レンタルペット

「お金を取って幸を貸すのはどうかな」

というと、姉は、

「えっ、それはどういうこと」

と聞いた。一言一句、まったく予想通りの答えだったのでおかしかった。

「犬をペットとして貸し出す業者があるでしょう。一時間だけ散歩させてみたいとか、飼えないけど一緒に遊んでみたいとかいう人に。蛇を触ってみたいとか大蛇を間近で見てみたいという人も、どこかにいると思うよ」

「引き取り手を探すのはやめるの」

「最終的には誰かに引き取ってもらいたいけど、その間のつなぎとして。うまくいけば餌代くらいにはなるかもしれない」

「もし予約が入ったとしたら、幸をどうやって連れて行くの」

 私の車は嫌だからね、と姉の顔が言っている。

「外に連れ出すのは無理でしょう。依頼人にアパートの方に来てもらうしかないね」

「こんな、駅の周辺でもないへんぴな所に、来てくれる人がいるかな」

「そこが問題なんだよねえ。で、まあ、もし予約してくれる人がいたらの話だけど、私が鍵を開けて応対するよ。できればお姉ちゃんが一緒にいてくれた方が心強いけど」

 姉は否定とも肯定ともつかない返事をする。突然こんな話を聞かされて判断しかねているようだ。無理もない。私自身も見通しのつかないことを言っているのだ。

「幸がお客さんを噛んだりしないかな」

「やっぱり、心配なのはそれだね」

 やれることは思い切ってやるべきだ、という気持ちと、慣れないビジネスを自分自身で始めることに対する不安がせめぎ合っている。万一、幸が客に危害を加えたらという心配もある。まずは、自分で幸に触ったりハンドリングをしてみたりして、様子を見ることだろう。

「幸を見て、触ってみて、自分で飼いたくなる人が出てきてくれたら好都合だけどね。そして引き取ってくれれば・・・」

と言うと、姉は考え込んでいるような不明瞭な返事をした。

 というわけで、私は幸に慣れようと、また幸の方にも私に慣れてもらおうと、積極的に触ることを始めた。決まった用事のない日は叔父のアパートに通う。移動に時間を取られるのが嫌だったが、待ち時間やバスと電車の中では仕事をするようにして、時間を無駄にしているというストレスを無くした。

 以前は、たとえ好きになれない蛇であろうと、仮にも生き物に餌だけ与えてあとは放置しておく状況に多少の罪悪感を感じていたが、アパートに足繁く通うようになって、それも薄らいだ。

 アナコンダは、鼻が小さなうろこではなく遮蔽盾で覆われている、とウィキペディアには書いてある。水の中では鼻に水が入らないようふたができるということらしい。口の合わせ目は正面から見ると山の形で、山の一番高い所から先が二股になった舌を出して、空気を撫でるようにしては引っ込める。初めはそのぺろぺろという動きが気味悪かった。しかし、蛇は視力が弱く、代わりに舌を出してにおいを感知して周りの様子を見ているのだと知ってからは、魚や草食動物がきょろきょろと周囲を見ているのと同じだと思うようになった。そうしてみると、知ることが恐怖心を取り除くことになるのだと感じる。

ただ逆に、ネットで見たことのために怖くなることもある。飼育されているらしいアナコンダの動画を見つけた時のことだ。床にコンクリートで作られた浅い小さなプールの水に、黒い蛇が体をつづら折りに折りたたんで浸かっている。アナコンダに黒いものがいるのかはよくわからないが、タイトルにはそう書いてあった。ただ、この動画では黒っぽく見えているだけかもしれない。ゴム草履をはいた男性の足が前を通ると、蛇はばね仕掛けが外れたような素早さで水から飛び出して、大きな口を開けて噛みつこうとする。見ている者が硬直する一瞬だ。だが男性は慣れているのか、ひょいとよける。

動画を撮るためにわざと蛇の前を通ってみたのだろうが、こうやって噛みつこうとするのは日常茶飯事ということなのだろう。今まで幸がこんなふうに飛びかかって来たことは一度もないけれども、少々怖くなる映像だった。少なくともこの黒い蛇は、いつも目にしているであろう飼育者でも、餌の範疇と思っているのだろう。まさか犬がじゃれつくように甘えているのではあるまい。

もっとも、幸はキイロアナコンダだというから、もともとおとなしい種類のはずだ。アナコンダにはオオアナコンダとキイロアナコンダがあり、普通アナコンダと言えばオオアナコンダを指すという。このオオアナコンダの方は、飼っても人に慣れず、隙あらば噛みつこうとするらしい。一方でキイロアナコンダは、おとなしく扱いやすい種だ。その中でも個体差があり、比較的性質が荒いものも、非常におとなしいものもある。オオアナコンダとキイロアナコンダの混血は、両者の中間くらいの性格になるそうだ。

アナコンダは毒を持たず、獲物を絞め上げて動けなくしてから飲み込む。咀嚼せずに丸呑みするのは他のすべての蛇と同じだ。ウサギを飲み込むとき、幸は空気入れで自転車のチューブに空気を送り込むときのような音を立てて呼吸する。考えてみれば、肺も胃も細い筒状の体に収めてあり、さらにそこに大きな獲物を通していくのだから、窒息しないよう呼吸を確保しながら飲み込んでいくのはさぞ大変だろうと思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る