最初のボスが倒せなくて既に詰んでいる

熊宏人

第1部

第1話「はじまりのダンジョンで何もはじまらない」

 俺はレオンハルト。名前からわかる通り、主人公だ。

 とは言っても新米の主人公で、今日から始めた者だ。ギルドの登録手続きに少々手こずったものの、空は快晴で気温もちょうどいい絶好のダンジョン探索日和。

 そのはずだった。


 形をとどめていないブヨブヨの何か。カタカタと言いながら歩くガイコツ。

 いわゆるザコモンスターとの戦闘を繰り返しながら、ダンジョンの最深部に到達した。最深部と言っても地下1階だが。

 琥珀色の目が俺をギロリと睨む。その目が少しずつ俺の頭上に動き始め、それは炎を吹いた。

 その瞬間、頭には太い木が枝分かれしたような角、大きな黒い翼、岩のような皮膚が照らされた。

 これがこの最初のダンジョンのボス、ドラゴンだ。

「相手にとって不足なし!」

 俺はドラゴンに向かって正面から突っ込んだ。最初のダンジョンだから少し油断していたのかもしれない。

 左半身に強烈な衝撃を受けた後、俺は気を失った。


 視界がぼやけている。段々と物が見えるようになってきた。これは……木でできた天井か。

「気づかれましたか?」

 俺の脇には女性が立っていた。いまいち焦点が合わずその顔ははっきりと見えない。

「ここはギルドの医務室です。ドラゴンとの戦いに負けて、ここに運ばれたのです」

 そうだ、俺はドラゴンと対峙して、一発で気絶したんだ。

「今は傷が癒えるまでゆっくりしてください」

「ありがとうございます」

「最初のダンジョンとはいえ、何度かやられてしまうのはよくありますから。あまり気を落とさずに」

「痛み入ります」

 ようやく焦点が合ってきた俺は、ナースの顔を見ながらお礼を言った。

 俺は医務室で休んだおかげで傷が治った。

 まあ、最初は負けることもあるだろう。実際、医務室のナースも何度か負ける人がいると言っていたし。

 再度ギルドで手続きを済ませ、俺は同じダンジョンに入った。


 またもや同じようなザコモンスターが出てくる。ブヨブヨとガイコツだ。

 最初に入った時もそれほど苦戦しなかったが、2回目となるともっとあっさり倒せるようになっていた。

 成長しているのが実感できる。今度は負けない。

 そして、ダンジョンの最深部(地下1階)にたどり着いた。

「おい、ドラゴン! さっきは負けたが、今度は俺が勝つ!」

 ドラゴンに向かって走り出す。

 即座に左半身に強烈な衝撃を受けた。たぶんさっきと同じ攻撃だ。

 俺はまた気を失った。


 木の天井。また同じ景色だ。

「大丈夫ですか?」

 先程と同じナースが立っていた。

「はい、すみません。またやられてしまって……」

「いえいえ、ご無事で何よりです」

 ナースの優しい微笑みに癒された。


 傷が治り、俺はまたギルドで手続きを済ませ、ダンジョンに入った。さすがに3回目となるとギルドでの手続きも慣れてきたが、そんなことはどうでもいい。

 さっさと最深部(地下1階)にたどり着くため、俺は急いでいた。

「どけ、ブヨブヨ! ガイコツ、お前も邪魔だ!」

 もはやザコモンスターとの戦闘は作業だった。

 そして、またまたドラゴンの元に到着した。

「さてと、そろそろ倒させてもらおうかな、ドラゴンさんよ!」

 そう言い切るや否や、既に気を失っていた。


 もうこの天井は見飽きた。

「3回挑戦して倒せなかった方もこれまでにいらしたので……」

 ナースが少し気を遣い始めていると思った。

 俺はすぐさま医務室を出てギルドで手続き、ダンジョン、そしてドラゴンの元へ急いだ。

 そしてまたドラゴンにやられた。一発で。

 その後も何度もドラゴンに挑戦した。しかし、必ず一発で負ける。

 やられる度に段々とナースとの会話もなくなってきた。最後にした会話は、

「あの、薬草とか使ってます?」

 だっただろうか。一発なので薬草がどうとかそういう問題ではないのだ。

 ドラゴンにやられては医務室に戻され、またダンジョンに挑んではドラゴンに負けて医務室に戻され……。

 そして俺はようやく気がついた。

 最初のボスが倒せなくて既に詰んでいる、と。

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