叔父の手紙
「思い切れなかったのは蛇のことです。」
手紙をちゃぶ台の上に広げ、座って姉と頭を突き合わせつつ読む。
「いっそ殺して処分しようかとも考えました。しかしできませんでした。餌を与えずに餓死させる方法もありますが、かわいそうで週一回の餌やりをやめることができませんでした。もう30年一緒に暮らしているので、私には殺すのは無理でした」
姉がシャツの袖で目頭を押さえる。
「30年前、一緒に暮らす仲間が欲しくて、仕事中にふと目に留まった爬虫類専門のペット屋に入りました。爬虫類はおとなしくて臭いも出ず、飼い主が留守にしても寂しがって鳴いたりもしないので、飼いやすいペットだと聞いていました。ペット屋の主人はそんなに大きくなる種類ではないと言ったのですが、全くの嘘でした。売りつけるために出まかせを言ったのか、それとも主人が無知だったのか、あるいは個体差があるのかはわかりません。蛇の体長が私の身長を超えた頃にそのペット屋に行ってみましたが、店は無くなっていました」
「幸いアパートはペット禁止ではなく、大家さんには蛇を飼っていることは話してあります。くれぐれも逃がしたりしないよう念押しされています。それと、できれば他の部屋の方には知らせないようにと頼まれました。
買ったときはほんの小さな蛇だったのですが、どんどん大きくなってしまい、今は四メートル以上あります。名前は「幸(さち)」です。」
「本当にすみません。私は幸のことをお二人にゆだねることにしました。私はインターネットについては全く無知ですが、若いお二人ならネットを活用してうまく幸の引き取り先を見つけられるかもしれないと思いました。できることならぜひそうしていただきたいのです。しかしもしどうしても無理なら、殺して始末してください。絶食には強いので、餌をやらなくても二、三年は生きるかもしれません」
姉が「にさんねん」と抗議するような声を上げた。「無理でしょうそんなの。もしやるとしても」
「一番いいのはひと思いに包丁で頭を落とすことだと思います。しかし女性には頼みにくいことです。人に依頼するなりして、苦しませずに殺す方法を考えていただけませんか。諸費用のためにお金を用意して台所の引き出しの二番目に入れてあります。数か月間の部屋代はまかなえると思います。水道、電気、ガスは止めずにおいてあります」
姉が、目を見開きつつ眉をしかめるという難しい表情で、私を見た。おそらく私も似たような顔をしているはずだ。目と目を見交わす。やっかいなお荷物を押し付けて逃亡した叔父。あの世までは追いかけて行けない。完全な叔父の逃げ勝ちではないか。
「前もってお願いすることもなしに、勝手なことを言って申し訳ないです。事前に頼めば嫌がられて、とても引き受けてはもらえないだろうという考えもありましたが、入院する前日まで、殺すかどうかずっと迷っていたためもあります。本当にすみません。伏して対処をお願いします。幸の種類はキイロアナコンダと聞いています。毒はありません」
「ここに書いてあること、全部本当だと思う?」
と姉。
「さあ。でも本当じゃないにしても、私たちにはどうしようもないよ」
蛇の始末をつけずに逝った理由が、面倒だから放り出したのではなく、殺すに忍びなかったせい、そして最後まで迷っていたせいだというのを信じるなら、叔父は本当に用意周到な人だ。そういえば与田さんから聞いたが、私たちがお葬式で供えた香典は、日本育英会に寄付されるのだという。それも叔父の意向だそうだ。
私たちは台所の引き出しを開けてみた。二段目に茶色の封筒が一つ入っていた。封のされていない封筒の中身は五十万円だった。
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