第12話「救世主」
「もしかして、あなたがダンさんですか?」
牢屋の隅に座り込む男性はほんの少し髭が伸びていたものの、その眼差しは力強く俺を捉えていた。
「そうですが……あなたは?」
「レオンハルトと言います。あなたの町で帝国兵とやり合って、ここに連れてこられたんです」
それを聞いた彼の目が大きく見開く。
「息子は!? 息子のミゲルは無事ですか!?」
「彼は無事です。捕まったのは私だけですから」
「そうですか……。少し安心しました」
彼はほっとしたのか、少し笑みをこぼした。
「ミゲルには悪いことをした。置き去りにされたと怒っているに違いない」
ダンさんは再びうつむいた。
「ダンさんに謝らないといけないことがあります」
「私に、ですか? 一体何でしょう?」
「店のものを勝手に持ち去る帝国兵に腹が立って、つい吹っかけてしまい……。それで、ダンさんの息子さんを巻き込む形になりまして。もちろん、彼は無傷で逃げることができましたが、少々軽率だったと反省しています」
それを聞いたダンさんはにこやかに声を出して笑い始めた。
「レオンハルトさん、なんだか同じ匂いがしますね」
笑いながらそう言うダンさん。
「大丈夫ですよ。ミゲルももう戦わないといけないんです。どんな形であっても、私達が実際に戦うことでその戦い方を伝えていかなければならない、私はそう考えています」
それからダンさんは俺に話をしてくれた。最初よりも少し元気が出ているように見えた。
「いつからか帝国兵達が町をうろつくようになったんです。まるで監視するかのように。原因はおそらく私達がいつまでも名前を持ち続けているからでしょう。帝国にとって、名前を持っている存在は都合が悪いのです。この世界をNPCでいっぱいにして安定的な統治を行うのが狙いですから。私は町を守るために、息子を守るために帝国と戦おうと決心したのですが、情けないことにこの有様です」
「情けなくなんてないですよ。まだ終わっていないじゃないですか」
とはいえ、ここは牢屋。武器も取り上げられてしまったし、今のところ脱出する手段は見つからない。
何か脱出する方法はないか、そう考えていると聞き覚えのある声が聞こえた。
「ようやく見つけたわ」
牢屋の外に立っているのはセシリアだった。
「セシリア!? どうしてここに!?」
「説明は後。今は急いで逃げるわよ。ほら、離れて」
檻をドロップキックで破壊するセシリア。正直喜びよりも驚きが上回っている。ダンさんも若干引いているように思えた。
「念のため確認だけど、セシリアって剣士だよな?」
「何を今更。どう見たって剣士じゃない。ほら、剣だって持ってるわ」
セシリアはそう言って腰につけた剣を俺に見せる。
見た目は剣士なんだが、行動が剣士ではないんだよな……。
牢屋を抜け出し、武器を取り返した後、俺達3人は城の中を走り出口を探した。
突然、城内に大きな鐘の音が響いた。
「まずいわね。私達が逃げたのがバレたみたい」
そりゃまああんな派手な脱出の仕方ならバレるわな。
そうこうしているうちに、後方から帝国兵達が走ってきた。
追いつかれまいと先を急ぐ。階段を登る。その途中、上の方からも帝国兵達の声が聞こえてきた。
「くそっ! 上も下も塞がれてしまったぞ!」
「道がなければ作ればいいのよ」
そして、セシリアは助走をつけ壁に向かって蹴り込んだ。壁はガラガラと崩れ落ちた。
やっぱり剣士じゃないよな……。
ダンさんの表情をちらりと見ると、少しおびえているように見えた。お気持ち察します。馬鹿力すぎて怖いですよね。
壁を壊したところから地面までは人一人程度の高さで、飛び降りるとそこは城の外だった。
しかしまだ城壁には囲まれている。完全に脱出したとは言えない。
セシリアはさらに走り続ける。俺達は遅れまいと彼女の後に続いた。
進んでいくと城門が見えてきた。そこには男3人が立っていた。
大柄の男。杖と杖の先端の赤い宝石がさらに大きくなっている男。キョロキョロしすぎて曇り空を見上げている男。そんなところに俺達がいるわけないだろ。
彼らはセシリアが所属している最強パーティーのメンバーだった。
「こいつらはセシリアの仲間じゃないか」
「セシリア? 一体誰のことだ?」
大柄の男はとぼけた顔をする。
「何を言っている? 目の前にいるだろ?」
俺は丁寧に首元で揃えられた青い髪のセシリアを指差した。セシリアは結構几帳面な性格なんだろうか。いやでもそれならもう少し牢屋からの脱出方法を練る気がする。
「確かにそこにいる青髪の剣士はパーティーの一人だったが、俺達に名前などない」
そう答える大柄の男。
「そうです。その剣士は名前を自分でつけ、私達を裏切ったのです」
