第10話「地獄の門に最も近い村」
ドミニクさん達の村から少し離れたところに道があった。俺はその道に沿って歩いていた。
しばらく歩いていると、朝日が道に差し込んできた。遠くの山際を照らす朝日を見ながら歩き続けた。
今更だが全くモンスターと遭遇することがない。もしや街道沿いにはモンスターが寄ってこないようになっているのだろうか。
あるいは、──俺が強くなりすぎてモンスター達がビビっている?
その説が濃厚だな。これだけ歩いてもモンスターに会わないということは、モンスターが避けているとしか考えられない。
その時、毛深い何かにぶつかった。考え事をしていて、目の前にいるものに気づかなかったのだ。
「あ、すみません」
パッとを上を向くと、そこには赤く光る目があった。
俺よりも大きな熊が立っていた。
俺に気づいた熊は咆哮し襲ってきた。
瞬時に横に飛び込みかろうじて避ける。すぐに立ち上がり熊の次の行動を確認した。
くそっ、ここまでモンスターに会わなくてラッキーだと思っていたのに、ここで遭遇するとは。それにしても熊はモンスターに含めていいのか?
そんな悠長なことを考えている場合じゃない。熊はまた突進してきた。
俺は直前で回避し、即座に熊の横っ腹の蹴りを入れて反撃した。熊は脇腹を押さえてその場でゴロゴロと転がった。
ちょっとかわいそうだ。倒し切るまで戦うのは忍びないので、俺はこの隙に走って逃げることにした。
走った先に村が見えてきた。ドミニクさん達の村とは異なり、簡素な木の柵に囲まれた村だった。
息を切らしながら村に入り、後ろを振り返ったが熊は追いかけてきていなかった。
一息ついて村を見て回った。その村はどこか寂しげな、陰鬱な空気が漂っていた。
ドミニクさん達の村は警戒心が強かったが、ここは何かに絶望しているような感じだった。
気になった俺は地面に座り込んでいるおじさんに話しかけてみた。
「何かあったのでしょうか?」
「何かあったも何も、毎日恐怖にさらされて疲れ切ってしまったんだ」
「恐怖?」
「そうさ。ここは地獄の門に最も近い村。日々魔王やモンスターが攻めてこないか、怖くてたまらないんだ」
なるほど、それでモンスターというか熊に遭遇したというわけか。これまでモンスターに会わなかったのは俺が強いわけではなく、単純にモンスターがいないだけだったわけだ。
とわかっている風を装ってみたが、実際のところ正しいのかはわからん。
「あんたは何者だ? この村の者では……なさそうだな?」
「私はレオンハルトと言います。主人公をやっています」
「主人公!?」
おじさんの暗い表情は一気に驚きと喜びの表情に変わった。ここでは主人公で伝わるようだ。
「皆来てくれ! 俺達は助かったぞ!!」
おじさんは急に大きな声を出し、村の人々を集めた。
なんだ? 一体何が始まる?
「この方は救世主レオンハルト様だ!」
何!? 救世主だと!?
「ああ! 救世主レオンハルト様!」
「どうか魔王を倒し、私達をお救いください!」
村人達は俺を囲んで、ひざまづき祈り始めた。
救世主か……。悪くない!
「よかろう。この私、レオンハルトが魔王を倒してしんぜよう」
そういうわけで早速村を出て地獄の門へ向かった。
相変わらず巨大な地獄の門が遠くに見える。俺はぐんぐん歩いて行った。
「おや、レオンハルト君。久しぶりだね」
夜会服にマントを羽織った銀髪の男がどこからともなく現れ、俺にピースをしてきた。
「魔王がピースなんてするな」
「どうして?」
「そういう柄じゃないだろ」
「決めつけはよくないよ、レオンハルト君」
魔王はやたら笑顔だった。全く似つかわしくない。
「来るとわかっていたら、お茶菓子を用意しておいたんだけど、あいにく今切らしていてね。紅茶でいいかい?」
確かに、彼の身なりから考えるに、紅茶が似合いそうだ。いや、俺は遊びに来たんじゃない。
「魔王、今日は決着をつけに来たんだ」
「決着? 何のことだい?」
「近くに村があるのは知っているか?」
「あるね」
「そこの村の人達があんたやモンスターを恐れている。だから、魔王であるあんたを倒しに来た」
「う〜ん、ちょっと待って。以前君は僕に『世界征服をしてどうするんだ?』って聞いてきたよね。それと同じように、君は僕らを倒してその村を救ってどうするのかな?」
「村の人達が安心して喜ぶ。十分な理由じゃないか」
腕を組んで少し眉をひそめる魔王。
「本当にそれは十分な理由だと思う? 君は単に僕が魔王だから倒すべきだと短絡的に思い込んでいないかい?」
「何を言っているんだ? 話が見えてこないぞ」
「戦うしかないようだね」
よくわからないことを言う魔王だ。俺を戸惑わせて隙を突く、そういう作戦か?
