第7話「地獄の門からこんにちは」
その日はやけに騒がしかった。医務室に送られてくる人も多く、ナースも珍しく忙しそうだった。
さすがにこの状況でアドバイザー兼ナースに話しかけたら怒られそうなので、俺はギルドの受付に話を聞いてみた。
「何やら皆さん慌ただしいですが、何かあったんですか?」
「地獄の門が開いたんです」
「地獄の門?」
「はい、魔王が現れたんです。それでギルド全体で魔王を倒すためにメンバー全員が招集されています」
魔王だと!? これは主人公レオンハルトの出番じゃないか。あれ、でもそんな魔王が現れたなんて話、今初めて聞いたぞ。
「ギルドのメンバー全員が招集されているんですよね?」
「ええ、そうですが……」
「私もギルドに所属しているんですが、呼ばれていない気がするんですよね」
「えっと、まあそれはその……。なんて言ったらいいんでしょうか……」
うわー、めちゃくちゃ困っている。これは俺だけお呼びじゃないやつだ。
「えっと、察しました。それ以上は大丈夫です」
俺が気を遣ってそう言うと、受付はホッとしたのか、
「すみませんさすがに最初のダンジョンすら突破できない方を魔王との戦いに送り込んだところで無駄死にどころか周りの方々の足を引っ張って被害が大きくなりそうでそれであればわざわざ戦地などに行かせないで医務室にて待機いや医務室におられても邪魔でしかないのでご自宅で大人しく引きこもっていただこうと考えギルドで唯一ただ一人レオンハルトさんだけは招集されませんでした」
今までのためらいは何だったのか、というくらいスラスラと傷つけてきた。魔王に会う前に言葉の暴力で死にそうだ。
でも魔王が出てきたって言うのに、こんなところでのんびりしていられるわけがない。俺も戦いたい。そして、世界を守りたい。
「行かせてください! 俺も戦いたいんです!」
「ダメです! 私が怒られます!」
「俺が責任を取ります!」
「そういうことは責任を取ることができる人が言うべきです!」
「ごもっともです……」
その時、背後から声が聞こえてきた。
「もう行かせてあげた方がいいんじゃないでしょうか?」
それはナースの声だった。
「この方諦めの悪い人で、おそらくずっとここにいますよ」
「でも……」
「いいじゃないですか。一度魔王のところに行って、致命傷を負えば少しは考えも変わるでしょう」
ナースの言葉とは思えないぞ……。とはいえ、このフォローは助かった。
「わかりました。ただ、これだけでは約束してください。絶対に周りの人に迷惑をかけないと。死ぬ時は一人で死んでください」
「大丈夫ですよ。この人、不死身ですから」
不死身なわけあるか。
とまあ、そんなわけで何とか魔王の元へ行けることとなった。道中はモンスターだらけということで、ギルドのメンバー数百人単位で動く決まりがあった。
モンスターは見るからに強そうなものばかりだった。岩の巨人に、二足歩行をしている剣と盾を持ったトカゲ、大きな棍棒を持ったおでぶちん、鋭い爪と牙が生えた空飛ぶコウモリのようなやつ。それからブヨブヨの大きいやつもいて少し親近感を覚えた。
それらと戦うことに必死で俺が所属する部隊は全く前に進まなかった。これではらちが明かない。
こういう総力戦は親玉を叩いた方が勝ちなんだ。
そう思った俺は部隊からこっそり抜け出して、直接魔王に会いにいくことにした。魔王の場所は明かされていないが、敵の動きを観察していると一方向から敵がやってきていることがわかった。
おそらく、その先に魔王がいる。
俺は茂みや木の陰に隠れながら敵の来る方向に進んでいった。
しばらくすると五人分の人影と複数のモンスターの影が見えてきた。その後ろには真っ黒な空を覆い尽くすほどの大きな扉が開いて、中から大量のモンスターが出てきていた。
あそこに立っているのはセシリアだ。ということはあの四人は最強のパーティーか?
残り一人は、最強のパーティーが向き合うモンスター達の背後にいる。
もしかして、夜会服を着てマントを羽織っている銀髪のあれが魔王なのか? それにしてはただの人間じゃないか。もっととんでもない牙が生えていたり、翼が生えていたりしているものだと思っていたが。
「俺達はギルド界最強のパーティーだ! 魔王よ! お前もここで終わりだ!」
大柄の男の声だ。まだ机の破片で死んでいないようだった(※第4話参照)。
彼の掛け声で戦闘が始まる。魔王は後ろで見ているだけで手を出さない。
数分のことだった。モンスター達に苦戦し、最強のパーティーの四人はその場で倒れ込んだ。
まずい。このままではセシリアも他の三人も殺されてしまう。
俺が行ったところで何か変わるのか? 最初のボスすら倒せない俺なんかが出ていったところでデコピン一発で死んでしまうんじゃないか?
