出港 其の一

 数分の航行の後に内火艇は『祥風』飛行科所属の甲板員達の誘導の下、無事に『祥風』後方甲板上にたどり着いた。


「完全に停止するまで、席を立たないでください」


内火艇の乗組員が注意を促した。少し間をおいて騒音と共に一際大きく内火艇が縦に揺れた。内火挺が甲板に着艦したのだ。


 艦船に乗り慣れた照良達にとっては慣れ親しんだもので、照良は内心で”今日の操舵士は腕が良いな”なんてことを考えていた。しかしながら乗れ慣れていない人間にはかなりの衝撃であったようで、竜胆殿下は勿論のこと、護衛の近衛兵達は思いも寄らない揺れに少し浮足立っているように見えた。


 その様子を見て、照良は溜飲が収まるのを感じたが、じっと見ていたら難癖をつけられかねんと思い、外の作業をじっと眺めることにした。


甲板上では甲板員が内火艇をワイヤーで固定する作業を始めていた。普段彼らが相手をする観測艇や『祥風』の内火艇とは違うのにも関わらず、まるで長年そうやってきたかのように手を動かして作業を進めてゆく。


固定完了、よし。


 甲板員達がそう叫んだのを聞いて、内火艇の乗組員達が下船の準備を始めだした。乗船した時と同じようにタラップを組み立て『祥風』の甲板上に掛ける。しっかりと固定されているのか甲板員が確認し、さっと右手を上に上げる。”良”という意味の手信号だ。


「足元にお気をつけて下船してください」


 内火艇乗の組員に促されると、竜胆殿下は「お世話になりました」と頭を下げられた。乗組員たちは素早く敬礼を返すが、殿下が頭を下げられるとは思ってもみなかったのか、長年油が差されていなかった機械が急に動いたかのように固いものであった。


 そんな乗組員達の緊張に気づいていない竜胆殿下は近衛兵の後を追ってタラップを降りていかれる。竜胆殿下御本人が相当緊張されている御様子なので、無理もない話であった。


 内火艇に乗船した時とは異なり、殿下と近衛兵達が先に下船される。その後に照良と松山艦長が続くことになっいる。


 照良が竜胆殿下御一行の背中から視線を外してみると、内火挺の乗組員達が一仕事終えたといった表情を浮かべているのに気がついた。


 こっちはこれから10日間、気の休まらない缶詰生活が待っていることを考えて、照良は心底羨ましく思った。そんな様子を松山大佐に見咎められ、照良は姿勢を正した。内科艇の乗組員をあれこれ言える立場ではなかった。


「今回の航行も安全運転で頼むよ」

「勿論です」


 松山大佐と『祥風』に乗る際にいつも行っているやり取りだ。それも今回が最後かもしれないと思うと言いようがない寂しさを照良は感じた。


「それじゃあ、行こうか。主役を待たせる理由にはいかないからね」


 軍帽を整えた松山大佐に促され、照良はタラップを降りる。そして二人は久しぶりの『祥風』の甲板上に降り立った。 


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