第4話「パーティー」

「あの、仲間っています?」

 これまたナースのアドバイス。もはや俺の専属アドバイザー?

「いや、いつも一人ですが……」

「そんなところだと思っていました。酒場はご存知ですか?」

「ああ、行ったことはないが、場所は知っている」

「酒場にはギルドに所属するメンバーがたくさん来ています。そこで仲間を集めてパーティーを組むことができますので、もしよかったら酒場に行ってみてはいかがでしょうか」

 確かに、八方塞がりの俺にとって仲間を集めるのは打開策になるかもしれない。

 ここは酒場に行ってみるか。


 酒場に入ると入り口で声をかけられた。受付だ。

「いらっしゃいませ! 今日はなんとあのギルド屈指の最強パーティーが来てますよ!」

 最強パーティー? 何やら響きが弱そうだが……。

 受付がその最強パーティーがいる席を教えてくれた。一目見てみようと人混みをかきわけ、その席まで行ってみた。

 その席には四人座っていた。

「ガッハッハッ! いや酒が進むな!」

 その声は雑音だらけの酒場でもよく通った。大柄で筋肉隆々。横には巨大な斧と盾が置かれていた。まさに、酒が似合うような男だった。

「飲み過ぎないでくださいよ。明日もあるんですから」

 大柄の男をたしなめるのは、先端に大きな赤い宝石が取り付けられた杖を持つ男。これで魔法を使わなかったら詐欺である。

 三人目は周りをキョロキョロ見ながら酒をちびちび飲んでいる細身の男。他にこれといった特徴はない。強いて言えば四人の中で一番影が薄い。

 そして最後は青髪の女剣士。周囲の喧騒を気にせず、自分のペースで酒をゆっくりと飲んでいた。

 俺の目線に気がついたのか、大柄の男が話しかけてきた。

「なんだ? 俺達に用か?」

「先程受付で最強のパーティーと聞いたので……」

「ああ、そうとも! 俺達は最強のパーティーだ!」

 自分で言うか? まあそんなことはいい。この人達に相談してみよう。

「酒場で仲間を集められると伺って、ここに来たんです。もしよかったら一緒にどうかなと」

「おいおい、そういうのはパーティーを組んでいないやつに言うもんだぜ?」

「そうなんですか。あまりそういう暗黙のルールみたいなものに疎いもので」

「なんだ? 初心者か? 今どの辺りだ?」

「どの辺りとは?」

「ダンジョンのことだよ」

「最初のダンジョンです」

 大柄の男とその横に座る大きな杖の男の目線が俺に集まる。そして、二人は爆笑した。大柄の男にいたっては机をバンバン叩いている。

「最初のダンジョンなんて一人で行くもんだろ!」

 腹立つやつらだ。こいつらだって最初はあのダンジョンから始まったはずなのに笑いやがって。

「どのみち、あそこのドラゴンを一人で倒せないようじゃ、仲間を集めたところで今後やっていけないからギルドをやめた方がいい」

「そもそもそんな無力な人に仲間なんてできなさそうですけどね」

 杖デカ男(これで魔法が使えなかったら詐欺師)がボソッとツッコむ。

「お前の言う通りだ!」

 それを聞いて大柄の男がさらに机を叩く。机が壊れてその衝撃で飛び散った木の破片が脳天直撃して医務室送りになってしまえ。

 俺はその席を離れ、他の人に当たることにした。酒場の中を歩き回っていると、突然見知らぬ人に話しかけられた。

「あの、すみません……。もしかして仲間を探しているのでしょうか?」

 小柄の青年がおどおどしながら話しかけてきた。

「ええ、そうですが……」

「あ、よかったです! もしよかったら僕とパーティー組んでいただけませんか?」

 パッと明るくなる青年の表情。その笑顔が辛い。なぜなら、俺が最初のボスが倒せずに詰んでいることを告げなければならないからだ。

「気持ちは嬉しいんですが……。実は私、ドラゴンが倒せないんですよ」

 悪いな青年。他に良いやつを見つけてくれ。

「大丈夫です! 僕も倒せないので!」

「え!? 本当ですか!」

 これは嬉しい。親近感を覚える。が、こんなことで親近感を覚えていいものなのだろうか。

「こんなことで嘘はつかないですよ! いや〜、勇気を出してお声がけしてよかったです! 本当のことを言うと、僕はあなたのことを知っていたんです」

 さすがはレオンハルト。既に有名になっていたか。自分の才能が怖いぜ。

「僕もいつも最初のダンジョンに入っているのですが、そこでよく見かける方だと思っていたので」

「ああ、そうなんですね……」

 全然有名ではなかったし、何ならとても不名誉な覚えられ方だった。

「では早速、明日からお願いします!」

「こちらこそお願いします」

 確かに、俺達は各々ではドラゴンを倒せなかったかもしれない。でも、そんな俺達でも力を合わせればきっと勝てるはず。


 そう思い込んでいたのは前日まで。結局、俺達は今までと変わりなく医務室に運ばれていた。

 傷が癒えてから、彼が話しかけてきた。

「もうギルドを退会しようと思います。あなたのおかげでようやく踏ん切りがつきました。これからはNPCとして頑張っていきます。今だとここから遠く離れた村の村人Bになれるようです。そこでゆっくりスローライフを送ることに決めました」

 これまでに何人も見てきた。俺がドラゴンに負け続ける日々の中で、どれだけの人が諦めてNPCになっていっただろうか。いや、別にそれは悪いことではないんだ。ただ、同業者が減っていくのは少し寂しさもあった。

「今後も続けられるんですか?」

 俺はどうしたいんだ? このまま続けてもドラゴンを倒せないかもしれない。彼のようにNPCになるべきなのか。

「ええ、まだ続けようと思っています」

 口が勝手に動いていた。それが俺の意思だ。

「そうなんですね、陰ながら応援しています。いつかドラゴンを倒して、私の村にも来てくださいね」

「はい、もちろんです」

 これでまた一人だ。いいんだ。前に戻っただけだから。

 それからも俺はドラゴンに挑み続けた。かすり傷も負わせられず、可能性を感じない毎日。それでもやるしかない。

 諦めたくないんだ。


「あなた、この前酒場にいた人よね?」

 ギルドの受付で手続きを済ましている時に何者かに突然話しかけられた。

 それは最強のパーティーと呼ばれていた四人のうちの女剣士だった。彼女の青髪は短く、首元で綺麗に揃えられている。戦闘時に邪魔にならないためで、真面目な性格なんだろう。

「まだ続けるの?」

「はい、ドラゴンを倒して先に進みたいので」

「もしあなたが嫌じゃなきゃ、私とパーティーを組むのはどう?」

 一瞬言葉の意味を理解することができなかった。

「え? 本当ですか!?」

「本当よ」

「それにしてもどうして……」

「そこまで頑張っているのを見てしまうとね」

 淡々と話す彼女は実際には終始無表情だったが、それでも俺には心のフィルターのおかげで慈愛に満ちた微笑みが時折見えるように思えた。感謝で幻覚が見え始めている。

「町で会う度に、いつも同じダンジョンに挑んで負けて、町に帰ってきて、またやられに行って。こいつアホなんじゃないかといつも思う。けど、そんなアホな姿を見ていると、不思議と笑えて辛いことも忘れられるのよ」

 最後だけ聞くと褒められている感じだが9割悪口だ。しかも強めの。

 そうは言っても俺に残されているのは彼女と手を組むことしかない。

「まあ、そういうわけだから、よろしくね。私はセシリア」

 セシリアと名乗る彼女は右手を俺に差し出した。

「こちらこそよろしくお願いします。レオンハルトと言います」

 その手を握った時、皮膚の硬さが強く印象に残った。彼女は本物の剣士だ。そう言うと自分が偽物の剣士みたいで悲しいが、明らかに経験の差がそこに出ていると思った。

「敬語はやめましょう。もう同じパーティーなんだから」

 粘り強く続けてきたおかげだ。ようやくドラゴンを倒すことができる。しかも最強のパーティーと言われている人と一緒に。

 そうなると俺も最強のパーティーの一員? いずれはそのパーティーリーダーにもなったりして。

 最強剣士レオンハルトの伝説はここから始まる!

「どうしたの? 早く行くわよ」

 だいぶ先に行っていたセシリアに遅れまいと俺は急いだ。

 さすがは最強パーティーの一人。素早さのステータスが高い。


 俺達は二人でダンジョンに入り、最深部(地下1階)へ向かった。

 いつものようにドラゴンが待っていた。

 さて、パーティーということで連携が大事になる。そのためには作戦を練る必要があるわけだが、セシリアは何か考えているのだろうか?

「剣を使うまでもない」

 セシリアは剣を抜かず、ドラゴンに向かって走っていった。途中で姿が見えなくなり、気づいたらドラゴンの顔の前に飛んでいた。

 そして、彼女はドラゴンの顔面にグーパンを喰らわせた。

 剣士とは?

 ドラゴンはその場でダウンし動かなくなった。

 強すぎる。というか俺いる? これがパーティー? ただの付き添いになっているような……。

「お疲れ様。これで次のダンジョンに行けるわね」

 俺が望んでいたものはこれなのか? こんなものなのか?

「せっかく倒したのに不満そうね」

「これは俺の力じゃない。あんたの力だ。自分の力で勝たないと意味がないんだ」

「あなたにもプライドがあったのね」

 最近さらっと酷いことを言う人が増えていると思うのは俺だけか。

「当たり前だ。俺はレオンハルト。主人公っぽい名前を背負っている。名前負けするわけにはいかないんだ」

「その信念はちょっと理解できないけど……」

「まあ、見ててくれ。俺が本物の主人公になるところを……」

 そう、自分の力で倒してこそ、真の主人公レオンハルトになることができるのだ。何度負けても立ち上がってきたじゃないか。ここで、立ち上がらないでどうする。世界の命運がこの双肩にかかっていることを忘れるな。行くのだ、レオンハルト!

「これ、まだ最初のダンジョンの話よね? 何か終盤の山場に差し掛かった時のテンションになっているけど」

 俺はダンジョンから一度出て再度入り直した。そして改めて最深部(地下1階)に行きドラゴンと対峙した。

 一度倒されたドラゴンが復活しているのが不思議かもしれないが、これはそういう仕様なのでご理解いただきたい。

「今度はサシで勝負だ」

 鉄の剣が使い物にならなくなった際に買い直した銅の剣を抜き、俺はドラゴンに向かって構えた。

「これが俺の戦い方だ!」

 走り出す。体が軽い。俺だって少しずつ強くなっている。

 そんな気がするだけだった。

「すまん、また一発でやられた」

「でしょうね」

 彼女の冷たい視線は特に心のフィルターも機能することなく、そのまましっかりと胸に突き刺さった。

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