蛇と再会

 蛇の部屋に入る。幸は止まり木の横木の上にいた。円形の大きなじゅうたんを洗濯して、二本の物干しざおに広げるように干したらこんな感じかもしれない。アナコンダは熱帯雨林に住んでいるそうなので、夏以外の日本は寒すぎるのだろうが、南向きの日当たりのいい部屋なのでまだましというものだろう。

何度もたらいの水に浸かったらしく、水が減っている。周囲に敷いた新聞紙が濡れていた。床はリノリウム材を貼って防水してある。掃除は拭くだけでよさそうだ。

 床の上には糞も落ちていた。くだけた白い骨がたくさん混じっている。片付けてゴミ箱に入れた。冷凍ウサギをゆでて準備する。前回の餌やりから一週間経っていないが、餌のためにまた二日後にここに来るのも大変なので、今日やってしまうことにする。

 冷凍庫のウサギの在庫はざっと見て十五匹くらいはあった。ということは、あと三か月は持つのだろうが、その後の分はどこかから取り寄せないといけない。

 解凍したウサギとともに部屋に戻ると、蛇はまた布団の下に移動していた。布団をまくって、また顔の前でウサギを揺らしてみる。蛇が大きく口を開けて細い歯を白ウサギにめり込ませたかと思うと、即座に胴体を巻き付けて押さえ込むのは前回と同じだった。しばらくそのままでいるのは、獲物が静止して逃げないことを確かめているのだろうか。やがて口を開いて牙を抜き取ると、次は頭から飲み込み始める。口の周りや喉の皮が伸びて、うろこの間に間隔が開く。飲み込むとき、鼻からしゅうしゅうと息を吐きつつ、一度吐くたびごとにウサギを喉の奥へと引き込んでいく。

 やがてウサギはぴんと伸びた後肢のつま先までも蛇の口に呑まれていった。膨らみが喉から腹部の方へと移動すると、伸びていた皮が戻って、ウサギが通過していった部位のうろこはまた整然と隙間なく整列する。

 お腹がふくれたら、とりあえず餌と思われて噛みつかれる可能性は減るのではないかと考え、おそるおそる長い胴を触ってみる。固いうろこにぴったりと包まれた皮膚は、乾いてさらさらしていた。ほのかに温かい。

 ネットでキイロアナコンダについて色々と読んだが、性格は個体差が大きく、おとなしいものに限れば胴を触っても噛まれることはないという。叔父さんの言葉を信じるなら、幸はおとなしい性格ということだから、大丈夫ではないかと踏んでのことだった。蛇に直接さわるなど、初めてのことである。頭や首を上からつかむのは嫌がるらしいが、喉から下の方を下から持ち上げてやればハンドリングもできるのではないか。おそらく叔父さんもそうやっていたのだろう。

 布団を全部まくって、幸の頭から巻き尺を沿わせて測ってみた。といっても頭を触る勇気はないので、頭部は目分量で測り、三十センチくらい過ぎた部分から巻き尺を当てる。目盛りが二メートルまでしかないので、途中でゼロからまた当てなおす。今までこんなに長いものを測ったことがない。ぐねぐねとうねりながら丸くなっているので正確なところはわからないが、しかしざっと測ってみたところでは、四メートル五十センチあった。

 蛇は時々頭を上げてたり下げたりして、上唇(唇があると仮定しての話だが)の中央の切れ目から、薄桃色の舌を出したり引っ込めたりしている。気味が悪くて、返ってじっと見てしまう、目が離せなくなる光景だ。

 それにしても、落ち着いてみていられないのはこの柄である。背中にある黒っぽい楕円は、胴の太いところでは私の手のひらよりも大きい。その楕円をさまざまに押しつぶしたり形をゆがませたりしたものが、背中にみっちりと並んでいるところ、そしてその楕円を細い黄色の筋がふちどっているところ。その柄だけで怖い。

 こんな目立つ柄を付けて、野生の環境で獲物を取れるのだろうかと思う。ジャングルでは水の中に入って、頭だけ出していたり、水の上に突き出した枝に巻き付いたりして、獲物を待っているらしい。草木が密に茂る場所ではかえってこういう柄が保護色になるのだろうか。

 床を掃除し、たらいの水を変える。たらいを運ぶにはどうしても姉の手を借りなければならないが、それ以外では姉は蛇の部屋に入りたがらない。

 もし当分の間引き取り手が決まらなかった場合、部屋代や餌代などが叔父の残してくれたお金でいつまでまかなえるかを話し合う。やはり数か月のうちに何とかしなければならなかった。

 帰り際に部屋をのぞくと、蛇はたらいに入って水に浸かっていた。あふれた水が周りにこぼれている。水面から鼻先をちょこんと外に出していた。時々細く長い舌を出して上下に打ち振っている。蛇は視覚と嗅覚は弱く、代わりに舌でにおいを感知し、鋭敏な皮膚感覚で振動を察知するのだそうだ。この姿はネットで見た、獲物を水中で待ち伏せする体勢と同じだ。そう思うと怖いが、一方で、くつろいで安心しているようにも見える。そう考えると、ちょこんと鼻先をたらいのふちに乗せている姿が、かわいくなくもなかった。


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