第2話「主人公補正的な何か」
何度も医務室に強制送還されてナースが顔も合わせてくれなくなった頃。珍しくナースが話しかけてくれた。
「あの、レベルってちゃんと上げてます?」
その時、体に電撃が走ったような感覚を覚えた。
そうだ、レベルだ! どうして今まで気づかなかったのだろう。
俺は主人公だから、最初のダンジョンでレベル上げなどしなくても勝てると信じていた。思い込みとは怖いものだ。
「何か足りないと思っていたところでした! ありがとうございます」
そうと決まったらダンジョンに直行だ。
「ハッハッハッ! どんどん出てこい、ブヨブヨとガイコツ!」
ダンジョンで大声を出して敵をおびき寄せ、ひたすら倒しまくっていった。
「俺はレベルを上げてドラゴンを倒すんだ!」
目に見えるすべての敵をなぎ倒す。その姿はまさに魔神の如し。神をも恐れさせる彼の名はレオンハルト。闇に包まれた世界を救うのだ、勇者レオンハルト!
そんなナレーションが今流れている、気がする。
実際に神がいるのか、そもそもこの世界が闇に包まれているのかはわからないし、そもそも最初のダンジョンで詰まっている俺のようなやつが世界を救えるとも思えないが、ここは気持ちを高めるためにそういう設定にしておく。ちなみに、「勇者」は今さっき思いついた肩書きだ。というか魔神と勇者って矛盾してない?
さすがに飽きてきたのでドラゴンに挑むことにした。もうレベル100くらいは行っているだろう。そのくらい倒したと思う。そう思いたい。
「おい! 魔神兼勇者のレオンハルトが来たぞ! 出てこい!」
最深部(地下1階)に着くや否や声を張る。しかし、何の音も聞こえない。
もしや強くなりすぎた俺にビビって逃げたのか。とんだ腰抜けドラゴンだ。
「こっちはレベルを上げて──」
左半身に痛みが走り、無重力空間に投げ出されたように感じた。
どうやらドラゴンはいたみたいだった。最初からいるなら「いる」って言ってくれよ。
またもや医務室で目覚めた。もはやナースの姿はなかった。職務放棄だ。俺が言うのも何だが仕事しろ。
それにしてもだいぶレベルを上げたはずなのに、レベルが上がっていなかったのだろうか。自分ではレベルを確認することができない。
そこでギルドの受付に相談することにした。
「すみません、自分のレベルを確認したいのですが……」
「それでしたら町の占い師をお訪ねください」
そういうわけで、今俺は占い師の館にいる。館と言ってもこじんまりとしたボロい一軒家で、建物の前に「占い師の館」というデカデカとした看板を置いてごまかしている。
軋む木の板が敷かれた床の真ん中に机がある。穴だらけの赤い布がかけられ、その上に水晶が置かれている。その前で水晶に手をかざしながら何やらぶつぶつ言っているおばあさんがいた。
「むむっ! これは客がくる!」
ここに来る人なんて大体客だろう。うさんくささマックス。
「あの、ここでレベルの確認ができると伺ったのですが」
「いかにも! ささっ、そこに座りなされ!」
おばあさんは机の前に置かれたイスを指差した。随分とほこりがかぶっているようだ。手で軽く払いほこりを落として座ったが、ガタガタして安定しない。
「さて、お主のレベルを見てやろう!」
過剰なまでに水晶の周りで手を動かす。途中水晶から手を離し、頭の後ろで手を動かす場面もあった。何かやばいものを召喚しそうだ。
「9!」
急に声を出したので俺は驚いてイスから落ちそうになった。
「レベルがですか?」
「そうじゃ! お主のレベルは9!」
どうやら俺の見立ては大きく違っていたようだ。100は調子乗りすぎた。
「9ですか。ありがとうございます。もう一度レベルを上げて戻ってきます」
俺はダンジョンに行き、ブヨブヨとガイコツをひたすら倒すことにした。あれほど倒してレベル9だとすると、もっと倒さないとレベル100は厳しそうだ。
誰とも会話せずにダンジョンにこもり、永遠と倒し続けた。どれだけの時間が経っただろうか。
時々あまりにも帰ってこない俺に何かあったのではないかとギルドの人が見に来ることもあった。死んで医務室に戻る方が安心されるなんて悲しい。
ヒゲも伸び切ったある日のこと、俺は改めて占い師の元を訪ねた。
「むむっ! これは客じゃ!」
このくだりにはもう触れない。
前回同様改めてレベルを見てもらったところ、
「102!」
と高らかに宣言した。
ついに到達した、この高みに。ドラゴンよ、年貢の納め時だ!
