思い出のホワイトデー

杉野みくや

第1話

 今日は3月14日、ホワイトデーだ。バレンタインデーのお返しとして、男子が女子にお菓子を渡すのがこの日の慣例になっている。

 私のいる高校でも例に漏れず、何人もの男子がちょっぴり照れくさそうにお返しを渡していた。この日ではごく普通の光景だ。


 だけど、私は今日、その『普通』をひっくり返す。ひっくり返さなければならない。今日という日を逃したら、私はきっと、二度と想いを伝えられなくなってしまうから。

 

*********************


 時はさかのぼること一ヶ月前——。


 世間はバレンタインデーで賑わいを見せていた。学校ではクラスメイト全員にチョコを振る舞う人、友達とチョコを交換し合う人、意中の人にこっそりチョコを渡す人など、それぞれが思い思いに特別な日を謳歌していた。


 私ももちろん、友達とチョコを交換し合い、楽しいひとときを過ごした。だが、この日の私は極度の不安を抱えていた。なぜなら、私は今日、人生初の告白をするからだ。


「おはよう〜」


 隣の席に座った男子は眠そうな声で挨拶をした。彼の名前は絹川翔。スラッとした細身の体に、若干ツーブロックの入った髪型がマッチしていて、爽やかな高校生といった感じの人だ。誰にでも優しくてノリも良いが、ちょっとだけイタズラ好きな一面もある。朝に行っている吹奏楽部の個人練習の時に、彼が陸上部の練習をしているのを窓から見かけることも多かった。


「お、おはよう」


 私は自分でも驚くくらい震えた声で言葉を返した。眠そうに目を擦る彼は気にもせずに、すぐ近くにいた他の男子と話をし始めた。


 絹川くんとはこの高校に入ってから知り合ったが、当初はこんな想いを抱くとは微塵も思っていなかった。何か特別なきっかけがあったという訳ではなく、気がついたら彼のことを目で追うようになっていたのだ。

 ちょうどバレンタインデーが近かったというのもあり、この日にチョコと手紙を渡して想いを伝えることに決めていた。内気だった私は友達の菜緒にたくさん相談したし、ネットやSNSで告白のコツなどもたくさん調べた。今日で全てが決まると思うと昨夜はなかなか寝付けなかった。


 眠気と闘いながらもなんとか午前の授業が終わり、昼休みの時間になった。お弁当を足早に食べ終えた私は絹川くんが食べ終わるのをそわそわしながら待っていた。段取りとしては、まず絹川くんに話しかけ、続いてチョコをさりげなく渡すといった算段になっていた。私たちの席は一番後ろにあるため、比較的人の目も付きにくく、チョコを渡すのにはうってつけの場所だった。


 やがて絹川くんも食べ終わり、お弁当をカバンの中にしまっていた。心臓の鼓動がだんだん強くなり、今にもはち切れそうだった。泣き出しそうになるのを必死にこらえ、声をかける機会をうかがった。


(今だ!)


 絹川くん、と呼んだつもりだった。しかし、彼はなぜかそのまま立ち上がり、友人の元に向かおうとしていた。


 私は慌ててもう一度彼の名前を呼んだ、はずだった。ここで私は、自分の声が全く出ていないことに気づいた。何度彼を呼ぼうとしても、声帯が私の喉を締め付けて声に出すのを拒んだ。


 苦しい。とても苦しい。息を吸うのですら精一杯だった私はだんだんと気分が悪くなった。少し離れた場所から見ていた菜緒は私の異変に気づき、駆け足で駆けつけてきた。


「咲希、大丈夫?」


 私の背中をさすりながら奈緖は尋ねる。私は首をゆっくり横に振った。それを確認した奈緖はすぐに保健室へと連れていってくれた。


 結局、気分が落ち着いたころには部活の時間がとっくに始まっていた。部活終わりに渡すしかないと腹を括り、先生にお礼を言いながら保健室を出た。


 しかし、この日は運悪く練習が長引いてしまい、終わった頃にはグラウンドから人の姿は消えていた。


 その日はすぐに家に帰り、泣きじゃくりながらもらったチョコをやけ食いした。どれも甘くて美味しいはずなのに、悔しさと申し訳なさが込み上げるばかりだった。さらに、本来渡すはずだったチョコを泣く泣く自分の口に入れた時は人生でいちばん胸が苦しかった。


 正直、もうこんな思いはしたくなかった。一度は諦めようとさえ考えていた。しかし、菜緒はそんな私を見捨てなかった。

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