杖デカ男は付け加えた。キョロキョロマンはまだ何かにおびえながら曇り空を見ているので特に言うことはない模様。
「そうか。ならもう仲間じゃないってことだな」
「ええ、だから思いっきりやって大丈夫」
俺は剣を抜き3人に向ける。
「俺達とやり合おうなんざ、良い度胸だ」
「ここであんたら倒せば、主人公レオンハルトの株も上がるってもんだ!」
大柄の男に向かって突っ込む。剣を振りかぶるが、巨大な盾によって弾かれる。
その直後大柄の男の斧が脳天めがけで振り下ろされる。間一髪かわした。
すぐさまセシリアが後方から大柄の男に殴りかかろうとするが、横から巨大な火の玉が飛んでくる。セシリアの攻撃はその火の玉によって中断された。
一瞬自分の背後に殺意を感じた。その瞬間金属音が耳に響く。
キョロキョロマンがいつの間にか俺の背後に回り、剣で首を狙っていたところをダンさんが剣で受け止めていたのだ。
「ほう、俺達のコンビネーションを凌ぎ切るとはなかなかやるな」
大柄の男が余裕そうに笑う。
「まずいわ! あいつを止めないと!」
セシリアが杖デカ男に向かって走り出した。杖デカ男は杖を体の正面に持ち、目をつぶって何やらぶつぶつ話している。
「おっと、詠唱の邪魔はさせないぜ」
大柄の男がセシリアの蹴りをその巨大な盾で受け止める。杖デカ男は大がかりな魔法でも唱えるつもりか?
俺は杖デカ男に剣を投げて走り出す。しかし、キョロキョロマンがその剣を弾く。
続けてダンさんが杖デカ男に突っ込むが、一瞬でキョロキョロマンが移動し、ダンさんの剣を受け止める。
しかし、そのおかげで杖デカ男までの道ができた。杖デカ男に手が届く距離までたどり着いた途端、横からナイフが飛んできた。それを即座にかわすが、その瞬間杖デカ男の目が開いた。突然俺は後ろに吹き飛ばされた。
空が暗転したと思ったら、突然辺りは光に包まれた。先程とは比べようもないほど巨大な火の玉が空を覆っていた。
まずい、これは確実に死ぬ。
おいおい。ようやく最初のダンジョンから抜け出せたと思ったらこのザマかよ。俺は主人公だ。こんなところで死ぬわけにはいかないんだぞ。
とはいえ、こんな魔法、どうやって対処しろって言うんだ。
「ごめん、遅くなって。用事が思ったより立て込んじゃってさ」
目の前に立っていたのはシオンだった。こいつはまたもやのんきに似合いもしないピースをしやがる。
「それにしても今日は日差しが強いね。天気予報は晴れだったっけ?」
本気なのか冗談なのかわからないが、冗談ということで乗っておいてやるか。
「ああ、快晴もいいところだよ」
「そうだったんだ。じゃあ天気予報が外れちゃうね」
そう言うとシオンは火の玉に飛んでいった。空も飛べるのか。
そしてあれほど明るく照らしていた太陽のような火の玉は突然消え、雨が今にも降りそうなくらいの曇天になった。
「おい! 魔王のお前がなぜここに!」
動揺する大柄の男がシオンに呼びかける。
「残念、僕は魔王を引退したんだよ。今はシオン。よろしくね」
それを聞いて驚く大柄の男に杖デカ男、そしてセシリア。キョロキョロマンはまた曇り空を見ている。ダンさんはちょっとついていけていない様子だった。
「さて、挨拶も済んだところで。行くよ」
シオンがそう言った瞬間、俺、セシリア、ダンさん、シオンは町に帰ってきていた。
「これは一体何が起きているんだ……?」
驚き戸惑うダンさん。
「瞬間移動だよ」
笑顔で答えるシオン。
「は、はあ……。なんでもありですね……」
ダンさん、それはずっと前から俺も思っていましたよ。
俺が帝国兵に連れて行かれる前より明らかに町は騒がしくなっていた。
「この騒ぎは何かしら?」
「ミゲル君を中心に、町の人達が帝国兵に戦闘を仕掛けたみたいだよ。この町を帝国から解放するために」
「よくそんなこと知っているわね」
「まあね。僕にはたくさんの情報が流れてくるんだ」
シオンが説明している間にダンさんの姿が見えなくなっていた。
「ダンさんは?」
「ミゲル君が心配でもう先に行ったのかもしれないね」
「ダンさん一人では不安だ。俺達も行くぞ」
道中、帝国兵を倒しながら、俺達はダンさんとその息子のミゲルを探した。
しばらく進むと町の中心部に出た。そこにはダンさんとミゲルが倒れた帝国兵達の前に立っていた。
「ダンさん! 大丈夫ですか?」
「ああ、レオンハルトさん、私達は無事です。息子のミゲルがやってくれました」
そう話すダンさんは汗を垂らしながらも、どこか嬉しそうだ。
「少年。いや、ミゲル、なかなかやるじゃないか」
「ぼ、僕は別に……。ただ、帝国兵がいたから倒しただけだ!」
ミゲルは恥ずかしがって俺から目線を逸らした。
