第六話 震え

 サンドイッチが入ったままのバスケットを少し乱暴にテーブルの上に置くと、私はベッドの上に身を投げた。いつぶりだろうか。


 どろどろとした疲労感が襲い掛かってきた。のろのろと身体を起こし、時計を見る。正午のメロディを、静かに時計が唄った。お腹は空いていて、何か食べる物を欲しているのに、起き上がる気力がない。


 布団が離してくれない、というのはまさにこの状況をいうのだろうか、いや、違うだろうと自問自答して苦笑する。うやむやになってしまった答えを探すこともせず、だらりと腕を垂らす。


 少し、気持ちが落ち着いた気がする。小さく息を吐いて、ゆっくりと身体を起こした。ベッドわきに置いたバスケットの中から食べ損ねたサンドイッチを取り出して齧った。


 うん、美味しい。少し塩味がして、濡れているけれど―――…あれ、私は、なぜ、泣いているのだろう。


 自覚してしまうと、あとからあとから零れ落ちてくる。そのまま、サンドイッチを食べ終えてしまうと、勢いよくベランダへ飛び出した。


 何をやっているのだろう、私は。

 もう一度恋をするなんて、ないと思っていたのに。

 もう一度あの頃に戻れたらなんて、二度と思わないと誓ったのに。


 あれから何度もあの夜はやってきたのに、私だけが更新できないままだ。いつまでも、壊れたパソコンのように更新できない。


 ベランダにいると、いろいろな音が飛び込んでくる。

 風、木の葉がこすれる音、隣の家の洗濯物がはためく音、話し声…。

 何処へ行っても、何をしていても、音は耳から入ってくる。

 みんなが一体となって、「地球」という一つの音楽を奏でている。


 それなのに、私だけが、そこから外れている…気がする。


 ぱしっ


 自分の頬を叩いて暗い気持ちを引っ込める。かと思うと、ふ、ふ、と途切れ途切れの笑い声が漏れる。ふ、ふふ、ふふふ、と笑いが止まらない。どうしてしまったのだろう、私は。


気が付くと、両手が震えているのが視界に入った。私はもう、我慢は上手にできる歳だと思っていた。それなのに、何故だろう、どうしても、震えが止まらない。


我慢しなくちゃ、いけないのに。


ふ、と息を吐くようにそう呟くと、笑いも、震えも、止まっていた。

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