高田氏の目的
「幸ちゃんに、これをやってもらうわけにはいかないでしょうか」
「サチチャン」が言いにくそうな発音だった。
「これ、とはつまり、幸に高田さんの足を飲み込ませるということですか」
「ええ」
高田氏はにこにこしながら、あっけらかんと言う。
「足を呑ませて、また引き出すわけですよね。申し訳ありませんが、幸の食道や胃を傷つける可能性がありますし、吐き戻しというのは蛇にとって体力を消耗するものでして・・・」
私は姉にもはからずに、言下に拒否した。後半部分はネットで見ただけの情報だが、とにかく理由をつけて拒否した。断っておいてから姉を見ると、姉は私に向かって小さくうなずいた。
「そうですか。それなら仕方ありませんね」
そこで高田氏は例のアニメの題名を口にした。
「ナーガ姫のコスプレ撮影のお客さんが多いそうですね」
「ええ、よくいらっしゃいます」
「実はお宅のことも、ナーガ姫について検索していて知ったんですよ。ナーガ姫が、蛇に部下を絞め殺させるシーンがあるんですが。ご存じですか」
「ええ、その回は見ました」
「サークルのメンバーに情報が共有されたんですが、その時はもう、みんなその話でもちきりでした」
「でも、その部下は殺されたんでしょう」
高田氏は笑う。
「もちろん、死にたいわけではありませんが。ただ、天啓というか、光明を見た気がしたわけです」
話が再び、着地してほしくないところに落ちようとしている。
「ひょっとして、幸に締めさせるおつもりで?」
高田氏は期待に満ちた顔で、微笑みながら、
「締めるのなら幸が傷つくことはありませんよね」
と言う。
「ちょっと、できかねますね。危険度がどれほどのものか、つかめませんので・・・」
これも断ったが、高田氏は落胆した様子もない。初めに断られることなど、織り込み済みなのかもしれない。彼はビジネスも、きっとこの調子でこなしているのだろうと想像する。私も姉も、しつこく交渉を重ねて、譲歩したりさせたりする経験は、残念ながら豊富ではない。要するに世間知らずなのだ。高田氏に言いくるめられてしまうのではという不安を感じる。
「フィリピンには、動物園で蛇がマッサージしてくれるサービスがあると、ネットに出ていました。観光客が横になって、重さ五十キロの蛇がその上を這うそうです」
また携帯の画面でその記事を見せてくれる。種類はわからないが、黄色い、何メートルもありそうな蛇だ。幸よりやや小さいくらいだろうか。その蛇が地面に寝た人の上をのたくっている。それだけだ。マッサージの効果についてはよくわからない。ただ物珍しさを味わうだけのサービスにも思える。
「締め上げるのも、マッサージの一種と考えれば、似たようなものではありませんか?」
姉が口をはさむ。
「しかし、そもそも蛇は、殺そうとして締めるわけですよね。どのくらいの力があるのかわかりませんが、危険ですよ」
「蛇が締める力は、計測されたものではアミメニシキヘビが300mmHg、キングヘビは180mmHgだそうです」
アミメニシキヘビは最大級の蛇だ。人が襲われて呑まれた例もある。おそらく力は非常に強いだろう。ただ、300mmHgと数値で言われても、具体的にどのくらいの強さなのか、まったくぴんと来ない。そう言うと、高田氏も「そうですよね」と笑った。
「これもネットで見つけたんですが、実は、自ら蛇に絞められてみた実験の動画がありまして」
高田氏が望むことの、まさにそのままではないか。こうやって情報を小出しにするのも、戦略なのだろうか。見てみると、動画は短く、わかりにくい内容だった。男性が体を保護するための、黒いプラスチック製らしいプロテクターを胴回りや腕に付けて、自分を蛇に絞めさせるが、やがて苦しくて耐えられなくなり、「もう無理だ」と周囲の者に伝えると、皆が慌てて引きはがしにかかる。
解説では、蛇は始めはむしろ逃げようとしていたのだが、プロテクターに豚の血を塗って締めるように仕向けると、しぶしぶといった感じで巻き付いて締め上げた。その力は「腕が折れるかと思った」ほどで、実験者の呼吸が乱れ心拍数が下がり、さらに本人がめまいを訴え助けを求めたので、実験は終了となったとのことだった。
「力は強いでしょうが、絞められても一瞬で死ぬわけではないですしね。これ以上は無理、と思ったら、そこで引き離してもらえればいいんですから」
高田氏は、自分に対して危険なことはないと信じ込んでいるようだった。あるいは、締め付けられたいという望みが強すぎて、それしか考えられないのだろうか。
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