コスプレ

 レンタルペットのお客さんは、主に週末に予約が入った。それで平日は主に幸と二人で過ごしていた。お互いに相手に慣れてきたと思う。私は幸の部屋でくつろいで仕事をするようになった。幸は時々こちらに這ってきて、床に座っている私の足にくっついてじっとしていたり、私が足の上に置いたクッションに頭を乗せたりした。

 水のたらいから出てきてすぐにくっつかれると、こちらまで濡れるので閉口するが、まずバスタオルで受け止めることで水気を取ることにした。

 表情も変わらないし鳴くこともしないが、態度から、レンタルペットのお客さんと私を区別しているように感じる。幸はあくまでもおとなしく、お客さんには自分から決して近寄っては行かない。寄ってくるのは私に対してだけだ。幸が舌を出して私の腕に触れるときは、私のにおいを確かめて安心しているのではとすら思う。

「ふれあい体験」の目玉として、幸への餌やりを別料金でできることにしたら、利用する人が出てきた。週に一組に限り、週末に、レンタル利用料金に加えて「冷凍ウサギ一匹の値段」を負担してもらい、餌やりをしてもらう。あらかじめ動画でやり方を見せた上でやってもらうと、特に問題なく幸が食事できた。

お客さんがこれをやってくれると金銭的には助かるのだが、なんとなく私の方が、幸にご飯を食べさせる特権を奪われているような気になる。

一つ心配なのは、週一回、1.5キロのウサギ一匹で足りているのかどうかだが、「もっと食べたい」などと自己主張しないので、判断が難しい。かといってこれ以上はあまり大きくなられても困るので、安易に餌を増やすこともできない。

毎日のようにこちらのアパートに通っているので、姉には、

「いっそのこと、部屋を引き払ってこっちに住んだら」

と言われた。

「ええっ、嫌だよ」

と答えたものの、考えてみると、もしこちらに住めば毎日ここまで通う必要はないし、私の部屋の家賃も浮く。幸を住まわせるためのこの部屋の家賃が、「経費」ではなくなる。その点はとても魅力的だ。しかし、小ぎれいにしているとはいえ、年季の入ったこのアパートに引っ越してきて、昼も夜もここにいることは気が進まない。もっとも、経済的に余裕が無くなってくれば、選り好みなどしてはいられないだろう。

 インスタグラムのアカウントを作ることもやってみた。幸の写真に加え、お客さんが幸と写っているものも上げた。

 レンタルペットを開業してからひと月半ほど経ったころ、毛色の変わった連絡があった。「コスプレ撮影をしたいのだが、可能だろうか」という問い合わせだった。

「部屋の外での撮影はできませんが、よろしいでしょうか?蛇を丁寧に扱っていただければコスプレされての撮影も可能です」

と返信した。すると、「当日、そちらで着替えとメイクをさせていただくのは可能か」とも聞かれ、それも大丈夫だと返答した。

 予約の日にやってきたのは二十代後半くらいの女性二人で、大きなバッグを抱えてきた。中にコスプレ用の衣装やメイク道具が入っているのだという。カメラバッグらしい黒いケースも肩からかけている。本格的なので驚いた。

部屋二つのうち、幸がいるのは西側で、空いている東側の方で着替えてもらうことにした。洗面所も自由に使ってくださいと伝えた。ハンガーラックとちゃぶ台、そして椅子を部屋に入れた。さらに、私のアパートから、全身が移る鏡を持ってきてある。

 コスプレ撮影の場合は、着替えの時間は含めず、撮影は一人当たり一時間まで、そして料金は一人五千円ということにした。それでいいのかはわからないが、とりあえずの措置である。

 椅子もちゃぶ台も着替え用に提供してしまったので、姉はダイニングで座布団の上に座って携帯をいじり、私は壁にもたれてタブレットで仕事しながら待った。

 三十分ほどして、「コスプレ完了しました」と現れた二人を見て、私たちは、

「わあ、素敵」

と声を上げた。

 二人ともよく似たインドのサリー風の衣装を身にまとっている。たっぷりとした布地は漆黒で、月か太陽かわからないが、金色の大きな円がいくつもプリントされている。肩から落ちる布地は床にまで垂れている。ウイッグを付けていて、色は薄紫のつやのあるストレートヘアだ。それをゆったりと背中側でまとめてある。目の周りを太いアイラインで囲み、眉間には深紅のビンディーを付けてあった。

 ウィッグは既製品だが、衣装はそれぞれ自分で布地を見つけて作ったのだそうだ。

「どういうキャラクターなんですか」

と聞くと、あるアニメの、「ナーガ姫」というキャラクターだと教えてくれた。その題名をアニメを見ない私でも知っていたので、おそらく非常に人気がある作品なのだろう。

 画像検索してみると、二人のコスプレにそっくりのキャラクターが――いや、話が逆だ。二人のコスプレが「ナーガ姫」にそっくりなのだ――出てきた。二人と同じ衣装と髪型で、体に大きな蛇をまといつかせている。それと同じイメージで撮りたいのだという。

 二人はハンドリングの要領もすぐに飲み込んで、互いに盛んにカメラで写真を撮り合っていた。そのうち、

「幸を肩に乗せて撮ってみたいんですが、無理でしょうか」

と聞かれた。キャラクターがしているのと同じように、肩から蛇が頭を乗り出した体勢を撮影したいらしい。

 様子を見ていると、二人は幸を繊細に扱ってくれている。姉と相談の結果、OKを出すことにした。万一のことがあれば、私と姉ですぐに幸を引きはがす覚悟で、緊張して見守る。

 やはり幸は手や肩の上では安定感がないためか、じっとしてはいなかったが、彼女たちは肩から幸が身を乗り出した瞬間をうまく撮影していた。

 二人分の予約の二時間はあっという間に終わった。

「撮影はうまくいきましたか」

と聞くと、撮った写真を見せてくれたが、なかなか腕がいいと感じた。携帯電話のカメラではなく一眼レフを使うだけはあって、コスプレだけではなく撮影の方にも力を入れているようだ。さらにこれに、CGで背景などを付けるのだと教えてくれた。

「もしよろしければ、こちらに1、2枚送っていただけないでしょうか。SNSに上げさせていただきたいんですが・・・」

 こう聞いてみると、快く承諾してもらえた。

 3日ほどして、お礼の言葉とともに「ナーガ姫」のコスプレ写真が送られてきた。背景から幸の部屋の内部は消され、別の背景が付けられて、見違えるようになっていた。それをSNSに上げさせてもらう。ハッシュタグにはアニメの題名に加え、「ナーガ姫」「コスプレ撮影」「蛇との撮影」などの語を付けた。

 初めてのお客さんである彼女たちは、幸を丁寧に扱ってくれ、問題も起きなかったのはよかった。しかし、これからもそうとは限らない。それらしい写真を撮ろうと熱心になるあまり、トラブルに発展する可能性もある。例えば、逃げようとする幸にポーズを取らせようと無理強いし、幸がその手を噛む、などというケースだ。コスプレ撮影のときは、必ず姉にもいてもらうようにした方がいいかもしれないと思った。

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