でも行かないと、皆そのまま死んでしまう。なら、少しでも変わる可能性に賭けよう。
「待ちたまえ!」
茂みから飛び出し、大声を張る。モンスター達と魔王の目線が俺に集まる。
とんでもなく怖い。なんだよ、あの目つき。いやでもナースが怒った時の方が怖いかも。
「レオ!? ダメよ……、逃げて……」
セシリアが息を切らしながら言う。
「ごめん、もう決めたんだ」
「君、誰?」
魔王が冷めた目でこちらを見ながら淡々と聞いてきた。
「俺の名はレオンハルト。世界を救いにきた」
「そう。ということは僕の邪魔をするということだね」
表情を変えずに話すところが怖い。もう少しニコッと笑ってくれよ。
「なら、死あるのみ」
このままではやられてしまう。何か弱点を、この戦況を逆転させるものを見つけなければ。
魔王の弱点。魔王ができないこと。魔王が苦手なもの。にんにく……、いやそれはドラキュラだ。何か格好が似ているから被っちゃって。切り替えろレオンハルト。タイムロスやめてくれよ俺の頭。頭といえばイワシの頭! いやそれは鬼だ。やばい、時間を無駄にしている。くそっ! こいつらが鬼なら豆まいて一網打尽なのに! いやでもモンスターの後ろにいる魔王には当たらなそうだな。
あ、そうか、魔王の弱点がわかったぞ。
「ふっふっふっ。俺は既に弱点を見抜いているぞ、魔王!」
「ん? どういうこと?」
魔王の表情が変わった。先程までは無表情だったのに、少し興味を示しているようだ。
「いつだって魔王はしもべを使う。それはなぜか? 実は本人はそこまで強くないからだ! 自分では何もできないからしもべにやらせようとするんだ!」
はい、決まりました。今日から俺が魔王を倒した主人公だ。
「いやいや、勇者が魔王と戦って苦戦しているところを君は見たことない? 本当に魔王が弱かったら勇者が苦戦するわけないよね」
「確かにそうだ」
はい、終わりました。
「ずいぶんとおかしな人が送り込まれてきたね……。もしかして人類は人材不足? 見るからに弱そうだし……」
「おい! 魔王とはいえ失礼だぞ! モンスター達もゲラゲラ笑うんじゃない!」
「魔王に失礼も何もないでしょ」
「そう言われてみればそうかもしれない」
論破されてしまった。こやつ、できるな。
「レオなんとかって言ったか……?」
大柄の男が声を絞り出した。ちなみに、キョロキョロマンは完全に伸びて既にキョロキョロしておらず、杖デカ男は杖の下敷きになっていた。
「レオンハルトだ」
名前はしっかりしよう。
「なんでもいい……、とにかくお前は帰れ。無駄死にするだけだ」
「なぜだ! 人類のピンチなんだぞ!」
「どんなにピンチでも、最初のボスすら倒せないやつのいる場所じゃない!」
その大きな声に魔王が反応した。初めて見た、魔王の驚く顔。もしかして大きな音が弱点?
「え、最初のボスも倒せていないの?」
全然違うようだった。
「ま、まあ、倒せていないと言えば倒せていないかな……。いやでもあれと同じだ、俺は好きな食べ物を最後に残しておくタイプで、あえて倒せずに残している的な……」
「何かバカらしくなってきた」
「え?」
「ラスボスとの戦いと言ったら、壮大な音楽が流れて、ド派手な技をぶつけ合い、やるかやられるかの緊張感があるものなのに、こんなほとんどNPCに近いザコを連れてくるの? 世界の命運がかかっているんだよ? しょぼすぎない?」
「おい、悪口がすごいぞ。特にNPCは禁句だからやめろ。最近傷を負ったばかりなんだ。魔王は間接的にメンタルをえぐる特殊攻撃メインなのか?」
「地獄に帰る。まだ地獄の門開いているし」
魔王ってそんな感じで帰っていいものなのか?
