南部連語陸軍参謀総長

「まあ、掛けてくれよ」

 

 南部連合陸軍第一機動軍司令官ジョージ・S・パットンJr.中将は将兵の前とは打って変わった南部上流階級の発音で、彼の無二の親友にして参謀長であるドワイト・D・アイゼンハワー少将に椅子を薦めた。

 

 パットンのこのような姿を目にするたび、アイゼンハワーはいつもため息を吐きたくなる。

 アメリカ独立以来の軍人一族、元の大農場主にして奴隷所有者。

 絵に描いたような南部上流階級の家系出身であるパットンは、二人分の珈琲を自ら淹れる所作ですら「典雅」とすら形容したくなる優美さがあった。

 テキサスの中の下程度の家出身で、高校の学資にすら苦労した自分とはそもそもの育ちが違うのだと思う。

 

 ギャング顔負けの卑語を発し、時として傲慢にすら見えるのは、彼なりの演技、あるいは子どもが自身を西部劇の保安官と思い込むような、ある種の幼児的自己投影に過ぎない。

 普通は逆になると思うのが、そこがパットンという人間のおもしろさであり、複雑さなのだった。

 

 開戦から一カ月、合衆国軍の戦略変更に伴い、主戦場はテキサスに移行していた。  

 合衆国軍の当初の戦略構想は全軍を三手に分け、南部連合に全面侵攻。

 特にテキサス東部を制圧して国土を分断し、南部連合そのものの制圧を目指していたものと思われる。

 

 だが、パットンの第一機動軍による合衆国領内への逆侵攻によりこの構想は潰えた。

 今や合衆国軍ははっきりとテキサスの制圧を目標に同方面へと主力を集結させている。

 それに対応するため、第一機動軍もテキサス東部のダラスを策源地として合衆国軍の侵攻に対処している。

 

 もっとも、それは必ずしも第一機動軍、あるいは南部連合軍にとって状況の好転を意味しなかった。

 三方面に分散して侵攻してくれた方がむしろ戦いやすく、敵の戦力が優勢なだけにテキサスでの局地戦に持ち込まれた方が戦況は苦しくなるのだった。

 そのせいというわけでもないが、さしものパットンの表情にも疲れの色が濃い。

 

 第一機動軍の司令部も今は地元の高校などに間借りしている。

 司令官室にはその校長が厚意で明け渡してくれた校長室が充てられており、今その校長室にパットンとアイゼンハワーの二人しかいなかった。


「近く参謀総長が交代する」

 

 当番兵に任せず自ら淹れた珈琲を差し出しながらパットンが言った。

 アイゼンハワーは特に驚かない。

 現任のダニエル・R・クロック大将は開戦当初、合衆国軍の主攻正面を判断できず、対処が遅れるという失態を演じており、解任が間近いという噂があった。


「ほう、そうかね。で、後任はだれなんだい?」

 

 アイゼンハワーは二人きりの時にしか見せない、三〇年近い友人関係の気安さで、高校の同級生と他愛もない世間話でもするような調子で訊いた。


陸軍省リッチモンドから打診があった。俺にやれとさ」

 

 パットンはこれまた、掃除当番を言いつけられた高校生のようにうんざりした表情を浮かべる。


 ありそうなことだ、とアイゼンハワーは思った。

 彼らの祖国は控えめに言って苦境に立たされている。

 その中で第一機動軍のあざやかな逆侵攻は数少ない明るいニュースであり、パットンの名は、かつてのリー将軍にも並び立つ勢いで国中に知られていた。

 政権がその「名声」を利用しようとしたとて不思議はない。


「そうか、おめでとう!これで戦争全体へ影響を及ぼせるじゃないか!で、受けるんだろ?」

 

 パットンがこの種のポストに喜びを感じる性分ではないことは承知しているが、それでも素直に親友の栄達を祝う。

 それにパットンの戦略眼が参謀総長として発揮されるなら、それはそれで悪くない。


「ふん、俺がそんな仕事を喜んで受けないことくらい、君も知っているだろう。断ってやったよ」

 

 パットンは親友の祝詞を心底心外そうな表情で受け止めて、それから吐き棄てるように言った。


「断った?!後任の参謀総長はどうするんだ?単に断るだけじゃリッチモンドも納得しないだろう?だれか代わりを推薦したのか?」

 

 半ば予想していたことだが、アイゼンハワーは訊き返した。

 

 パットンはそれには答えず、話題を変えた。


「ところで、戦争に勝つためにもっとも必要なことは何だと思うね?アイク」

 

 パットンは悪戯を企む悪童そのものの笑みを浮かべる。

 唐突な話題の転換と、愛称呼びに戸惑いながらもアイゼンハワーは答えた。


「それは一言では言えんだろうが……強いて挙げるなら兵站だろうか?」

 

パットンは我が意を得たとばかりに大きく頷く。


「そう、兵站だ。作戦指揮だの、用兵の妙だのというのは、実のところ必要条件ですらない。最低限必要なのは兵站だ。前線の兵隊が腹を空かせず、指揮官が弾薬の心配をしなくとも済む。それが最低条件だ。それなくして勝てる戦などない。もっともこんなことを君に言うのは、釈迦に説法だろうがね」

 

 いつの間にか大仰な身振り手振りを交えた、いつもの調子に戻っている。


「翻ってみて、今回の戦争はどうだ?敵の国力は我が方の四倍、おまけに自国を戦場にせねばならん。この状況下で安定した兵站を維持するのは至難の技と言う外ない。そこでだ……」

 

 パットンはそこで言葉を切ってニヤリと笑う。

 まるで悪戯の種明かしをするように。


「私はこの戦争の兵站を安心して託せる人物を参謀総長に推薦しておいた。つまりは君だ、アイク」

 

 あまりに突発的な事態に直面した人間の反応で、一瞬コーヒーカップを持ったまま固まっていたアイゼンハワーであるが、「解凍」する生真面目なこの人物には珍しいほどに笑い出した。


「いつの間にそんなにジョークが上手くなったんだね、ジャック。私はいち少将に過ぎん。いきなり参謀総長とは、実におかしい。エープリルフールにはまだ早すぎるぞ」


「ああ、その点なら心配ない。君は参謀総長就任と同時に大将に進級する。すでに話は付けてある。英雄の虚名もこういう時には役に立つ。

 

 

 真顔になったアイゼンハワーと入れ替わるように、パットンは笑って言う。

 しかし、その目は笑っていなかった。


「いいかね、アイク。さっきも言ったようにこの戦争の兵站は難事だ。それを安心して託せる人間などそうはいない。貴官の能力はここ数年、参謀長として仕えてもらったので、把握している。貴官ならできる。いや、貴官しかいない。

 俺はな、アイク。この戦争に必ず南部連合を勝たせる。そのためには貴官の力が必要なのだよ」

 

 将軍は近いうちに自身の上官のとなるはずの部下に向かって、尊大に命令した。


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