気分が良くなっていた俺はせっかくなので占ってもらおうと思ったが、
「占いは準備中じゃ!」
酒場じゃないんだから。レベル鑑定士にでも名前を変えた方がいいんじゃないか。
ダンジョンに入り、俺はいつものように最深部(地下1階)に行った。
妙に心が落ち着いている。これが精神が研ぎ澄まされているという状態なのだろうか。
俺は無言で歩く。そしてドラゴンの前に立った。
ドラゴンはその大きな瞳で俺を捉える。何度も見てきた光景もこれで終わりだ。
ゆっくり剣を抜き、ドラゴンに向ける。
「終わらせよう。いざ尋常に!」
そして──いつも通り医務室に寝ていた。
もはやループもの? 誰かを助けるために何度も繰り返すとかそういうかっこいいテーマを俺も持ちたい……。
それにしても102レベルで倒せないなんておかしい。もしかすると、あの占い師(レベル鑑定士)はレベルが見えていないんじゃないか?
俺はすぐさま占い師(レベル鑑定士(嘘))の元へ急いだ。
「むむっ! 客じゃ!」
「客です。それより本当にレベルが見えているんですか? 102レベルで最初のボスが倒せないなんておかしいです」
「当然見えているに決まっておろう。お主の戦い方が下手なだけではないか」
戦い方が下手とかの問題じゃない。何しろ一発なんだから。
「通常じゃと早い人はレベル3、遅くてもレベル5くらいでドラゴンを倒せるもんじゃ。102レベルで倒せないとなると、相当ふざけているんじゃなかろうか」
平気で酷いことを言う。しかし、占い師(レベル鑑定士(嘘?))の言う通り、本当に102レベルなら倒せないわけがない。なぜだ?
レベルが上がれば強くなるはずなのに。
待てよ。
もしかして強くなっていないのか?
「あの、俺のステータスって見えますか?」
「ああ、もちろんじゃ」
おばあさんが言うには、ステータスが限りなく低いとのことだった。俺の予想通りだった。
「お主のレベルは1上がったとしても、それに伴って上がるステータスは微量じゃ。例えば、1レベル上がった時の攻撃力の上昇値は0.00001なんじゃ」
「もう誤差の範囲じゃないですか……」
「そうじゃ。それにお主は初期のステータスも低い。生まれつき弱いということじゃ。主人公なんて諦めなされ」
正直ショックだった。自分のことをずっと主人公だと思っていた俺が主人公にはなれないという事実。
諦めるしかないのか。
でも諦められない。こんなところで諦めたら本当に主人公じゃない。
「諦めろ」と言われて、「はい、そうですか」と引き下がれるかっての。
「レベル&ステータス鑑定士さん、あなたはわかっていないです」
「わしは占い師じゃが……」
「主人公というのは……、度重なる過酷な修行や敵の弱点の発覚、隠された能力の唐突な覚醒、あるいは世界に選ばれし者、ヒロインとの愛の力、などなど、そういう感じの主人公補正の爆上がりステータスでどんな苦境でも乗り越えるから主人公なんです」
決まった。
「何一つないじゃないか……」
ズッコケそうになった。図星で何も反論できない。
「いやまあ今は何もないですけど、今後何かあるかもしれないじゃないですか……」
「最初のダンジョンってそんな大きな変化が必要な代物じゃないと思うけどねえ」
正論がグサグサと刺さる。
「とにかく行ってきます!」
俺はレベル&ステータス鑑定士のボロ小屋を後にした。
やるしかない。主人公になるなら、最初のボスを、ドラゴンを乗り越えないといけない。
そしてダンジョンの最深部(地下1階)に来ていた。
さてと、勝てる可能性を考えてみるか。
まず、度重なる過酷な修行は今すぐにはできないから後回しにしよう。
敵の弱点についても、正直瞬殺されすぎて戦いになっていないのでわからない。
隠された能力の唐突な覚醒は、主人公がちょうどいい具合にやられてあともう少しで負けてしまうみたいな、いい感じに弱らないと発動しないので、ワンパンの俺には関係のない話。
世界に選ばれし者は、世界次第で俺の努力ではどうにもならないため却下。
ヒロインとの愛の力は、そもそもヒロインがいないのでなし。
となると……、やはり何もないな……。
くそ! 俺にも何か一つくらい主人公補正をくれ! このままだと名前負けしてしまう。
いや待て、そうか。ふっふっふっ、名前だけは主人公補正だったぞ!
俺の名はレオンハルト。将来の夢は主人公だ。
「ドラゴンよ! 我こそは主人公感強めの名前を持つ者! 覚悟!」
その後の流れはいつもの通りである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます