第2部

第9話「壁画のある村」

 ドラゴンの示した隠し通路を通って無事町から脱出することができた俺は、とりあえず目に入った道を歩いていた。

 道中誰にも会わなかったが、知らない道を歩くことは嬉しく心が躍った。

 しばらく、そのまま歩き続けていると、遠くに村が見えてきた。

 その村は、周囲を堀で囲まれていた。さらには背の高い丸太が張り巡らされた壁、そして櫓も見える。

 徹底的な防衛体制を敷いていることは明らかだった。うかつに近づけば攻撃されてもおかしくはない。

 とはいえ、最初に見つけた村なので、どうにか話ができないか探ってみることにした。

 少しずつ近づく。特にまだ動きは見られない。また一歩前に進んだ。

 次の瞬間、丸太の壁の隙間から一斉に弓が構えられた。櫓からも狙われている。

「俺の名はレオンハルト! 敵意はない!」

 そう言って、俺は腰につけていた剣を外し、地面に置いた。

 しばらくすると、壁の一部がゆっくりと倒れ、堀をまたぐようにして橋になった。木でできた仮面をつけ、麻の布をまとった人々が槍や剣を持って立っているのが見えた。

 そのうちの5人ほどが俺の方に来て、

「ついてこい」

 と言った。俺はそのまま村の中に入ることができた。

 村の中の人々は仮面をつけていなかった。誰もが険しい表情で俺のことを見てくる。あまり歓迎されていないようだ。

「長老、連れてきました」

 俺は村の中でも大きい建物に案内された。村を囲む壁と同じ素材の木だろうか、それによって頑丈に建てられている。窓もあり、中には大きなテーブルと多くのイスが見えた。ここで話し合いでもしているのだろう。

 建物の中は壁に松明がかけられ明るくなっていた。しわだらけで髭もじゃ、その上眉毛も伸び切っているおじいさんがイスに座っていた。足腰が悪いのか、そばには杖が置かれている。

「ありがとう、ジャン」

 ジャンと呼ばれた若い男は後ろに下がった。

「さて、お前さんはレオンハルトと名乗ったそうだが、それは本当か?」

「はい、主人公レオンハルトです」

 長い眉毛に覆われてその両目は全く見えなかったが、それでも長老が怪訝そうな表情をしているのはわかった。

「主人公というのはよくわからぬが、名前があるのは本当なんじゃな」

 長老はゆっくりとイスから立ち上がり、杖を持って歩き出した。

「わしはこの村の長老ドミニクじゃ。ちょっとついてきてくれるか」

 杖をつきながらとぼとぼと歩くドミニクさんと一緒に歩いていくと、入り口とは反対の方へ案内された。

 しばらくすると洞窟が見えてきた。

「わしらは村に古くから伝わる伝承とこの洞窟を守っている」

 ドミニクさんのその言葉で、洞窟を守るように木の壁が囲まれて設置されていることに気づいた。この村はまさに洞窟のための要塞なのか。

 洞窟の中も先程の建物と同様、一定間隔で壁に松明がかけられており、道は明るく照らされていた。

 奥まで進むと急に開けるようになっており、その壁一面には巨大なドラゴンの絵が描かれていた。これはもしかするとあのダンジョンのドラゴンか?

「かつてわしらの先祖は襲撃を受けた。それは人であったり、モンスターであったりと様々であったが、その都度ドラゴンが現れ助けてくれたそうじゃ」

 確かに絵をもう一度確認すると、ドラゴンは人やモンスターと戦っているように見える。そして、ドラゴンの後ろには建物があり、人がいる。これがこの村とそこに住む村人、つまりドミニクさん達の先祖か。

「そのドラゴンは『名前を持つ者は救われる』と言い、それが村の掟として残った」

「それで名前を名乗った私を村に引き入れたということですか」

「そうじゃ」

「しかし、それにしてもあまりにも厳戒態勢すぎやしないですか? 名前を名乗らなければあの場で殺されているくらいの雰囲気でしたよ」

「それはじゃな、ギルドが何度も村に襲撃に来るからじゃ」

「ギルドがですか?」

 ギルドが人に危害を加えるなんてことは普通はない。モンスター退治や護衛任務など、基本的に人を守るために活動している。ダンジョンでドラゴンの話を聞くまではそういう認識だった。

