第2話

 後日、菜緒の家で半強制的に反省会が行われた。最初は私を慰める言葉が多かったが、私が「もう、諦めるよ」とこぼした時点から突然ヒートアップしてしまった。


「ねえ!咲希は本当にそれでいいって思ってるの!?」


 菜緒は強い口調で問いかける。なぜ急に激高したのか、私には分からなかった。


「……うん。思ってる。」

「本当に、諦めたいの?」

「うん、諦めたい。ここ何日か考えてるなかで、分かったんだ。こんな私には無理だったって——」

「嘘じゃん」


 菜緒は私の言葉を遮った。


「え?」

「諦めたいなんて、嘘じゃない!嘘じゃなかったら、なんでずっと泣いてんのよ!」


 私ははっとした。菜緒は心の奥底にしまったはずの私の想いを見逃さかなかったのだ。彼女は声を震わせながら言葉を続けた。


「たしかに、どう思われるか不安だっていう気持ちは分かるけどさ。でも、まだ告白すらできてないのに、ここで諦めるなんてもったいないじゃない!」


 菜緒の言うとおりだった。私はまだ、何も伝えられていない。胸の奥にしまった想いが、再び姿を現し始める。

 その後も何度も話し合いを重ね、私はもう一度だけ頑張ろうと決心した。


*********************


 そして、ついにこの日を迎えた。ホワイトデーの今日、私は想いを伝える。


 反省会を行ったあの日から、私は何度も練習した。気持ちを落ち着けるおまじないもたくさん調べて試してみた。私のためにいろんな手助けをしてくれた菜緒には、感謝してもしきれない。


 昼休みの時間になり、お弁当を食べ終わった私はそわそわしながら絹川くんが食べ終わるのを待っていた。とっておきのおまじないを何度も何度も繰り返し、気持ちを落ち着ける。菜緒は遠くから私の方に向かって拳を小さく掲げた。私はそれに応えるように小さく頷く。


 やがて絹川くんも食べ終わり、お弁当箱の蓋を閉めようとしていた。


(今だ。こんどこそ……!)


 しかし、ここで先月の出来事が脳裏にちらついた。声帯が徐々に締めつけられていく。


(大丈夫。落ち着いて、練習通りにいけば大丈夫)


 私はもう一度おまじないをかけ、軽く呼吸を整える。そしてお弁当をカバンにしまった想い人の名前を呼んだ。


「あ、あの、絹川くん」

「ん?何?」


 名前を呼ばれた彼は私の方へと身体を向けた。顔を見て話すのが恥ずかしくなり、視線を下に落とす。目の前の想い人に聞こえないくらい小さく息を吐き、私は何度も練習した言葉を口に乗せた。


「あ、あの、これ。ホワイトデーだけど、よかったら、受け取ってほしいな」


 そう言って私は綺麗に包装された水色の袋を渡した。絹川くんの方をちらっと見上げると、少し驚いたような顔をしていた。普通に考えれば、ホワイトデーに女子から何かをもらうことなんてないのだから当然の反応だ。しかし、すぐに彼は爽やかな笑顔で「ありがとう。大事にいただくね」と言うと優しく袋を受け取り、カバンの中に入れた。心なしか、私が思っていたよりも嬉しそうな表情をしていた。


 絹川くんが廊下に出ていったのを見計らって、菜緒がとびっきりの笑顔で私の元にやってきた。


「咲希~!渡せて良かったね~!」


 菜緒は私の両頬をつまんでふにふにさせながら喜びをあらわにした。


ふん、ほはっはほょ~うん、よかったよ~

「あはは!も〜、なんて言ったの?」


 大きな壁を乗り越えた私は久々に頭を空っぽにして菜緒とたわむれた。やっと想いを伝えられたという安心感に背中を預け、私は喜びを噛み締めた。



 その夜、私はまたそわそわしていた。


 絹川くんは今頃、何してるのかな? 

 もう手紙は読んだのかな?

 お菓子が口に合わなかったらどうしよう。


 お気に入りのクッションを抱きかかえながらあれこれ考えていると、突然スマホがブーッと震えた。待ち受け画面を見た瞬間、胸がドキッと鳴る。


「絹川くんからのLINEだ」


 私は震える手を押さえながらその内容に目を通した。


『お菓子ありがとう!とても美味しかった!』


 良かった。お菓子は口に合っていたみたい。

 続けて二通目にも目を通した。


『ところで、明日って時間ある?もしよかったら、放課後、魚島山うおじまやまに行かない?』

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