締められたい人
今日来たお客さんは一風変わっていた。
レンタルペット1時間の予約に、餌やりも付けての申し込みだった。現れたのは四十代後半くらいの男性だった。高田という名前で予約していた。身なりはグレーのポロシャツに黒のチノパンと、いたって普通だった。長くも短くもない髪型だった。身だしなみに気を使わなければという心がけと、散髪・整髪が面倒くさいという気持ちがせめぎ合っているヘアスタイルのように感じた。
まずは洗面所で手を洗ってもらうことになっているが、それを済ませて幸の部屋に来ると、驚いたようにあごを反らして床の上で大きく円を描いている幸を見、それから近づいて、しゃがみこんで胴体の一番太い所をなでた。
「つるつるしていますね」
と、述べた感想は普通だった。解凍したウサギをやる時も、そつがなかった。与え方の動画を見せて説明しようとすると、「見たことがあります」という答えが返ってきた。
好奇心はあるのにおっかなびっくりで、幸を乱暴に扱ったり、ぬいぐるみと勘違いしているかのような、雑な手つきで触ったりするお客さんではなさそうだったので、その点は安心していた。ただどちらにしても、そばについて幸とお客さんの双方に危害が及ばないよう、時間中ずっと見ていることには変わりない。
「実は、蛇に呑まれたいという願望がありまして」
と、高田氏は気さくに相談を持ち掛けてくるような調子で言った。私はちょっと笑った。冗談だろうが、変わったことを言う人だと思った。
「これ、この前見つけた動画なんですがね」
と、高田氏は携帯電話の画面を見せてくる。「自分の足を飲み込ませてアナコンダを穴から引きずり出す」という長い題名の他は、何の説明もない。
動画は、アフリカ人らしき男性が、地面の穴に深く差し入れた自分の足を引き出そうとしているところから始まる。他の人も集まり、数人がかりで男性を抱え上げて引っ張る。穴から出てきた、土埃にまみれた左足は途方もなく長く、数メートルはあり、ぐにゃぐにゃとしている。と思いきや、実は大蛇が男性の足を途中まで呑んだ状態で、一緒に引き出されて来たのだった。男性はナイフで蛇を――題名を信じるならアナコンダを――口の端から切り裂いて、足を抜き出す。男性の細い足には布が厚く巻かれて、牙が通るのを防いでいたようだ。まだ絶命していないらしい蛇の尻尾がかすかに動いているのを最後に映して、動画は終わる。時間にして1分18秒。
「これが、私たちのサークルで大変話題になりまして」
「はあ」
「スクイーズド・ラバー・クラブというサークルなんですが」
スクイーズという言葉から、レモンをレモン絞り器に回しながら押し付けて、果汁を搾り取る光景が思い浮かぶ。それしか思いつくものはなかった。ラバーとは多分「愛好する者」の“LOVER”で、「ゴム」の“RUBBER”ではないのだろう。どちらにしても、カタカナばかりの名前であるのがうさんくさい。
「締め付けられる、または呑み込まれる、という感覚を愛好する者の集まりで、お互いに情報交換をしています」
締め付けられる、呑み込まれる、という表現に、男性の立場からの性的なものを連想させられた。
「ただ、なかなか利用できるものがないんですよね。我々の定番はフットマッサージャーです」
空気で膨らませる長靴のようなものに足を入れて圧迫し、むくみを取るための商品だ。写真を見せてくれたが、失礼でない程度に相槌を打つことしかできない。高田氏の言う、「締め付けられたい」というのは局部の話ではなく、できれば全身をという願望のようだ。とりあえず、趣味嗜好はいろいろあるということは理解できる。
「こういう嗜好について、お聞きになったことはありますか」
「いいえ、不勉強でして、初耳です」
「全身を強く締め付けられたいとか、何かに呑み込まれたいとか、そういう願望を持っている男性は結構いますよ。私たちのサークルには三十名ほどメンバーがいますが、探せばもっといるでしょう」
「締め付けられる感覚ですか。若い時には、きついジーンズで骨盤や膝が締め付けられるのが気持ちよかったことを覚えていますが」
「そうそう、そういう感じです。昔のジーンズは綿百パーセントで、生地が伸びなかったですからね」
そう言われると、多少は理解できる気がする。その圧迫感を全身で感じたいということだろう。
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