俺は剣を引き抜き、魔王に斬りかかった。魔王は避けることもなく微動だにしなかった。
剣は魔王の体をすり抜けた。
一体どういうことだ?
すぐにもう一度斬ろうとしたが、体を貫通するも当たっている感触がない。
そうこうしているうちに魔王が消えた。背後に回られたと思ったら、その直後に足を払われて俺は転んでしまった。
すぐに立って剣を振るも、やはり体が透けているのか感触がなく空を斬るだけになる。そしてまた魔王に転ばされる。
「君に僕は倒せない。目に見えるものでしか判断できない今の君にはね」
「さっきから訳のわからないことを……」
しかし、その後も攻撃を当てることはできず、転ばされ続けて何もさせてもらえなかった。全く歯が立たない。これが魔王の力だというのか。
「どうして僕が魔王なのか知ってる?」
息が切れた俺は魔王の質問の意味が理解できなかった。言葉の音だけが脳内を通り過ぎるような感覚だ。
「魔王として生まれたから。それだけなんだよ」
理解が追いついていないが、魔王はそのまま話を続ける。
「僕にもかつて名前があった。でももう忘れてしまったんだ。それは、与えられた役割に徹してNPCになってしまったからなんだよ。NPCに名前なんていらないからね。必要なのは役割やセリフだけなんだ」
そういえばドラゴンも自分の名前を忘れてしまったと話していたな。
「本当に世界を征服してしまったらこの世界がなくなってしまうだろう? 魔王はあくまでも世界に脅威を与えるために存在している。本当に世界征服するつもりはないんだ。魔王がいるからこそ世界を守るという構図が生まれる、その世界観が大事なんだ。僕も役割を担う存在の一つに過ぎないNPCなんだよ」
魔王もNPC、与えられた役割を果たすだけの存在なのか。そう言われると、これまでに出会ったNPCと呼ばれる人々と同じように思える。
「だから君の質問『世界征服をしてどうするんだ?』には答えられない。そんなもの、僕らが考える必要はないからね」
確かに、役割として世界征服することが決まっているのなら、そういうことになっているからとしか言いようがない。
「でも、君に『世界征服をしてどうしたいのかもわからないのに世界征服なんてするな』って言われてハッとしたのも事実で、僕はそもそも世界征服なんて興味なかったんだよ」
彼の言いたいことが少しずつわかってきた。「魔王」とくくってはいたが、実際は人間と変わらないのかもしれない。
「魔王だから世界征服をしないといけないと思い込んでいたけどそんな必要はないんだよね。魔王だって世界征服せずに生きていいんだよね」
「それは俺にはわからないが、あんたが生きたいように生きたらいいんじゃないか?」
「レオンハルト君。君ならそう言うと思ったよ」
そう言って魔王は口角をきゅっと上げて笑った。魔王の気を引いてどうするんだ、まったく。
「そういうわけだから僕を魔王から解放するために、僕に名前をつけてほしい。君が思う僕にふさわしい主人公の名を」
「突然何を言っているんだ」
「悪い話じゃないでしょ? 実質魔王もいなくなってその村は救われるし、僕も魔王から主人公になることができる。win-winじゃん?」
そして魔王は微笑んだ。その表情だけ見たら魔王だと思う者はいないだろう。
確かに、彼は「魔王」という役割を与えられているだけで、その人となり、中身、性格は俺達が通常考える魔王から遠く離れたものなのかもしれない。
イメージと異なるものを演じる自分。それは辛いことなんじゃないだろうか。
なら、俺が解放するのも悪くない。
「じゃあ、シオンなんてどうだ?」
「それはどういう意味なんだい?」
「知らん。ただまあ、クールな主人公っぽいだろ。熱血漢は既に俺が担当しているからな。キャラが被らないように分けようと思って」
シオンは手の甲を口に当てて押さえながら笑い出した。
「君、相変わらずおもしろいね。すごく変だよ」
「それ褒めてんのか?」
「もちろん。それにしても、シオン、良い名前だね。ありがとう、レオンハルト君。今後ともよろしくね」
シオンは手を差し伸べてきた。俺はその手をじっと見つめるも、笑顔で見てくるシオンに負けて握手を交わした。
やたらすべすべだった。魔法で何でもこなしているから、手を使っていないんじゃないか? 洗い物とか絶対やったことないはずだ。
それから、突然シオンは身につけていたマントを外した。
「マントをつけていたら魔王っぽいもんね」
それは偏見じゃないか?
「さてと、名前をつけてもらったのに悪いんだけど、僕は少しやることがあるから後で合流するよ」
シオンはまたピースをして、その場を去っていった。
結局、最後まで彼のペースだった。気ままに生きているかと思いきや、気づけばあいつのペースに引き込まれている。恐ろしいやつだ。
その後、村には戻らなかった。
シオンの言う通り、魔王はいなくなったんだろうけど、今回の俺は称賛されることが気持ちよくて行動しているようだった。
それは俺の考える主人公レオンハルトじゃないと思う。
まさか魔王に説教されるとはな。いや、今はもう元魔王シオンか。
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