初めまして
ツイッターのアカウントを作ってから一週間後に、初めての予約が入った。土曜日に一時間の予約で、ネット送金で三千五百円の振り込みがあったのを確認後、アパートの住所を知らせた。
当日は土曜日だったが、頼むと姉も来てくれたので心強かった。週末なのに出てきて大丈夫だったかと聞くと、数時間程度なら何も問題ないとのことだった。
「初めまして。キイロアナコンダの幸(さち)です。
私の牙は無毒です。それから、私はとてもおとなしい性格です。やさしく胴体をなでてくださってもかまいません。
ただ、頭や首をつかまれるのは苦手です。そこは避けて、下からそっと持ち上げることは可能です(ハンドリングといいます)。頭の上に急に手を出したりせず、ゆっくりと近づけてください。
私の胴体をお客様の首にかけたり、肩に乗せたりしないでください。どこかにつかまろうとして思わず首に巻き付いてしまうといけませんから。
以上のことを了承いただけましたら、サインをお願いします。」
タブレットの画面でこれを読んでもらい、サインをしてもらうことにした。肩に乗せることは私自身はやっていたものの、ネットで見た動画では、とある男性が3メートルくらいはありそうな大蛇を得意げに首にかけて記念撮影しようとして、首を絞められたと大騒ぎになっていた。また、片方の肩から首の後ろを通して反対の肩まで、大蛇の胴を渡して、やはり首を絞められたと大慌てになる映像もあった。見た様子では、獲物とみなして積極的に締め上げようとしたのではなく、不安定な体勢を嫌がって巻き付くことでつかまろうとしていただけのようだったが、念のため、それはしないようにお願いすることにした。
初めてのお客さんは三十代半ばくらいの女性二人組で、名古屋市内から来たとのことだった。
「蛇に触ってみたかったんです」
とのことで、お願いした通り、下から持ち上げるようにハンドリングしてくれた。幸はじっとしておらず、持ち上げられると早く降りたそうに女性の手を伝っては床や止まり木に移動していた。お客さんは、
「蛇は冷たくはないんですね」
と言う。
「そうですね。ちょっと温かく感じますね」
「うろこはつるつるしていますね」
心配していたのは幸がお客さんの手を噛むことだったが、そんなことは起こらず、一時間はすぐに過ぎた。二人はお互いに写真をたくさん撮り合っていった。頼んでこちらに二枚ほど送ってもらい、「とても面白かったです。写真もいっぱい撮りました」「蛇ってかわいいですね」という二人の感想とともに、許可を得てツイッターに上げた。
帰り支度をしながら、お客さんが、
「アナコンダって『特定動物』だから、飼うのに許可がいるんですよね」
と言った。姉が朗らかに答える。
「アナコンダには「オオアナコンダ」と「キイロアナコンダ」がいまして、このうち特定動物に指定されているのはオオアナコンダの方なんですね。うちの子はキイロアナコンダなので、特定動物ではないんです」
「あ、そうなんですか」
「普通、ただ『アナコンダ』と言った場合、オオアナコンダを指すようなので、わかりにくいんですけどね」
お客さん達は感心して聞いている。姉がとうとうと説明した内容は、私がほんの数日前に姉に教えたことだ。さらに私の方も、少し前にネットでいろいろ検索して知ったことだ。たとえにわか仕込みでも、知っているということは偉そうに見えるものだ。
初めてのお客さん達が帰って行った。おぼつかないやり方だが、何とか集客、集金、サービス提供までをできたことになる。
「携帯電話一つで商売できるなんて、便利よねえ」
と、姉が感に堪えないように言う。
私はそもそもネット経由で問題添削や翻訳を請け負っているが、最近はそのネットコンテンツの発達のせいで仕事が危うくなっている。例えば数学の問題を写真に撮ってアップロードするだけで、自動的に問題文が読み込まれ、同じ問題、もしくは類似の問題の解き方が提示されるアプリがある。その解答は、他の利用者が自分が解いた問題を写真に撮ってアップロードしたもので、無数の解答の中から、コンピューターが探し出して最適なものの画像を見せてくれる。
また、無料で翻訳サービスを利用できるサイトがいくつもある。最近は精度が急激に上がって、昔のように笑える間違いが出てくることもあまり無くなった。文学や伝統芸能などの分野なら、まだ翻訳家が頼りにされる場面も多いだろうが、事務的な文章を訳す仕事なら、そのうちすべて機械がやってしまうようになるだろう。
今はまだ仕事が目に見えて減っているということはないが、先行きが明るくないことは確かだ。仕事の仕方を変えることを考えなければならないだろう。
姉にそのことを話すと、
「あちらが立てばこちらが立たずか。なかなか全部がうまくは行かないものねえ」
と嘆息した。
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