新たなる戦いの序曲②
昭和一七(一九四二)年一月、帝国海軍呉鎮守府別館に置かれているGF(連合艦隊)司令部では、開戦前の昨年九月に開かれて以来となるGF合同作戦会議が開かれていた。
ただし、前回とは違い、すべての艦隊の司令長官が参集しているわけではない。
南洋諸島を防備する第四艦隊の三川軍一長官は合衆国海軍の再襲来に備えて旗艦“比叡”の艦上にあったし、第三艦隊は比島攻略戦の支援を続けていたので、その指揮を執る近藤信竹長官の姿もここにはない。
また、第五艦隊の河瀬四郎長官は、北辺守備の責任者として横須賀空襲の責任を感じて進退伺を提出していた。
最終的には嶋田GF長官に慰留されて撤回したものの、自ら謹慎していたので、やはり今日の会議には出席していない。
よって今日出席しているのは嶋田長官以下のGF司令部、第一艦隊の南雲長官、第一航空艦隊の山口長官、第三~第五艦隊の代理出席者、それに軍令部から宇垣纏第一部長と黒島亀人同第一課長、そして各艦隊の作戦参謀たちであった。
「定刻となりましたのでGF合同作戦会議を開会いたします」
GF参謀長の千早貞俊少将が開会を告げた。
「まず初めに作戦参謀の鄭中佐より現況及び今後の方針をご説明申し上げます」
黒板に賭けられた特大の太平洋全図の前に立ったのは、いかにも育ちの良さそうな優し気な顔のやや色黒の中佐だった。
こうみえて三九歳の若さでGF作戦参謀に任ぜられているエリート中のエリートである。
台湾の旧王家である鄭侯爵家の御曹子でもある。
「えー、改めて申し上げるまでもないかもしれませんが、状況整理と認識の共有のために改めて昨年末の開戦以来の日米戦の推移を小官よりご説明申し上げます。
昨年一二月八日、合衆国海軍は我が国のサイパン島と横須賀軍港に同時攻撃を仕掛けてきました。サイパン島へは二隻の空母――レキシントン級と判明しております――を主力とする艦隊が来襲。これを一航艦が迎撃。敵空母を二隻撃沈、撃退に成功しております。ただし、残念ながらその後方に控えていたと思われる敵戦艦部隊、および上陸船団は発見に至りませんでした。
横須賀に来襲したのは、太平洋艦隊の空母配備状況から推測するにヨークタウン級空母三隻を主力とする艦隊であったと思われます。当時横須賀軍港内には数隻の小艦艇と輸送船のみでありましたので、艦艇等の被害は軽微でありました。ただし、軍港設備は損害を受け、今も完全には復旧されておりません。完全復旧は本年三月頃であるとGF司令部では把握しております。
以上のように敵の初撃を我が方は最小限の被害で凌いだと言えるかと思われます。次に我が方の動きですが、まず昨年一二月初旬に比島攻略作戦を開始。スペイン東洋艦隊を殲滅。現地独立勢力とも協力し、現在敵主力の籠るレイテ島バターン半島を除く比島全域をほぼ制圧しており、我が国の南方および中東資源地帯との海上輸送路の安全は当面確保されております。
また、同月一六日から二三日にかけて第一艦隊の長門級および加賀級戦艦各二、それに天城級空母二を投入し、北太平洋上の合衆国領ウエーク島を攻略しました。
GF司令部として北太平洋を進撃し、ハワイ攻略を目指す所存であります……」
そこまで言葉を切ると、鄭は一息でグラスに注がれていた水を、一息で半分ほど飲み干した。
それから一息ついて、さらに続ける。
「そのための攻撃目標としてはまずミッドウエー」
鄭はハワイ近くの場所を指示棒で指し示した。
「軍令部第二部の情報によれば、ここには少なくとも数十機、もしくは一〇〇機以上を運用可能な飛行場が建設されていると見られます。この飛行場はハワイ攻略の障害であり、ミッドウエー自体が北太平洋の要衝であることを考えてもまず、ミッドウエーの攻略を目標とすべきと考えます」
その言葉に一同が頷いたとき、一人の男が挙手した。
「よろしいでしょうか」
全員の目がその童顔の小男に注がれる。
一航艦司令の山口多聞中将に随行してきた同艦隊の作戦参謀・真藤威利中佐だ。
鄭とは別の意味で軍人らしからぬ相貌だが、この男がいなければGFは開戦劈頭に半壊するはずだったことを、ここにいる全員が承知していた。
それにしてもGF参謀の説明の途中に発言しようとするとは……。
出席者の大半が驚きと呆れの入り混じった表情を浮かべる中、若干の例外がいた。
山口一航艦長官、それに千早GF参謀長、そして説明を遮られた当の鄭GF作戦参謀。
彼らは近所の悪ガキがいつものごとくいたずらを始めたのを眺めるような、若干の興味が入り混じったような苦笑で、真藤が次の言葉を発するのを待っている。
「やれやれ、また始まった。今度は何を言い出すのやら」。
そんな周囲の反応を他所に、この風変わりな英雄は、独演会を始めようとしていた。
「ミッドウエーを攻撃することに小官も異論はありません。あそこの飛行場をどうにかしないと、我々はおちおちハワイに近づくこともできない。ただ……」
「ただ?」
鄭が訊き返す。
「あの島を恒久的に占領しようというのなら反対です。あの島は日本本土から一万五〇〇〇キロも離れている小さな環礁に過ぎません。要塞化も、大規模な守備隊を置くのも事実上不可能。占領することは可能でしょう。合衆国軍が阻止に動いたとしても戦艦部隊はほぼ互角、航空戦力は太平洋艦隊に残されたヨークタウン級三隻を合わせて三〇〇機。そきにミッドウエーの一〇〇機を足しても四〇〇。大して我が一航艦の搭載機は五〇〇機以上ありますからな。順当にいけばまあ、勝てるでしょう。
しかし、占領したらしたで、占領部隊はハワイからの合衆国軍の絶え間ない空襲に晒されることになる。合衆国軍が奪回に動いたとしても援軍を送るのも一苦労。そんな島を占領したとして、維持することは可能なんでしょうかね?何とか維持したとして、その労力と資源を費やすだけの価値はあるんですかね?」
「空襲で飛行場を叩くと言うのか?」
鄭が反問した。
「いえ、我が国の領土から、ミッドウエーを叩ける飛行機はありませんね。仮にイギリスの協力を得て英領南洋諸島を使えたとしても同様です」
無論、それくらいのことは鄭も承知している。
それでも敢えて問うたのは、そのことを全員に知らしめるためだ。
「ならばどうする?」
「占領はすればいい。だが、一時的にです」
「一時的に?」
「そうですな。例えば陸戦隊か、陸軍でもいいですが、工兵隊をありったけ連れて行って飛行場を徹底的に破壊すればいい。合衆国の工業力を以てしても数カ月は再建できないほどにね。それが終わったら、合衆国軍に気取られないようにさっさと退く」
会議室がどよめきに包まれる。
つまるところ、飛行場を破壊するためだけに島を占領するなど、発想の埒外である。
「皆、静まれ」
嶋田繁太郎GF司令長官が威厳のある低い声で命じた。
そして千早参謀長と鄭中佐に命令を下した。
「参謀長、作戦参謀。今の真藤中佐の提案は傾聴に値すると考える。もう一度作戦の再検討を行ってくれ。本作戦は遅くとも今年六月までには実施したい。皆もそのつもりで準備を進めてくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます