叔父のアパート

 母の葬儀の時に聞いたが、やはり叔父のアパートは家からほど近かった。30分くらいで着く。ただしそれは車を使えばの話で、電車とバスを乗り継いで行けば2時間近くかかるだろうと思われる。

「法的には姪が叔父さんの部屋を始末する義務を負ってるわけじゃないよね」

と姉は不服そうだった。私としても、気が進まないことには変わりない。ひょっとして部屋に大量のゴミが残されていて、それを片付けるのに時間と費用と労力を費やさなければならないかも知れない。

 ただ、アパートの保証人には母がなっているのかも知れないとふと思った。母が亡くなって、その責務を子が引き継がなければならないということはないだろうが、なんとなく心情的に、母の代わりに行こうかという気持ちもあった。

 今回も姉の車に乗って行った。ナビを頼りに、郊外にある小さなアパートにたどり着く。二階建てで各階に四戸が横一列に並ぶ棟だった。ペンキ塗りなどの手入れはされているようで、一見すると外装はきれいだが、細部を見るとかなり年季が入っているのがわかる。築30年にはなるだろうか。

 叔父の部屋は一階の右から、つまり西側から二番目だった。「森」という表札を確かめてドアを開錠する。錠は昔ながらのシリンダー錠だった。ぎっ、と蝶番が小さな音を立ててドアが開いた。その中に見えた景色は、妙にがらんとしていた。

 床の上にうずたかく積まれた荷物やゴミで足の踏み場もない、という最悪のケースも覚悟していたので、ほっとした。むしろ拍子抜けするくらいだった。念のために持ってきていたスリッパも、履く必要は無いくらいだった。

 中に入ると、一人暮らしには不似合いな大型冷蔵庫が目立つ他は、ちゃぶ台が一つあるくらいで、それ以外に家具らしいものはほとんど無い。そのちゃぶ台の上に封筒があった。

「一ノ瀬奈津様 森布(ふ)由(ゆ)子(こ)様」

 表に書かれていたのは姉と私の名前だ。中から便箋を取り出す。手紙は黒の油性ボールペンで書かれていた。

「この度はご迷惑をおかけして大変申し訳なく思っております。」

 こんな言葉で始まっていた。普段全く付き合いのない姪に、アパートを引き払う役目をさせることを謝罪しているのだろうと思った。

それにしても叔父はたいそう準備の周到な人だ。末期の肺がんで、次に入院すればもう退院はできないことを承知で、おそらく私物はできるかぎり処分したのだろう。さらに葬儀や供養の手配までしておいたわけである。亡くなったのは病院でなので、このアパートの大家さんや他の入居者にも別段の迷惑はかからない。

 手紙があるのを知らせようと、

「お姉ちゃん」

と、向こうの部屋を見て回っている姉に声をかけた。そうしておいて続きを読む。

「荷物などはできる限りの処分はしましたが、思い切れなかったのは蛇のことです。引き取ってくれる先を色々と探しましたが、見つけられませんでした。いっそ殺して」

「お姉ちゃん」

 私が大声を上げたのと、姉が今まで聞いたことのない悲鳴を上げながら、隣の部屋から飛び出して来たのが同時だった。



 母の葬儀の時に聞いたが、やはり叔父のアパートは家からほど近かった。30分くらいで着く。ただしそれは車を使えばの話で、電車とバスを乗り継いで行けば2時間近くかかるだろうと思われる。

「法的には姪が叔父さんの部屋を始末する義務を負ってるわけじゃないよね」

と姉は不服そうだった。私としても、気が進まないことには変わりない。ひょっとして部屋に大量のゴミが残されていて、それを片付けるのに時間と費用と労力を費やさなければならないかも知れない。

 ただ、アパートの保証人には母がなっているのかも知れないとふと思った。母が亡くなって、その責務を子が引き継がなければならないということはないだろうが、なんとなく心情的に、母の代わりに行こうかという気持ちもあった。

 今回も姉の車に乗って行った。ナビを頼りに、郊外にある小さなアパートにたどり着く。二階建てで各階に四戸が横一列に並ぶ棟だった。ペンキ塗りなどの手入れはされているようで、一見すると外装はきれいだが、細部を見るとかなり年季が入っているのがわかる。築30年にはなるだろうか。

 叔父の部屋は一階の右から、つまり西側から二番目だった。「森」という表札を確かめてドアを開錠する。錠は昔ながらのシリンダー錠だった。ぎっ、と蝶番が小さな音を立ててドアが開いた。その中に見えた景色は、妙にがらんとしていた。

 床の上にうずたかく積まれた荷物やゴミで足の踏み場もない、という最悪のケースも覚悟していたので、ほっとした。むしろ拍子抜けするくらいだった。念のために持ってきていたスリッパも、履く必要は無いくらいだった。

 中に入ると、一人暮らしには不似合いな大型冷蔵庫が目立つ他は、ちゃぶ台が一つあるくらいで、それ以外に家具らしいものはほとんど無い。そのちゃぶ台の上に封筒があった。

「一ノ瀬奈津様 森布(ふ)由(ゆ)子(こ)様」

 表に書かれていたのは姉と私の名前だ。中から便箋を取り出す。手紙は黒の油性ボールペンで書かれていた。

「この度はご迷惑をおかけして大変申し訳なく思っております。」

 こんな言葉で始まっていた。普段全く付き合いのない姪に、アパートを引き払う役目をさせることを謝罪しているのだろうと思った。

それにしても叔父はたいそう準備の周到な人だ。末期の肺がんで、次に入院すればもう退院はできないことを承知で、おそらく私物はできるかぎり処分したのだろう。さらに葬儀や供養の手配までしておいたわけである。亡くなったのは病院でなので、このアパートの大家さんや他の入居者にも別段の迷惑はかからない。

 手紙があるのを知らせようと、

「お姉ちゃん」

と、向こうの部屋を見て回っている姉に声をかけた。そうしておいて続きを読む。

「荷物などはできる限りの処分はしましたが、思い切れなかったのは蛇のことです。引き取ってくれる先を色々と探しましたが、見つけられませんでした。いっそ殺して」

「お姉ちゃん」

 私が大声を上げたのと、姉が今まで聞いたことのない悲鳴を上げながら、隣の部屋から飛び出して来たのが同時だった。

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