最後の植民地

 二〇世紀前半の現在、「フィリピン」と呼ばれている七〇〇〇を超える島々で構成される諸島には、かつてイスラム商人や中国大陸との貿易で栄えたいくつかの王国や首長たちが支配する小国が散在しており、それらを統一的に支配する勢力は存在しなかった。

 

 その歴史に転機が訪れるのは、一六世紀になってからのことだった。ただし、その変化は現地人によって自発的に生み出されたものではなく、外来の征服者によって強制的にもたらされたものだった。

 

 一五二一年にポルトガル人のマゼランの率いる艦隊(彼らを結果的に世界周航となる航海に派遣したのは、スペイン王・カルロス一世だった)が現在のホモンホン島に到達。

 ヨーロッパ人として初めてフィリピンの土を踏んだ(うちの一人となった)マゼランは、程なくして現地人との戦闘で死亡したが、生き残ってスペインに帰還した彼の部下たちがフィリピンの存在をヨーロッパに伝えた。

 

 フィリピンをアジアにおける拠点と定めたスペインは続々とこの地に航海者(あるいは征服者)を送り込んだ。

 一五六五年、ミゲル・ロペス・デ・レガスピがセブ島を征服し、「フィリピン総督領」が設置されたことで、スペインによるフィリピン支配が始まり、以来三五〇年以上、一九四一年の現在まで継続している(ちなみに「フィリピン」の名はスペイン人がフェリペ皇太子―後のフェリペ二世の名にちなんで名付けたことによる)。

 

 フィリピンを領有した一六世紀中葉から一七世紀前半にかけての時期が植民地帝国としてのスペインの最盛期であったが、その後は徐々に衰退していく。

 一九世紀以降、中南米の諸植民が相次いで独立。

 一八九九年に南部連合との間で起こったキューバ戦争(カリブ戦争)によって、キューバとプエルトリコを失ったことで、スペインに残された目ぼしい海外領土はフィリピンのみになった(グアム島は中部太平洋の要衝という戦略的価値を除けば、ただの孤島に過ぎなかった)。

 

 産業革命にも乗り遅れ、農業と観光業以外にこれといった産業のない今のスペインにとって、遠く離れたアジアの植民地を維持することは並大抵の苦労ではなかった(もとからあった住民叛乱に加えて、一九世紀以降は欧米からの自由主義思想やナショナリズムが流入したことで独立運動が起こるようになった)。

 

 しかしそれでもなお、スペイン人たちがフィリピンを手放さないのは、ここで産出される鉄鉱石や銅などの鉱物資源や、プランテーションで生産される砂糖やマニラ麻などの農産物が、スペインの貴重な外貨獲得手段になっているからだった。

 

 一九四一年現在、スペインがフィリピンに本国以上の海軍戦力を配置している理由もそれと関係があった。

 フィリピンに置かれている「スペイン東洋艦隊」はスペイン製の旧式戦艦二隻と、合衆国から購入した旧式戦艦二隻を主力とする艦隊だった。

 

 旧式とはいえ四隻の戦艦を擁する大艦隊をスペインが無理をして植民地に配備しているのは、すぐ北にある海洋貿易国家――日本を意識してのことであった。

 一九世紀の後半に突如として政変を起こして近代的な政府を樹立したかとおもえば、清を破り、ロシア人に善戦し、そしていつの間にか世界最大級の経済力を有する国になった日本の存在は、スペイン人たちにとって不気味なことこの上なかった。

 

 アジア人で唯一近代国家を建設した日本には、アジア各国の独立運動家たちが多数亡命していた(もちろんその中にはフィリピン独立運動家も含まれる)。

 日本政府は少なくとも公式には自国にいる独立運動家を支援しないことを明言していたし、彼らが度を越した行動をした際には弾圧さえした。

 しかしだからといって、日本政府の公式見解を額面通り信じる者は、疑うことを知らない子どもくらいのものだった。

 

 そして、日本と合衆国、南部連合の間で緊張が高まりつつある昨今、この「フィリピン総督領」は極めて微妙な立場に置かれている――。


 


 一〇月下旬といえば、日本ではそろそろ冬の足音が聞こえてくる季節であるが、マニラではこの時季でも最低気温が二五度を下回ることはないし、最高気温は三〇度を超える。

 一九四一年一〇月下旬のこの日も、いかにも南国らしい強烈な陽光がマニラの街に照りつけていた。

 

 フィリピン総督府が置かれているマラカニアン宮殿はマニラ市のほぼ中心にある。

 一八世紀にあるスペイン貴族の別邸のとして建てられたこの建物は、その後スペイン政府によって買収された。

 当初はフィリピン総督の別邸として使われていたが、一八六三年の大地震で当時の総督府が全壊したため、ここに総督府が移された。その際に大幅な増改築が行われ、現在のような豪壮な姿になった。