「なあ、ミゲル。抵抗の道を選んだということは、これから厳しい世界が待っているぞ」
「わかってるよ。でも僕はもう逃げたくない。僕の好きな町をこれ以上好き勝手にさせたくない」
そしてミゲルは俺に目線を戻した。今後は力強く俺を捉えていた。父親そっくりじゃないか。
「それに、僕はもう主人公だから。主人公ミゲルだから」
それを見ていたセシリアがニヤリと笑いながら俺に言う。
「これはレオも負けてられないわね」
「だな」
それから俺達は町を後にした。町にいた帝国兵達は全員シオンが瞬間移動で城まで運んだようだ。
セシリアとシオンとともに、俺は道なりに歩いていた。
「そういえば、セシリアのパーティーのやつらは名前を知らないようだったが……」
「ああ、あれね。彼らの言う通り、自分で自分にセシリアという名前をつけたのよ。私は元々帝国の人間。名前を持たず自分に与えられた役割を全うするだけの存在だった。ギルドも元を辿れば帝国のもの。レオのように主人公になりたいと考える人間を集めて、その気を失くさせるのが目的ね。NPC製造工場と言えばわかりやすいかしら」
最初のダンジョンでドラゴンから聞いた話と同じだ。
「私含め最強のパーティーと呼ばれる四人は、今回のように問題があれば駆り出される。すべては帝国のために、この世を平定するために。でもずっとそのやり方には疑問だった。それに私にはこの世界があまりにも窮屈だった。他のパーティー3人にもついていけないし。見たことのない景色を見たい。そんな時、レオの姿を見て、私もレオのように自分の名前を名乗って自分の人生を生きようと思ったのよ。そして、ギルド、パーティー、帝国を抜け出した。まあそうこうしていたらいつの間にかあなたは町からいなくなっていて、探すのに随分と苦労したわ」
「最初会った時はそんなこと言わなかったよな」
「そりゃそうよ。あの町一帯は帝国の監視下なんだから。それで『あなたを見て元気をもらっている』くらいにボカした言い方しかできなかったってわけ」
セシリアは俺にそう言った後、思い出したかのようにシオンの方を向いた。
「それにしてもどうして魔王がいるの?」
「元魔王だよ。今はシオンって言うんだ。よろしくね、セシリア君」
そう言ってシオンはセシリアに手を伸ばす。セシリアは少し戸惑っていたが、笑顔のシオンを見て、差し出された手を握った。
「いろいろあって俺が名前をつけて、それで魔王をやめたんだ」
「魔王ってやめられるのね」
「君と同じだよ。名前さえあればいつでもやめられるんだ」
そのシオンの答えに「なるほど」と納得するセシリア。
「というか宿敵同士が一緒になってしまったけど大丈夫なのか?」
「宿敵?」
セシリアは眉をひそめた。
「僕達が?」
シオンもまたこちらの意図がつかめないようだった。
「俺がまだ最初の町にいた時、地獄の門の前で2人は戦っていたからてっきり敵同士なのかと……」
「ああ、そのことね」
セシリアが答えた後、
「僕達はあくまでも戦っているフリをしているだけだから、むしろ味方同士なんだよ。世界を守る人間、世界を襲う魔王、そういう構図、世界観を用意するためだけの演出さ」
とシオンが説明してくれた。
「そういや前にもそんなようなことを言っていた気がするな……。まどろっこしいことしやがって」
「まあ、それが帝国のやり方だからね。誰も彼も帝国の支配下ではNPCなんだ。むしろ君のように本気で主人公になろうとしている方が異質だよ」
「異質ねえ……」
「もちろん悪い意味じゃないよ。君のおかげで魔王から解放されたんだからね」
「私もレオには感謝してる。あなたがいなかったら……、あなたが最初のボスすら倒せず、何度挑んでもコテンパンにされて、将来性なんか一ミリも感じられないどうしようもない毎日の中、それでも諦めず挑戦し続けていなかったら、私は今も帝国の元でNPCのままだった」
美談の中でちゃっかり俺を傷つけないでくれよ。
「君の諦めの悪さ、悪く言えば、何事も都合よく解釈できる勘違いっぷりに感謝しなきゃね」
真面目な表情で話すシオン。
わざわざ悪く言う必要ある?
「ここまでいじり倒される主人公も珍しいわよね」
セシリアにそう言われたシオンは笑顔で、
「それ、僕も思ってたよ」
と答えた。
「あら、奇遇ね」
セシリアもまたシオン同様笑っている。
「うるせー、置いてくぞ」
「残念だけど、僕には瞬間移動があるんだよね」
そう言ってシオンは瞬間移動して僕の前に現れた。しかもピースしながら。
言動も行動も本当にうるさい。
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