 しかし、実際には帝国とギルドはつながっていて、NPCを増やすために動いているらしい。もしそれが本当なら、名前を守ろうとしているこの村は彼らにとって厄介なのではないだろうか。

「理由はわからぬが、彼らは村を襲う。それでわしらは神経質になって、お前さんのような無関係な人間に対しても警戒してしまったんじゃ」

 今ここで俺がギルドの人間だと話せば殺されるかもしれない。彼らには騙すようで悪いが正体は明かさない方がいいだろう。

「気を悪くさせていたらすまんな。ただ、伝承のようにドラゴンは現れることはなく、わしらは自分達の力で襲撃に耐えている。もう限界なんじゃ」

「まあ、大丈夫ですよ。殺されずに済みましたし」

 俺はそう言い、笑って見せた。ドミニクさんの表情が少し和らいだように感じた。もじゃもじゃでよくわからないが。

 その時、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。

「長老! ギルドの襲撃です!」

「なんじゃと!?」

「しかも以前より大部隊です!」

「わかった、すぐに向かう。ジャンは直ちに皆をまとめて指揮をとってくれ」

「わかりました」

 ジャンは踵を返し、洞窟を後にした。

「この前撃退したばかりだというのに……」

 ドミニクさんはうつむいて考え込んでいた。

 確かに俺はこの村からすれば敵であるギルドの人間なのかもしれない。でも、俺は主人公レオンハルトだ。助けなければいけない人達を助けないでどうする。

 それにあのダンジョン(地下1階)のドラゴンが伝承のドラゴンなら、ここで村の人々を助けるはずだ。

 俺がこの村を救う理由は十分すぎるほどある。

「私も戦います」

 うつむいていたドミニクさんが瞬時にこちらを向く。そんなに速く動けたのか。

「しかし、お主はこの村の者ではない。力を借りたいのは山々であるが……」

「お気になさらず。なんたって、私は主人公レオンハルトなんですから」

 間が空く。ドミニクさんは主人公という言葉にピンときていないようだ。

「主人公というのはよくわからぬが、わしらも度重ねる襲撃で疲労している。戦力が増えるのはありがたい」

「そうと決まれば、早速いってきます!」

 俺はその場を後にし、洞窟の外へと急いだ。


 洞窟を出ると、武装した村人達があちらこちらへと走り回っていた。また、少し遠くからズシンという重い音が聞こえた。

「まずいぞ! 壁が壊される!」

 村人の声が聞こえた。この重い音は木の壁を壊すために、何かを打ちつけている音か。

 そして、その音は聞こえなくなった。直後に地響きのような、人々が走る音が聞こえた。

 音がする方へ俺は向かった。

 そこにはギルドの人間達と思われる武装した集団が村に入り込んでいた。彼らの背後には壁が崩れて木が倒れており、そこから村にギルドが侵入していた。

 村人達とギルドがぶつかり合う。剣と剣の金属音が響く。

 俺も剣を引き抜いて加勢しようとするも足が動かない。ここに来て震えている。

 ずっと勝てなかった俺の人生。今更勝てるのだろうか。

 いや、ドラゴンも言っていたんだ。最初のあの町が異常なだけ。それに俺は強くなっているのだ、と。

 剣を改めて握りしめ、俺は突進した。敵の一人を突き飛ばす。

 それを見た周りの敵が一斉に襲ってきた。右から振り下ろされた剣を横にステップしてかわし、左からの剣を剣で受け止め、さらに押し込んで弾き返す。敵はよろけた。

 即座に右から突っ込んできた敵に蹴りを入れ、のけぞらせる。再度左から敵が斬りかかってくるが、これを剣で弾き飛ばした。

 ギルドは勢いを失い、立ち止まり始めた。

「俺は主人公レオンハルト! さあ、どんどんかかってこい!」

 はい、決まった。ずっとこれがやりたかったんだ。

