第8話「主人公レオンハルト」

 今日もまたお日柄もよく、俺は医務室とダンジョンの往来を繰り返していた。

 相変わらず最初のボス、ドラゴンを倒すことができない毎日。

 変わり映えのない一日になると思っていた。その時までは。

「レオンハルトと言ったか。お主はいつまで経っても諦めないな。お主ほど心が折れない者は初めて見た」

「え? どこから声が? 疲れで幻聴が聞こえ始めたか?」

「私だ。ドラゴンだ」

 驚きで声が出なかった。もう見飽きていたはずのドラゴンの顔が今日はやたら新鮮に見えた。

「お主みたいなやつがこんなところでくすぶっているのはもったいない」

「嫌味か?」

 緊張で乾いた口がようやく開いた。

「そんなこと言ったって、ドラゴンのあんたを倒せないんじゃ先に進めないぞ」

「おかしいとは思わなかったか? 最初のボスすら倒せないことを」

「何度か疑ったことはある。実は他のダンジョンに行ってからこのダンジョンを攻略するべきなんじゃないか、医療費をふんだくろうとしているんじゃないか、先に次の町に行った方がいいんじゃないか、他にもいろいろだ」

「だいぶ疑っているな……」

「あまりにもあんたを倒せないからな。しかも全く惜しくもなく可能性すら感じない」

「それでもお主は何度もここに来て挑戦した」

「そうだ。あんたを倒さないことには先に進めないからな」

「普通なら諦めるだろうが、お主は違った」

「なんか敵に褒められるのはムズがゆいな」

「ここまで諦めなかったお主に真実を話そう」


 誰も彼も主人公になりたくてギルドに入る時代。だから、世界からNPCがいなくなった。

 NPC不足の世の中を憂いた帝国は、環境をコントロールし、一定数のギルドメンバーが詰むようにして、夢を見る意志を削ぎ、もうNPCをやるしかないと思わせる計画を立てたのだ。

「もしかして、その場所がここなのか?」

 ドラゴンは俺の質問にゆっくりとうなずく。

「そうだ。私含めこのダンジョン、町、町の周辺、ギルド、ナースも占い師も商人も、皆がこの計画の仕掛け人だ」

 必死に話を理解しようとしている俺をよそに、ドラゴンはさらに話を続ける。

「だから、お主は絶対に勝てない私と戦わされ、ステータスが上がっていないなどと言われ、ナースにもなじられ、買った装備はすぐ壊れ、一緒にパーティーを組んだ者はNPCになると言い出し、元々MPがなくて適性もないのに魔法を勧められ、何もかもうまくいかなかったのだ。まああの女剣士に稽古をつけてもらい、さらには魔王を撃退するのは予想外だったがな」

 あれは撃退に入らないような気がするが、俺の評価が上がるのでそういうことにしておこう。というかMPが少ないのは本当だったのか。それは悲しい。

「それにしても、俺にそんな話をしてしまっていいのか?」

「いいわけないだろう。これは極秘計画だからな。とはいえ、このような未来ある者をこの小さな籠の中に閉じ込めておくべきではないと思ったのだ」

「でも町の外は今の自分では勝てないようなものばかりだ。この状態では町を出てもすぐやられてしまうのではないか? 仮に遠くに行けてもここより強いモンスターだらけではどのみち何もできないぞ」

「言っただろう。ここは籠の中だと。町の周辺のモンスターも帝国の管理下にあり、強力なモンスターだらけだ。最初の町だから周辺の敵も強くないという思い込みは捨てるのだ。この町から一定の距離離れてしまえば、今のお主でも戦えるモンスターになる。むしろ、今のお主はここで鍛えられたから、外では余裕だろう」

「そうなのか……。しかし、町から離れるにしてもどうすればいいんだ? 町の周りには帝国管理下のモンスターがウヨウヨしているんだろう?」

「そこでだ」

 ドラゴンが顔を向けたの方の壁が急に動き、道が現れた。

「ここから行けば、安全に町から離れることができる」

 こんなところに道があったとは。ドラゴンが突然話し始めたり、帝国の計画を聞かされたり、見慣れたダンジョンに突然道ができたり、衝撃で脳みそが壊れそうだ。

「あんたは大丈夫なのか? もし俺に話したことがバレたら……」

「バレたら終わりだろうな」

 ドラゴンはあっさりとそう答えた。何の未練もないかのように。

「それなのになぜ?」

「私もNPCをやめたいと思った、それだけのことだ」

 ドラゴンの両眼は揺るぎなく俺を捉え続けている。

「かつて、私にも名前があった。しかし、もう忘れてしまった。私のようになるな、レオンハルトよ」

 淀みなく語るドラゴン。今日、俺は彼からバトンを渡されたのだ。

「もう長話は無用だろう。さあ行け。世界を変えてこい。そして本物の主人公になれ」

「ああ、わかった。ありがとう。世界を変えてくるよ」

「その意気だ」

 俺はドラゴンが開けてくれた通路に向かった。

 奥の方に光が見える。走れば走るほど、その光は少しずつ大きくなっていった。


 俺の名はレオンハルト。主人公をやっている。

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