幸の世話

 大きな公立の動物園になら、幸を安心して託せると思った。専門の飼育員が責任を持って動物の世話をしているというイメージがあるからだ。しかしどこに電話しても、基本的に民間からの譲渡は受け付けていないとか、新しく動物を受け入れる余裕が無いとか、予算に余裕が無いとか、いろいろな言い方をしていたが、返事は全て否だった。検討する時間が欲しい、と返事を保留されたところからは、後にやはり無理である、との連絡をくれたり、あるいは返事がないままだったりだ。民営のスネークセンターでも、飼えなくなったペットを無制限に引き受けることはできないようだった。爬虫類にさわれるのが売りの爬虫類カフェにも連絡をしてみたが、やはり良い返事はなかった。

 残る希望は個人がペットとして飼ってくれないだろうかということだが、こちらもあまり手ごたえはない。蛇を飼っている人が集まる掲示板などに、何か所も「引き取り手を探しています」と書き込みをした。種類、体長、そして体重はネットで見た他の蛇の重量から、勝手に見当をつけて40キロとした。

問題は年齢だった。蛇の寿命は長いとはいえ、幸はもう30年生きている。これから飼い始めたとして、何歳まで生きるかはわからない。仮に「まだ10歳」だとか、「年齢は分からない」などとごまかして引き取ってもらったとして、それが後で問題になったらと思うと、そうするのもためらわれる。蛇についてよく知っている人なら、体格などから大体の年齢がわかるのかもしれないし、万一「費用をかけて設備を整え、大きな蛇を飼い始めたら、とたんに死んでしまった、それも寿命で死んだらしい」となれば、引き取り手から抗議されるかもしれない。結局は、正直に「亡くなった親戚によれば、30歳らしいです」と書くのが妥当ではないかと思い、そうした。

掲示板には、関心を持った人からの質問や書き込みがあったが、まだ引き取り手は現れていない。「故人の遺志もあり、できれば殺さずに、かわいがって飼ってくださる方に託したい」と書いたことに反応して、

「ツイッターで蛇好きの人に拡散してみます」

「ブログに載せてみます。ついては蛇の写真をそちらに貼ってもいいですか」

など、親切に言ってくれる人もいたのだが、引き取り手が見つかるには至っていない。

 翌週の水曜日、また姉の車で叔父のアパートへ行った。姉に、幸をもらってくれる人を探すのが相変わらず難航していることを話す。

「もし、叔父さんのお金を全部使っちゃっても、まだ見つからなかったらどうする?」

 姉は冗談のように、

「今度こそ安楽死かな」

と言う。

「どうやって殺すの」

「熱帯雨林のジャングルに住む蛇で、寒さには弱いんでしょう。仮に・・・」

姉は一旦言葉を切ってから続ける。

「冬の間、ヒーターも入れず、布団も取り上げて、窓から外気が入るような状態にしておいたら」

「凍死か・・・。首を切り落とすよりは心理的抵抗が少ないね」

 熱帯の蛇といえども、日本の中部地区の冬の気温で凍死するかはわからないが、仮にそれを試してみるにしてもまだ半年以上はある。

 もしそんな状態に置かれたら、幸はどうするのだろうと想像した。熱帯の蛇だから冬眠はしないだろう。寒くて、体温を温存しようとなるべく小さく縮こまって、そしてそのまま覚めない眠りにつくのだろうか。ペットとしての蛇が好まれている理由は、一つには静かであることだ。多分、あばれもせず、眠るように死ぬのだろう。

 部屋に着くと、また先週行った通りの手順で世話をした。慣れてくると、大人が二人がかりでするほどの仕事ではないと感じる。水の入ったたらいの移動は一人では無理そうだが、バケツを使って何回かに分けて水の汲み出しと汲み入れをすれば、一人でもできる。

 姉は相変わらず、幸には近寄らない。部屋にも入らない。だから餌やりや掃除は私の仕事だ。姉はせめて送り迎えくらいはしてやろうという気持ちで車を出してくれるのだろうが、この状況では私だけがここに通った方がよさそうだった。わざわざ姉までが来るには及ばない。外で働いていないので時間の融通が利くとは言え、主婦は暇ではない。

そして、週一回ではなくもう少し多く様子を見に来るべきだと思えた。仮にも生き物であるし、万一逃げ出したりしたときのことを考えると、もっと監視していた方がいい。

ただ、そうなると電車とバスを使って、家からここに来るまで時間がかかるのが負担だ。若い時は外出時の移動距離が長くても気にもならなかった。時間をかけて遠くまで行くのはむしろ気晴らしになった。しかし四十歳を過ぎるとやはりバスや電車の乗り継ぎは結構疲れる。

 それで、また車を買おうかとも考えた。前に乗っていた車を手放してから、もう随分になる。姉の車の助手席から県道沿いの中古車屋を見ていると、これなら買ってもいいかなと思える手ごろな軽自動車がいくつも目に付く。しかし買うとなると、車両本体の価格の他にいろいろかかってくるのだろうし、維持費も、ガソリン代も必要だろう。幸の世話をいつまですることになるのかわからないし、普段は車に全く乗らない生活だ。それを思うと踏み切れない。

 まったく、面倒なことだと思う。何かを遺して死ぬのは厄介なことだ。その点、独身の一人暮らしでペットもいない私は、自分が死んだ後のことまで心配する必要はない。身軽であるのは気も楽だ。


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