「もう少しまともな世界になったら、また戻ってくる。今はバカらしくてやる気が出ない」
俺は晴れて? 不本意にも? 世界を救うこととなった。
まさか魔王のやる気を削いで世界を救うなんて。
そういうわけで、魔王の気まぐれにより助かった人類だった。後日最強のパーティーの怪我が治ってから、ギルドの威信が下がらないために、ということで、俺ではなく最強のパーティーが今回の救世主として祭り上げられた。
今回の一件で、最強のパーティーはさらに多くの人々に認知されることとなった。
「なんか、複雑ね」
セシリアがそう言った。
「まあそうだな。でも無事でよかったよ」
「レオのおかげよ」
「いや、どうだろう……。正直達成感はないよな」
その時、とても慌てた様子でギルドの受付が走ってきた。
「レオンハルトさん! 今すぐ来てください!」
話を聞くと、どうやら魔王がこの町に突然現れたようだ。周囲が警戒している中、魔王は「レオンハルトを出せ」と言ったようだ。
「行ってはダメ! 罠よ!」
「主人公ってのはさ、罠だと思っても行かなきゃならねえんだ。黙って見送ってくれ」
「レオンハルト! 絶対に帰ってきて!」
「当たり前だ。俺が何度この町の医務室に戻ってきたと思っている」
まあ、正確には「戻ってきた」と言うより「戻された」が正確だが。
「あ、来た来た。久しぶりだね、レオンハルト君」
魔王は俺を見つけると手を振ってきた。
「なんだ、その友達みたいなノリは」
「魔王だってプライベートはこんなもんだよ」
「魔王にプライベートなんてあるのか?」
「そりゃあるさ。まあそんなことよりちょっとここは人が多い。移動するよ」
魔王は俺の腕をつかんだ。その瞬間、地獄の門の前にやってきていた。
地獄の門は相変わらず開いているが、モンスターは出てきないようだった。
「それで、調子はどうかな、レオンハルト君。最初のボスは倒せた?」
「いや、それが……」
「倒せていないんだね。そんなことだろうと思ったよ」
両手を広げて、やれやれとがっかりする魔王。まさか魔王を落胆させることになるとは。
「これは相談なんだけど、最初のボスであるドラゴンが倒せるように、僕の力を分けてあげるってのはどうかな?」
「魔王のあんたがどうしてそんなこと?」
「君が情けないからだよ。ちゃっちゃとドラゴンを倒して、先に進んで、勇者になってよ」
「敵を育ててどうするつもりだ?」
「現状だと張り合いがないからね。君が強くなれば僕のやる気も出て世界を手に入れようという気になる。悪い話じゃないと思うんだけど」
この魔王は俺を試しているんだろうか? それとも本当に力を俺に与えて強くなってほしいのか?
ただ、一つわかることはそんなやり方で強くなっても主人公ではないということだ。
「ここまで来て悩む? このままだと君はずっとドラゴンに勝てないよ。それでいいの? 永遠にバカにされ続ける人生でいいの?」
「確かに、ありがたい話だ。魔王の力が手に入れば、俺はドラゴンどころか、それ以降の敵にも苦戦しないんだと思う。でもそれでいいんだろうか?」
「いいに決まってるでしょ」
「世の中、力さえあればいいわけじゃないんだ」
「そんなの綺麗事だよ」
「あんたにはわからないと思う。なぜなら、あんたには力しかないからな」
「僕をみくびるつもり? こんな世界、僕が本気を出したら一瞬で僕のものだよ」
「なら本気で来いよ! 俺はいつだって本気だ! 本気でやって本気で負けている!」
「そんなにいばること……」
「というか魔王。世界なんて一人で手に入れてどうするんだ?」
「世界を手に入れてどうする……」
魔王はあごに手を当て考え込み始めた。
「なんだ、考えたことなかったのか」
「そういう君はドラゴンを倒してどうするんだい?」
「さすがにもう次のダンジョンに行きたい」
「確かにそうだね……。申し訳ない」
なんか魔王に気を遣わせてしまった。
「とにかく目的もないのに世界征服なんて考えるな。もう話は済んだろ? 俺は帰るぞ。こっちは忙しいんだ。じゃあな」
「君はおかしな人だね。なんだか、また会う気がするよ」
次会う時は世界を征服する時なんじゃないか。そう考えたらもう二度と会わないことを祈る。
ご丁寧に魔王は瞬間移動で町まで送ってくれた。妙に律儀なやつだ。
魔王が帰ると町の皆に囲まれた。その中にセシリアもいた。
「話はつけてきた。当分、世界征服はしないだろうな」
「え? 一体どんな話をしてきたの?」
セシリア含め皆が興味津々で寄ってくる。たぶん、人生で今が一番注目を集めている。
「あいつの弱点をついただけさ」
「あの魔王にも弱点が? 光属性の魔法が苦手とか?」
「あいつにはここがないんだ」
俺は拳を握り、胸をトントンと叩いてみせた。
「は?」
「あいつには魂がない」
「魔王なんてそんなもんじゃないの? 魂煮えたぎるような熱いやつが魔王になるとは思えないし」
「みんなわかってないんだよ」
「なぜだか、ドラゴンすら倒せていないのにすごくかっこよく見える気がする。幻術かしら?」
珍しくノリの良いセシリアだ。
「俺にそんなMPがあると思うかい?」
「そうよね。気のせいだったわ」
「おい、手のひら返しが速いぞ」
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