前途多難

「いや、どう考えたって荒れるだろ。これで荒れないと考えているなら、お前の頭の中は芥子のお花畑だぞ」


 萩原基地の正門前で松山大佐と別れた後、照良は一人で考えるよりも、この問題を共有することになる『祥風』士官達の中で、静かに話を聞いてくれそうな面々を基地の会議室に集めた。


 照良の説明を聞いていた『祥風』砲術科長・里田健介大尉は、たっぷりと悩んだふりをしてから、こう言い放った。なんともな言われっぷりだ。しかしながら、会議室にいる全員の意見の総意だと照良は思った。勿論、照良を含めてだ。


「士官組と兵卒組ですら問題が起こるっていうのに、そこに他所からのお客様なんか乗せてみろ。対立軸が一つ増える」


 全くもってその通り。何も言い返せない。


 士官と兵卒との対立は世界中の軍隊で必ず起きる出来事である。そして、その舞台が航行中の軍艦であることはよくある話であった。


 代表的なものを挙げるとすれば、リュミル共和国の戦艦『ル・ルキュレ』やラドロア軍の戦艦『ウシーリア』が有名だ。灯華国内に目を向ければ、三十年以上前に戦艦『紅鏡』で起きた“紅鏡の乱”が有名である。


 それ以来、灯華軍は兵卒の待遇改善に乗りだし、大分改善されたものの、それでも士官と兵卒の対立の火種がなくなったわけではない。今でもどこかで燻っているはずなのだ。


 そこに今回のお客様だ。ただでさえ余所者がやってくると揉め事が増えるというのに、格式と給与と同じくらい自意識の高い近衛兵が乗ってくるのだ。

問題が起こる事しか予想できない。


「健介、変わってくれ」


「断る。出世に響きそうだ」


 健介はしっしっ、と手で羽虫を追い払う様な仕草で照良の頼みを断った。士官学校以来の付き合いであるが、薄情者め。照良は恨めしく思いながら健介を睨んだ。


「照良、こんな面倒ごと、断ればよかったじゃない。鰻一杯で引き受けるような話じゃないわ」


 照良は健介から視線を左に移動させ、なんとも言えない違和感に襲われた。


 健介の隣に座っているのは藤咲薫中尉。『祥風』の解析科の解析長を務める才女である。


「いくら松山大佐の頼みだからといっても、便利に使われすぎている気がするわ」


 募る違和感を無視して照良は会議室の天井を仰いだ。実用一点張りの電灯の周りを羽虫が一匹、影と実像の間をせわしなく飛び回っていた。


「安請け合い、だったか?」


「そうね。私だったら、断らせてもらうわ」


 藤咲中尉は眼鏡に掛かった前髪を手で直しながら言った。ヴォルケンムント人の母親から受け継いだ亜麻色の波打った髪が揺れる。


「まあ、頑張ってとしか言いようがないわ」


 どこか他人事の様な藤咲中尉ではあるが、照良はその理由を知っていた。解析科は航行中には艦橋下にある解析室に閉じこもっているので、他の科とは伝声管や気送管、電話線でしかやり取りはしない。


 事実、今回集まってもらった士官の中には、今日初めて藤咲中尉に会ったという者がいるはずだ。


 尤も、航行中に出会ったとしても、それが藤咲中尉だと気付かないはずだ。照良としては、陸にいる藤咲中尉に違和感を感じざるを得ないくらいだ。


 藤咲中尉が他人事のようにしている訳は、航行中は解析室に籠もっているからお客様には出会わない、そう考えているのだろうな、と照良は三匹に増えた羽虫を眺めながら考えていた。羨ましいとは、思わない。航行中のが解析科がなんと呼ばれているのか知っでいるからだ。


 そこで、ふと照良は気づいた。お客様と顔を合わせない。そういう意味では、砲術科や機関科の連中も似たようなものか。ならば、お客様と毎日顔を合わせることになるのは航空科と主計科、運用科となるのか。


 照良は会議室に集まった面々の顔ぶれを改めて見てみる。お客様とは疎遠になりそうな面子ばかりであった。


それから会議室に集まった士官達でああでもないこうでもないと議論をかわしていったが、結局のところ、火種は小さいうちに消すという結論に至った。つまりは、いつも通りという訳だ。


「今日は集まってくれて有難う」


 照良は深々と頭を下げた。その言葉を聞いて会議室の空気もどこか緩んだような気がした。


 ああそうだ。会議室から出ようとした照良はわざと、思い出した様に切り出した。


「“浮舟の儀”をつつがなく執り行うために、休暇返上で予行練習を行うことになった。休暇中で規制している兵卒がいたら連絡を入れて至急戻ってくるように伝えておいてくれ。以上だ」


 唖然としている面々を残して、早歩きで自室に向かう。背後から聞こえてくる不満の声を聞きながら照良は面倒なことになったと顔をしかめた。

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る