっちとやってくんないかな。
「……ふうん、プライベートな情報は明かしたくないと。ハイハイ、なるほど」
言っておくが俺は何も返していない。
彼女が勝手にうんうん頷いているだけである。
「分かった。じゃあこうしよ」
「……」
「瀬名くんの気持ちを書いてよ」
「……」
「お題ね。こんだけあたしが喋っててキミは一度も声を発していませんが、どーしてでしょーか!」
こんだけ会話が成り立たないのに尚も絡んでくる理由は何なんだ。問いたいのはこっちである。
聞く気はないけど。
「書いてくれたらおとなしくなるよ」
それは今、ということだろうか。それともこれから先おとなしくなってくれると?
まぁ、前者だろうな。
そろそろ教科担任がやってくるだろう。
そうすればこのやりとりは終わる。
だがしかし。
授業終了後この続きがあるとしたら?
早く済ませよう。ペンケースからシャーペンを取ってカチカチと芯を出す。
俺の動きに白坂は「おっ」と弾んだ声をあげた。
……凄い。無言なのにワクワクしてる感じ、伝わってきてます。
さて、お題は何故声を発さないのかだったな。
一枚捲って白坂側のページ最上部に腕を伸ばす。
喋りたくないから
授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いたのは書き終えたと同時だった。
教科担任がのっそり教室へ入ってくると、騒がしかった教室は授業を受ける態勢を整えていく。
……なのに白坂は定位置へ戻らず、
「先生、教科書忘れたんで瀬名くんに見せてもらいまーす」
ガタガタと自分の机を動かし俺の机にぴったりくっつけた。
先生、この人嘘言ってます。
何故なら白坂は教科書を探すこともなく、自身のペンケースから出した緑色のペンをノートへ走らせているのだ。
視界にダークブラウンの頭が入ってきて右へ重心を置く。自分の方にノート動かせばいいのに。こっち側にこないでほしい。
スッと頭が下がると俺の文字の下に現れたのは『なんで?』と、少し丸みのある文字。
えー……、これ返事しなきゃ駄目な感じか?
まぁ、いいか。失礼ながら、この先生はただ教科書を読み上げるだけで特に補足もくれないからな。
面倒だから
てかめっちゃ字きれーだね
てか漢字すご。しゃべるとかめんどーとか
本当に入試受けたの?
俺と白坂の手はノートの上から移動することなく四行に渡って会話をした。
止まったのは白坂だ。
終わりかなと思った直後、彼女のペンが動く。
うれしい! せなくんからしつ門された! もちろんテスト受けたよ!
白坂の言葉に少しだけ目が大きくなった。
んん、と小さく咳をしたのは『うれしい』の文字に気恥ずかしさがあったからだ。
だって質問と言われるほどの問いではないし、そんなストレートに嬉しいと言われてしまうと、どう反応していいのか分からない。
だから俺は手を動かした。
口がない
え、まじで?
そう書いて白坂の顔があがる。
ノートに近い距離のままで動くから白坂の髪がさらりと俺の手の甲を撫でた。
ペンを持ったままの白い指がダークブラウンの髪を耳にかける。
大きなアーモンドアイに映るのは俺の顔。
え、何。突然の凝視に体を退けば、ガタンと机の脚を蹴ってしまった。
と、
「うっそつきー! あんじゃん! あははっ」
白坂がでかい声で笑った。
元々静かだった教室がしん、と更に静寂に包まれる。
「……何がだ、白坂」
「あ、ごめんなさい。先生じゃないです」
こちらをじとっと見る教科担任に白坂は背筋を正し謝罪をした。
だが何を思ったのか、一瞬間を空けて謎の訂正をする。
「あっ、そういう意味でもなくて。違くて。毛じゃなくて」
教室が小さくざわっとした。
喋り声だとかではない。空気だ。
そしてきっと数人は教科担任の一番高いところを改めて見たと思う。
ちょっと、コイツ。
なんかいろいろ、お前。
「……白坂、誰もそんなことは言ってないがね」
「あっ、黙りまーす」
先生、ちゃんとありますよ。白坂の言い分だとまるで無いかのように聞こえたかもしれませんが、あります。
白坂は机に両肘をついて両手で口を覆った。
何が楽しいのか前後に体を揺らしノートを見つめている。
終わらせよう。俺は最後に一言、書いた。
馬鹿
「えっ! やば!」
「今度は何だ! 白坂!」
「ばかってかんじ!」
「白坂ァァ!」
やばい、コイツ、まじでやばい。
ノートを閉じると白坂の机へ投げた。左手で頬杖をついて口元を隠す。
上がった口角はしばらく下がってくれなかった。
――――――――
お読みいただきありがとうございます。
フォロー、評価、コメント、応援とありがとうございます!
なかむら爆発しまして、更新です。
あなたのアクションがなかむらを支える……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます