ハンドリング

 頭を上から触らないよう、頭の付け根をつかまないよう気を付けながら、首のやや下に手を入れ、持ち上げてみる。初めては緊張したが、幸は私の手のひらをするすると通過しながら、頭から床に下りていった。考えたよりあっけなかった。

 床に座り込み、もう一度持ち上げて、さらに幸の目の前にもう片方の手のひらを差し出すと、幸はそちらにも乗り、さらに腕を伝って太ももの上に下りてきた。これがハンドリングというものかと思った。

幸の頭は小さい。と言っても、太い胴体に比べれば、ということだが。しかしマムシのように、頭が左右に張り出していない。目は真ん丸で、頭の両側に向かって球が少しはみ出している形だ。濁ったガラス細工のような眼球の真ん中に、縦に黒い切れ込みの瞳孔がある。猫と同じだ。

確かヤギは逆に楕円をさらに押しつぶしたような横長の瞳孔だった。ネットで調べると、馬や鹿もそうらしい。捕食者を早く発見するため、横に広い視界を確保するためだそうだ。一方でライオンやトラ、ピューマなどの大型ネコ科動物は人間と同じ丸い瞳孔を持つ。意外にも虎の瞳孔は丸いのだそうだ。縦長なのは猫、キツネ、そして蛇だという。彼らは待ち伏せなどして至近距離から獲物に飛びかかる狩りをするが、体が小さく、目の位置が高くないため、対象との距離をつかみやすいよう、縦に切れ込みが入った形になっているのだそうだ。

 毎日ハンドリングして手から手へ伝わせたり、肩に乗せたりしていると、幸は半袖から出ている私の腕をぺろぺろと舌で舐めたり、床に座っている時は膝の上に乗ってきて休んだりするようになった。何となくなついた大型犬のようでもある。

 これほどまでに長い体を持っているというのは、どんな感覚なのだろうと想像する。体のどの部分も、意識的に自由自在に動かせるのだろうか。それとも、こうしようああしようと考えることで、体が自然に統括され流れるような動きとなるのだろうか。

 こんなふうにアパートに通っては、家賃や公共料金を払ったり、幸の布団を洗濯したり、空き時間に仕事をしたりした。姉は週一回は車を出してくれた。相変わらず積極的に幸に触ろうとはしないが、多少慣れてきたようではある。部屋をのぞくくらいはするようになった。

「ねえねえお姉ちゃん。ここ見てよ。幸の口は、上唇の真ん中が山形に上がってるんだよ。お姉ちゃんの好きなピーターラビットと同じだよ」

「絶対違う。全然違う」

「かわいいなあ」

「大体、蛇に唇なんかありません」

 私がアパートにしょっちゅう来るようになったので、餌のウサギは前日から外に出して自然解凍させることができるようになった。

 それから、思い切って初めてツイッターのアカウントを作ってみた。それをレンタルペットの窓口とした。大きな蛇を触ってみたい人、一緒に写真を撮りたい人、被写体にしたい人を想定してハッシュタグを付けた。

 #レンタルペット#キイロアナコンダ#大蛇#蛇とふれあい#蛇と記念写真#蛇の撮影#蛇のモデル・・・

 料金はとりあえず一時間四千円とし、オープン記念で今月は三千五百円にすることにした。こういったディスカウントがどの程度効果を持つのかはよくわからないものの、全て他人のアカウントの見よう見まねだった。

 レンタルとは言っても、幸を外には連れ出せない。万一逃げられたらことだ。だからアパートに来てもらって幸の部屋に入ってもらうことになる。幸の部屋の壁紙や床材は真新しくはないが、それほど汚れてもいない。まあ許容範囲だろう。壁紙の柄は、ベージュ系の、太い線の円が連続している柄が、目立たないようにプリントしてあるものだ。ひょっとしてこの柄は、幸の模様を意識して叔父が選んだものかもしれないと思う。

 トイレ、洗面所などの水回りは、さすがに設備の古さが目立つ。しかし掃除は一通りは行き届いているので、使う人が特に不愉快になることはなさそうだ。


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