第5話「レオンハルト、NPCになる」
俺は懲りずにドラゴンに挑み続けていた。しかし、結果は相変わらず負けてばかり。
勝てる未来が見えない。
もういいや、やめよう。
俺はギルドで手続きを済ませ、NPCになった。今空いているのは町の入り口で町の名前を言うNPCとのこと。
早速引き受けることにした。
NPCはこのようにして生まれる。皆ダンジョンに挑戦するもクリアできなくて、主人公を諦めてNPCになるんだ。
町の入り口で待っていると、町の外から人がやってきた。
えっと、何だったか……。つい先程までセリフを読んで覚えたはずなのに出てこない。
通行人は怪訝そうに見てくる。とりあえず何か言わないと。
「ここは町です」
「見ればわかります」
その人は呆れてそのまま町に入っていった。
次にやってきたのは、酒場にいた最強のパーティー四人だ。一緒にいたセシリアが話しかけてきた。
「こんなところで何をしているの?」
「俺はNPCになったんだ」
すると、それを聞いた大柄の男が笑った。
「ハッハッハッ! そりゃそうだよな! ドラゴンすら倒せないならさっさとやめてNPCになった方が身のためだよな!」
「おい、バカにするな! お前ら主人公的な人間だってな、俺らNPCがいなきゃ、ここがどこなのかすらわからないんだぞ!」
「いや、マップを見ればわかるが……」
きょとんとした表情で言う大柄の男。
「確かにそうだな……」
「何なら町に入った時に画面に四角い枠みたいなのが出てそこに町の名前が表示されるが……」
「ん? それは一体何の話だ?」
「まあそんなことはいい。せいぜい案内ができるよう頑張るんだな」
そしてセシリアを除く、最強のパーティー三人は町の中へ入っていった。
セシリアはというと、なぜかまだここで突っ立って俺を見ている。しかも、妙に悲しそうな表情で。
「なんだ、セシリアも笑うのか?」
つい強気になってそんなことを言ってしまった。
「違うわ。ただやめちゃったんだ、って思っただけ」
「それはどういう意味だ」
「ごめん忘れて。あなたが何をするかなんてあなたの自由だから」
そしてセシリアも町の中へ行き、他のパーティーメンバーの後を追った。
セシリアのやつ、何か言いたかったのか? いや、それより今はセリフを覚えることが先だ。
それからというもの、幾度となく人が通るが全くセリフが覚えられず、自由に会話をしているだけになった。
「お疲れ様です!」
「いや〜、今日は快晴ですね〜!」
「どちらからお越しで?」
NPCになったものの、セリフが覚えられずNPCすらできない。
全くセリフが覚えられない。もしや俺のかしこさのステータスはマイナスか。
いや待てよ。そうか、わかったぞ。これだけセリフを覚えられないってことは、俺はNPCに向いていないんだ。そうに違いない。
だから、俺はやはり主人公を目指すべきなんだ。
ギルドに再登録し、またドラゴンに挑む。
負けようが何しようが、セリフが覚えられない人間には戦い続ける道しかない。
死ぬまで主人公だ。
改めてドラゴンに挑戦しているものの、相変わらず倒せそうにない。これだけ繰り返していると少しくらいは「もうちょっとで倒せたのに!」みたいなシーンがありそうだが、俺の場合は一切ない。どれも一発でやられているからだ。
ギルドで手続きを済ませダンジョンに向かおうとしている時、聞き慣れた声が聞こえた。
「久しぶり」
その声の主はセシリアだった。相変わらずその青髪の毛先は揃えられている。男の髭剃りみたいに毎朝手入れをしているんだろうか。まあ俺はたまに剃らない時があるが。
「セシリアか。久しぶりだな」
「どうして戻ってきたの?」
「NPCのセリフが覚えられなくてな。結局、町の入り口で初対面の人と雑談するだけみたいになったからやめた」
「そう、あなたらしくて安心したわ」
そう言いながらセシリアはクスッと笑った。
らしい、ってなんだよ。俺がバカみたいじゃないか。確かにセリフは覚えられないけどさ。
「なんでちょっと嬉しそうなんだ」
「別にいいじゃない。それより私があなたの稽古をつけるってのはどう?」
彼女の急な提案に俺は少し動揺した。
「一体何が狙いだ? 俺をどうするつもりだ!?」
「どうもしないって。ただ稽古をつけるだけ。慈善活動よ」
「本当か?」
「本当よ。疑いすぎじゃない?」
「いやだって、セシリアには何のメリットもないからさ」
「それもそうね。でもずっとあなたのことを見ていて、力になりたいと思ったのよね」
俺の力になりたいとはますますきな臭くなってきた。俺が疑心暗鬼になりすぎているだけなのだろうか。
「まあもちろん強制じゃないわ。レオが嫌なら稽古はつけない」
「レオ? なんだ、レオって?」
「レオンハルトは長いから愛称で呼ぼうかなって」
「おいおい、俺の名前はレオンハルトだぞ。主人公にふさわしい名前をわざわざ略すなんて無礼にも──」
「そんなことよりレオ、早く決めて。誰もが1、2回でクリアできるような、ほとんど操作説明レベルの超絶EASYダンジョンのボスを倒せるようになるために稽古をするの? しないの? どっち?」
ところどころ悪口入っていないか? というか俺の名前はレオで決定? それについては選択権ないのか。
どのみちこのままではドラゴンは倒せない。それなら少しでも可能性のある道を進むのが間違いないだろう。
「稽古、お願いします」
それからセシリアによる稽古が始まった。
まずは基本的な剣の扱い方だ。
素振りを繰り返す。木の人形相手に何度も同じように剣を振る。こうして剣の基本を体に叩き込んだ。
それと並行してすべてのベースとなる体力づくりを行った。毎日走り込み、また重い荷物を運んで筋トレ兼バイトをした。バイト代のいくらかはレッスン料としてセシリアに徴収された。慈善活動って言っていた気がするが、怒られそうなので何も言わなかった。
さらに実戦ということでセシリアと木刀で戦った。彼女は手加減してくれていたが、それでも強かった。さすがは最強パーティーの剣士だ。
最初こそすぐにヘトヘトになり、稽古の日は泥のように眠るくらい疲れていたが、次第に体力がついてきて長時間の稽古にもついていけるようになった。
稽古を始めてからしばらく経ったある日のこと。
「レオ、今日は本気で行くわ。私に勝ったら稽古は終わり。いいわね」
実戦形式のセシリアとの稽古はいつもやっているが、その日のセシリアの動きはいつにも増して速かった。
瞬時に俺の前に現れたセシリアの木刀が右から顔めがけて飛んでくる。俺の体が勝手に動き、顔を後ろに引き回避した。
その直後、足元をセシリアは狙ってきたが、考えるよりも先に俺はジャンプをしていた。そして次のセシリアの攻撃を木刀で防ぎ、さらに彼女の木刀を巻き上げた。セシリアの木刀は飛んでいった。
勝負あった。よく剣士がやる剣先を喉仏に向けるあれをやろうとしたが、既にセシリアの姿はなかった。
「強くなったわね」
突然背後から耳元に囁く声が聞こえた。
「うわ! いつの間にっ!」
振り返るとセシリアが立っていた。汗一つかいていない。本当に本気だったのだろうか? それとも剣を持たない方が強いのか?