 なんて言っている場合じゃない。声高らかに宣言したことで、足が止まっていた敵達が再び勢いよく詰めてきた。もしかして敵の士気を上げてしまったのではないだろうか。

 冷静に敵の攻撃を見極め返り討ちにしていく。確かに敵の数は多いが、相手の動きを観察することで次に来る攻撃が読める。

 読んで倒す、読んで倒す、それの繰り返しだ。

 やがて、向かってくる敵は減り、最終的には撃退することに成功した。さすがに息が上がっていた。

「やるな、あんた。助かったよ」

 声をかけてくれたジャンの全身は土で汚れていた。彼も必死に戦っていたのだろう。

「ありがとう」

「あなたのおかげで助かったわ」

「おじさん、強いんだね」

 俺の周囲にはいつの間にか村人達でいっぱいだった。俺は今まで負けてばかりで、こんな風に称賛されたことはなかった。

 初めての経験だ。

 だから、おじさんという言葉はここでは流しておこう。




 その夜は宴だった。部外者である俺だったが、村全体からもてなしを受けた。

 おいしい村の名物料理を食べながら、お酒を流し込む。最高のひと時だった。

 村に入ったばかりの時とは打って変わり、談笑したり踊ったりと村の皆は楽しそうだ。

 皆が盛り上がっている中心から少し離れたところに腰掛けるドミニクさんは、皆の様子を黙って見ていた。俺は彼の横に座った。

「レオンハルトよ、今日は本当に助かった。相当のやり手じゃな。一体どうやって鍛えたんじゃ?」

 最初のボスが倒せなくて……、と言うのはやめておこう。せっかく上がった俺の株が底まで落ちてしまう。

「いえ、皆も一緒に戦ってくれたおかげです」

「そう謙遜するな。お前さんがいなければ村を守り切ることができなかった」

「ドミニクさん、話しておきたいことがあります」

「なんじゃ?」

「私はギルドの人間です」

「左様か」

 ドミニクさんはそう言った後、黙り込んだ。

「騙すつもりはなかったんですが、なかなか言い出すタイミングがわからず……」

「いや、構わん。大切なのはお前さんの行動だ。どこに所属しているかなどではない」

「ドミニクさん……、ありがとうございます」

「むしろ感謝しなければならないのはわしらの方だ。しかし、ギルドの人間であれば、たとえ名前を持っていたとしても、我々を救ってくれたとしても、この村にいるのは難しい」

「大丈夫です、わかっています」

 話しにくそうにするドミニクさんに、俺はできるだけ気を遣わせないよう努めて明るく答えた。

「すまないな。いずれ、ギルドであろうが何であろうが、等しく迎え入れられるようになればよいのじゃが……。現状では度重なる襲撃で村の者達は神経質になっておる。今、お主がギルドの者と分かれば何が起こるかわからぬ」

「おっしゃる通りだと思います。余計な騒ぎを起こすわけにはいかないですから。それに、いずれにせよ、村からは出ようと思っていました」

「申し訳ない。また、落ち着いたら来ておくれ。その時こそ、盛大に歓迎しよう」

「ありがとうございます。楽しみにしています」

「わしの家に空き部屋がある。今夜はそこを使ってくれ」

「すみません、助かります」

「すまんのう、このくらいのことしかできず……」

「いえ、そんなお気になさらないでください」

 疲れと酒で眠くなっていた俺は早速ドミニクさんの空き部屋に向かおうとした。その時、

「伝承のドラゴンの名前はロードじゃ」

 とドミニクさんは呟いた。

「お前さんならドラゴンに会えるんじゃなかろうかと思ってな」

「ありがとうございます。必ず伝えますよ」

 そして俺はドミニクさんの部屋で眠りについた。

 翌朝、まだ朝日が昇っていない頃、村には霧が立ち込めていた。俺は静かにドミニクさんの家から出た。

 誰にも会わないまま、そっと一人、昨日壊された修繕途中の壁の隙間を抜けて、村を後にした。

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