巻き付く者よ汝の名は蛇なり

@poipoi99

叔父の葬儀

    献辞 蛇年の和沙さんに捧げます



 それは、叔父が亡くなったことを知らせる電話だった。

 姉の奈津の声が電話の向こうから、母の弟が亡くなって、明日がお葬式だと説明していた。斎場はそれほど遠くない。姉が車で迎えに来てくれるというので、甘えることにした。

 喪服はワンピースを着ることにした。4月なのでまだジャケットも必要だろう。黒無地の着物もあるが、自分一人では着られないので、美容院で着つけてもらわなければならない。それが面倒で、最近はしまいこんだままだ。

 当日は、帰りも姉に送ってもらえるという心づもりで、黒いハイヒールを履いて出た。慣れないヒール靴で靴擦れを起こしたくないので、バスや電車で帰らなければならないなら、履き替えるためのローヒールの靴も持っていくところである。

 姉の車の中で聞いてみると、叔父のことを連絡してくれたのはやはり親族ではなく、そういった業務を行っているNPOの人で、叔父が生前に依頼をしていたのだという。確かに母が亡くなった時、母方の親戚で付き合いのある人はほとんどおらず、叔父のみに連絡がとれて参席してもらったのだった。他に母方で連絡するべき人がいないか、叔父自身にも聞いてみたが、思い当たらないということだった。

 香典はいくらにするべきか姉と話し、ほとんど付き合いは無かったが自分たちは姪という立場ではあるし、五千円では少なかろうが、三万円も包む必要はないだろう、ということで一万円ずつにした。ただ、この香典を誰が受け取ることになるのだろうとは思った。

 話しているうちに葬儀会場に到着した。葬儀社の運営する葬儀専用の建物で、駐車場は広く停めやすかった。しかし停まっていたのは二台きりだった。

 参列者は私たち姉妹のみで、黒いスーツに黒いネクタイのNPOの代表が喪主ということだった。黒衣に金色の袈裟を着けた僧侶が、読経だけ済ませて帰っていった。焼香し、お棺に白い菊の花を一輪ずつ入れ、お棺の蓋を石で釘付けする真似をした。それでお葬式は終わりだった。

そこで喪主から声をかけられた。もらった名刺には、「NPO法人 紫条園 代表」の与田さんとあった。身寄りがないなどで葬式をしてもらえそうにない人のために、事前に料金をもらって、死後に喪主を務めたり、僧侶の読経を手配したり、希望の寺や墓所への納骨をしたりしているという。

「それで、お二人にこれを渡してもらいたいと頼まれています」

 叔父からことづかっているものだと、大きくはない茶封筒を渡された。ぺらぺらで、大してかさのあるものが入っているようには見えない。実は叔父は莫大な財産を持っていて、それを姪である私たち二人に・・・というわけではなさそうだった。

「アパートの鍵だそうです。多分、お二人に部屋を引き払っていただきたいということだと思います」

「そういう処置も、そちらでやっていただけないのでしょうか」

と姉が聞くと、

「私が森さんから請けおっているのは、死亡届の提出、葬儀と火葬場への同行、散骨、お寺での合同供養の依頼までです。故人の持ち物の処分などは管轄外ですので・・・」

 こんなやりとりを、私たちはどこかに座ることもなしに、立ち話で済ませた。それでいいのだろうか、どこかに腰を落ち着けて話すべき内容ではないか、とも思ったが、座ったから何かが変わる、というものでもなかった。

 そして与田さんという「紫条園」の代表は、今から故人に同行して火葬場に行くとのことだった。

「お二人はいらっしゃる必要はありません。待ち時間が随分かかりますし」

 姉がお礼を言うと、与田さんは、

「すべて森さんから料金をもらって依頼されていることですので・・・」

と言った。私は姪として、火葬場くらいは行くべきではないかと迷っていた。しかし姉は帰る気でいるようだった。子どものこともあるし、できれば早く帰宅したいのだろう。そうなると、たとえ私一人でも行くと主張する気力もなく、結局私も姉の車で帰って来たのだった。

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