其の参

 軌道暦四〇四年九月十五日。天威帝国内の国際公路を通り、ウンゲルン少将率いるラドロア共和国:国民献身艦隊は後に続く国民愛国艦隊と国民報国艦隊と共に灯華皇国に対して奇襲攻撃を仕掛けた。


 ウンゲルン少将自らが作戦を立案したマンチコラ作戦である。

 

 この日、穂先群島に現れたラドロア軍艦隊こそ、この作戦の要である国民献身艦隊であった。


 国民献身艦隊が穂先群島のある常和州を攻撃し、隣接する州から送られてくる灯華軍を引きつけ、その間に国民報国艦隊と国民愛国艦隊が国境二州と近隣の独立国を占拠する。


 マンチコラ作戦の目的は革命の混乱期に失った植民地及び侵攻拠点の確保であった。


 月島駐屯地から出港してきた駐屯艦隊を壊滅させた国民報国艦隊はそのままの勢いで泡島付近の有人島に攻撃を開始した。各有人島に設営されていた灯華側の対空砲は早い段階で無力化されてしまった。


 この時、小さな集落や村は攻撃を受けることはなかった。しかし、比較的大きな町にはラドロア軍駆逐艦から空爆が行われた。


 常和州州都への空襲の訓練と兵員達のガス抜きのためであった。


 ラドロア軍は常和州を灯華皇国との広大な緩衝空域とする算段であり、生き残った住民達は占領・併合した地域に『亡命』させる手筈となっていた。


 泡島近くの有人島にある町では事前に不審船接近の報せを受けていたため、住民達の避難が素早く行われた。人的被害はゼロではないが、空襲の規模を考えれば奇跡と称されてもおかしくはないほど、犠牲者の数は少なかった。


 しかし、不審船接近を知らず、渡国基地からの空襲警報が届くよりも先にラドロア軍が襲来した町ではそうはいかなかった。


 役場の自己判断で鳴らされる空襲警報。人々が何事かと空を見上げると、青空に黒い無数の点が現れる。それが次第に大きくなっていく。呆気に取られる人々の頭上は鋼鉄の船によって蓋がされる。そして、駆逐艦から投下された大量の爆弾が降り注いだ。


 数多の風切り音が鳴り響く。漸く身の危険を感じた人々が逃げ始めるのだが、その直後に生じた爆発に巻き込まれていく。爆炎が人を焼く。爆風に飛ばされた破片や瓦礫が人体を穿つ。


 悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人々に対して駆逐艦に随伴していた戦闘艇の機銃が向けられる。対空砲の驚異が無くなった事で、護衛部隊の一部が暇つぶしを始めたのだ。


 鋼鉄製の戦闘艇や戦車の装甲を貫くことができる弾丸の雨により人体が一瞬で肉片と血煙に変わっていく。悲鳴は攻撃艇のプロペラ音と機銃のたてる銃声にかき消される。


 町の至るところに黒焦げになった一部が欠けた死体が転がり、瓦礫の下敷きになった人々が生きたまま火葬されていく。我が子を守ろうとした母親が親子共々機銃で八つ裂きにされて飛び散る。


 国民献身艦隊のに指揮を執るウンゲルン少将はその光景を嬉々と眺めていたという。ラドロア帝政時代からの軍人であり、革命後の粛清の時代を辛うじて生き残ることができた元貴族階級出身であった少将は、自らの人生の竜骨に損害を与えた要因の一つである灯華皇国を殊の外憎悪していたのだ。


 彼の目の前に広がる光景はまさに長年彼が思い描いたものであった。国民献身艦隊の旗艦である戦艦『シーラ』の艦橋で少将は感激に震え、憤怒戦争(灯羅戦争のラドロア呼び)で失った義足が金属製の床をガタガタと鳴らしていたという。


 幾つもの町を焼いた国民献身艦隊は月島駐屯地に執拗な攻撃を加えて、月島を更地に変えた後に次の標的に向かって進行を開始した。


 最終目的地は常盤州州都・萩原。その航路の途中にある有人島の中に日々野があった。





 

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