「ダメよ、最後まで油断しちゃ。まあでも良い動きね。見違えるようになったわ」
「しかし、勝てなかった」
「元々勝たせる気はなかったから。でもレオがここまでやるなんて予想外。今日で稽古は終わりにしていいわ」
「え? それって……」
「合格ってこと」
「ありがとう、セシリア!」
「礼はドラゴンを倒した後でね」
「この後時間ある? ここまでよく頑張ったから今日はおごるわ」
「あざす!」
この時、バイト代を徴収されていたことを俺は喜びで忘れていたのだった。
俺とセシリアは酒場に来ていた。とは言っても、ここはセシリア含む最強パーティーに会った酒場とは別の酒場だ。向こうはいつもお祭り騒ぎで声を張らないと会話ができなかったが、こちらは静かでとても落ち着く雰囲気だ。
前の酒場で会った時もセシリアは自分のペースでゆっくりと飲んでいたから、彼女にはこっちの方が合っているのかもしれない。
「お疲れ様! 乾杯!」
木のジョッキになみなみに注がれたビールが乾杯の衝撃でこぼれそうになるところを、俺は慌ててすすった。
「あー! やっぱりうまいな!」
「おいしい。これだわ」
セシリアは手に持ったジョッキを見てうなずく。
「あなたがまたギルドに戻ってきて嬉しいわ」
「どうして? 最初のボスすら倒せていないのに」
「レオにとってはそれは良くないことかもしれないけど、私にとっては悪いことじゃないのよ」
セシリアはそのまま話を続ける。
「私が所属するパーティーって客観的に見ても最強じゃない?」
それ自分で言うか?
「その分期待されるし、結果を残さないといけない。いつもプレッシャーに追われる毎日。レベルの高い周りに囲まれて取り残されまいと頑張っていたけど、最近は私が足を引っ張っていて……。そんな時にレオのことを知ったのよ」
「俺は最強パーティーの剣士の耳に入るほど有名になってしまったか」
「いや、それは違うけど」
否定が速い。
「あなたはいつもドラゴンが倒せなくて負けてばかり。それでも諦めずに何度も立ち向かって、バカにされても失敗しても一人でもあなたは戦い続ける。私は勝手にレオから元気をもらっていたのよ」
「それで、俺と一緒にドラゴンを倒しに行ったり、稽古をつけたりしてくれたのか」
「そうね。まあ恩返しみたいなものかしら」
「恩返しねえ。仇で返さなきゃいいけど」
そう言って俺はジョッキを持ってビールを飲んだ。
「別に負けてもいいじゃない。あなたが何しようがNPCじゃないわ。少なくとも私にとってはね」
セシリアが微笑みながら語るその言葉は、ほろ酔いの脳みそにじんわりと染み渡った。
「そ、そうだ! 俺はNPCなんかじゃない!」
「へえ〜、レオにも恥ずかしいという感情があるのね」
彼女にはバレバレだった。
「おいイジるのはやめろ!」
その後も二人でバカ話をしながら飲んだ。セシリアは酒に強いようで、俺は何も考えずに同じ量を飲んでしまっていたため、だいぶ酔ってしまった。
そして今朝、二日酔いですごく気持ちが悪い。
「自分を信じて、思う存分暴れてきて」
セシリアが俺の背中を叩く。その瞬間吐き気が込み上げたが、なんとか抑え込んだ。
「何? 二日酔い?」
「まあ、そんなところだ……」
「それなら今日はドラゴンに挑戦するのはやめた方がいいんじゃない?」
「何言ってんだ。俺はどこまでも諦めの悪い男だぜ。ここで俺が戦うのをやめたら、誰がこの世界を救うんだ」
「単なる二日酔いなのに、勝手に話のスケールを大きくしないで」
結局俺はいつものようにダンジョンに入り、ドラゴンと向かい合った。
ドラゴンは苦いものを食べた時のような渋い顔をしていた。
「なんだ、あんたも体調不良か?」
そう言って一歩踏み込んだ時、左半身が痛み、弾き飛ばされた。いつもより強く飛ばされたような気がする。
医務室で目が覚めるとセシリアが立っていた。
「目が覚めたようね。一つ言っておくのを忘れていたわ。ドラゴンは酒の臭いが嫌いなの」
それ行く前に言ってくれよ。通りで強めに飛ばされたわけだ。
「それにしてもこれで負けるところがレオらしいわ。普通、稽古したら勝つ流れでしょ」
「俺もそう思う。けどこれが現実だから」
ただこの現実、意外と嫌いじゃないんだ。
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