蛇の処遇

 車に乗り込みながら、コーヒー飲みたい、と姉が力を込めて言った。気分転換せずにいられない気持ちはよくわかる。県道沿いのコーヒーチェーンに入った。落ち着いた雰囲気のカフェでなく、少しざわついたセルフサービスの店で、話をするにはちょうどよかった。しゃれた内装の静かな店で、蛇がどうとか、生かすか殺すか、などという話はしたくない。

「どうする?」

「とりあえず、引き取ってくれそうなところを探そうか。『お若い二人』だから、SNSを駆使して」

「布(ふ)由(ゆ)はツイッターとかフェイスブックとかやってるの?」

「やってない」

 もちろん姉もやっていないのだろう、と考えて、私はわざわざ聞かなかった。姉の方も何も言わないので、やはりやっていないのだろう。

「動物園とか、爬虫類館のあるテーマパークにメールを送ったり電話かけたりして、片っ端から聞いてみようか」

「それはもう叔父さんがやってるかも」

「でもまあ、また当たってみなきゃいけないだろうね。あとはペットショップとか、蛇が好きで飼っている人とか」

「『蛇が好きで飼っている人』ねえ。まあ、どこかには、いるんだろうね」

と、姉は冷ややかに言う。

 店を出て車に乗り込むとき、姉は、

「これが猫だったらなあ」

と嘆息した。

「またはウサギ・・・」

姉の車のキーにはピーターラビットのプレートが付いている。

二人で話している時、どちらも、「ひと思いに殺す」という提案はしなかった。幸に対する叔父さんの愛情を汲みたいという気持ちと、大蛇を殺すことの気味悪さと、どちらが大きかったかはよくわからない。

 姉は私をアパートまで送ってくれた後、買い物と夕食の支度のため急いで帰っていった。私は一人暮らしなので気楽なものだ。しかし今日の分の仕事はしなければいけない。オンラインでの中高生の問題集添削と英語の文書の翻訳をやって生活費を稼いでいるが、設定された締め切りに間に合いさえすればいいとはいえ、あまり仕事をため込むと後で苦労する羽目になる。毎日コンスタントにこなしていく方が無難だ。それで私はパソコンを開き、添削に取り掛かった。

 次の週の水曜日に、姉は約束通り車で迎えに来た。蛇に餌をやるのは一週間に一度でいいらしいが、一週間経っていないのに叔父の部屋に向かったのは、様子を見ないと心配だったせいだ。蛇自体の心配ではなく、私たちの施錠のせいで逃げ出していないかとか、つけっぱなしのヒーターのこととかである。ヒーターはサーモスタットで設定温度以上になると自動的に切れるようだが、なにしろ自分で安全かどうかを確かめていない。

 近所に住むアパートの大家さんには、叔父が亡くなって蛇が遺されたこと、蛇の処遇が決まるまではしばらく部屋を借りたままでいたいこと、少なくとも一週間に一度は餌やりと様子の確認のために私たちが来ること、などを話して了承を得てある。

できれば大家さんが毎日外からでものぞいて様子を見てくれないだろうかと思ったが、七十過ぎくらいの男性である大家さんには、蛇は苦手だから、と断わられた。それでも、「即刻殺処分して」などと要求することはなく、叔父ができれば引き取り手を探してほしいと願っていたことに対して、理解を示してくれた。いい人だった。

「早く決着が付けばいいねえ」

と、大家さんは言った。私たちを気遣ってのことでもあろうし、同時に気味悪いものをさっさと片付けてほしいという願望でもあっただろう。

「蛇のこと、お義兄さんに話した?」

と、ハンドルを握る姉に聞いてみた。

「まあね。安楽死させられないのかとか、早く引き取り手を見つけろとか言ってた」

「安楽死、お義兄さんがやってくれる訳にはいかないかな」

「無理だわ、とてもとても」

と姉は笑う。私はここ数日の奮闘について話した。

「動物園やスネークセンターにメールや電話をして、責任者からはっきり返事をもらえたのが10か所くらい。返事が保留のところもあったけど、現時点では収容能力がないって大半は断られた」

「お疲れさん」

「ペットショップも、4mにまで育ってしまうと、売るのが難しいからって、連絡したところはほとんどだめだったわ」

 私は、飼い主が自分の手や肩に蛇を乗せたりまといつかせたりすることをハンドリングということ、キイロアナコンダのような蛇にそれをするには子どもの時から飼育して慣れさせなければならないことを説明した。といっても私もつい先週までは知らなかったことだ。

「だから個人で蛇を飼っている人にはあまり期待できそうにない。4mもの蛇となると、場所も取るだろうし。子蛇の時から育てて慣らすならともかく、いきなり4mの蛇を欲しいか、ということになるでしょう」

「なるほどね・・・」

「一応、蛇好きが集まる交流サイトに、飼い主募集の書き込みはしたよ。見つけたら片っ端から書いておいた。それから、私の考えなんだけど、『蛇と触れ合えるカフェ』みたいなところが可能性が高いんじゃないかと思う」

「動物園よりも?」

「動物園はどこも予算の問題で、『くれるんならもらいましょう』とはいかないみたい。飼育されていた蛇が最近死んで檻が空いてる、なんていう都合のいい状況なら別だけど。それならむしろ、商売に利用する爬虫類カフェなんかの方が脈があるかも」

 ただ、私たちはまだ幸の体長も体重も正確なところを知らない。引き取り手を探すなら、それくらいははっきりさせておかなければならないだろう。そもそもキイロアナコンダという種名が正しいのかどうかもわからないが、ネットで画像検索して出てきた写真を片っ端から幸と見比べてみた結果、種類は多分間違いないだろうと結論づけた。

「ペットショップの中で、店のサイトで紹介しておいて、購入希望者が出てきたら私たちから仕入れてもいいというようなことを言っていたところがあったんだけど」

 姉は、

「じゃあ載せてもらおうよ。載せること自体はただでしょう?」

と急に乗り気になった。

「じゃあ、体長と体重くらいは測らないと。それから写真も何枚か。かわいく写ってるのを」

「リボンでも付ける?」

「やってみようか?それで、一応巻き尺を持ってきたよ」

「誰が測るの」

と言いながら、姉は顔は前方に向けたまま、運転席から視線だけを私にちらっと寄こしたので、私も助手席から同じようにお返しする。

「それから体重だけど。考えたんだけどね、体重計を二つ用意して、私たちがそれぞれに乗って、二人がかりで幸を持ち上げる。二つの体重計で測った重量の合計から二人の体重を引く」

 姉は「ふざけないで」と言わんばかりの笑い声を立てた。まるで取りあう気がないようだ。もっとも、二人がかりでも幸を持ち上げられるかはわからないことだった。

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