 

 その一室で総督府の幹部たちが一堂に会した会議が開かれている。


「先日来からの懸案であった合衆国と日本が開戦した場合の我が総督府の対応について、本国からの回答が届きましたので、この場でご報告いたします」

 

 カルロス渉外局長が一枚の書類を手にして、その場にいる一同を見渡しながら言った。

 本国から派遣された外交官で総督府と各国政府間の交渉や本国との連絡調整を担当している。

 ポマードで固めた髪と口ひげのために、部下たちから密かに「スターリン」などというあだ名を奉られている彼は、威儀を正して咳払いをし、託宣を信徒に伝える司教にでもなったかのように告げた。


「米日が開戦した場合、フィリピン総督府およびその麾下にある軍は中立を保つこと。それ以上の行動は、本国からの支持のあるまで減に慎むべし。以上」

 

 カルロスが精いっぱいの威厳を持って発した言葉に反して、このことを知っていた総督と副総督は当然としても、列席者の反応は一様に淡泊だった。

 あらかじめ予想された言葉を、予想通りに聞かされたからだった。

 

 合衆国と日本、南部連合の間で展開されている石油交渉が妥結の兆しもなく長引いている現在、フィリピンは微妙な立場に立たされている。

 それはつまり「合衆国と日本・南部連合の間で戦争が始まった場合、どちらにつくべきか?あるいはどちらにもつかずにいるべきか?」ということだった。

 

 フィリピンはちょうど日本の海上輸送路を扼する位置に浮かんでいる。

 仮にフィリピンが合衆国についた場合、日本は南方資源地帯や中東からもたらされる石油やその他の資源が入らなくなり、即座に戦争遂行はおろか、国家経済壊滅の危機に立たされる。

 ゆえに合衆国としてはぜひフィリピンを抱き込んでおきたい。

 すでに数カ月前からマニラ総領事を介して、合衆国政府は総督府に接触してきている。

 

 反対にフィリピンが合衆国につくことだけは何としても避けねばならず、なろうことなら味方につけておきたいのが日本の立場だった。

 現に合衆国からの接触があったのとほぼ同時期に日本政府からの働きかけも始まった。

 フィリピンにいるとよく分からないが、本国政府にも同じように両国が接触しているはずだ。

 

 米日両政府との交渉については極秘事項で総督府内でも知っている者はごく限られているが、総督府で働く人々の間で、もっとも話題になっているのが米日情勢だった。

 別に秘密が漏れたわけではなく、これくらいのことは総督府の官吏として雇用される程度の知識と知性があれば容易に想像できるからだった。

 いや、総督府内ではだけではなく、マニラの社交界、おしゃべりなことにかけては世界一といっていいスペイン人の婦人たちの間でもこの噂で持ち切りだった。

 

 だがそれは、たとえばどこかの名家の醜聞のように無責任で低俗な好奇心に任せて、気楽に放言すればよいという類のものではなく、自分たちの明日に直結する、一歩間違えばフィリピンにいる全員が奈落の底に落ちかねないという、不安感とともに話されるものだった。

 

 下手に旗幟を鮮明にすれば米日のどちらか(そのどちらもが世界最強クラスの海軍を擁している)に攻撃される。

 そして、かつての無敵艦隊の末裔たるスペイン東洋艦隊は、合衆国の太平洋艦隊と、日本のGF《連合艦隊》のどちらにも対抗できないであろうことは、一定の軍事知識がある人々の間では常識に等しいものだった。

 

 以上のような事情を考慮した結果、スペイン政府は最後に残された海外植民地を守るべく、米日開戦の際は中立策を取ることにしたというわけだった。

 それはある意味、スペインの外交政策の縮図とでも言うべきものだった。

 スペインは親枢軸政策を取りつつ、ヒトラーからの参戦要求をかわし続けることで、今次大戦における中立を維持している。

 植民地もそれに倣うことにして何の問題もない。

 少なくともこの場にいる総督府の高官たちの意見はそれで一致していかのように思われた。


「お待ちください」

 

 その時、ひとりの人物が挙手した。声の主はオルミガ内政監兼民政局長。

 総督・副総督がそれぞれ陸海軍の軍人であるのに対し、内政部門を統括する総督府の文官トップのような存在だった。

 また、フィリピンで代々砂糖農園を営む家の出身であり、総督、副総督、渉外局長ら本国から派遣されてきた人々に対し、「現地組」官僚の代表格でもある。


「なにかね?内政監」

 

 総督軍司令官を兼務する陸軍大将でもあるマリスカル総督がオルミガ内政監を指名する。


「本国政府の方針について愚見を申し上げたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 途端にカルロスがやや気色ばんだ様子で言う。


「失礼ながら、対外関係に関することはすべて渉外局長たる小官の責任の下にあります。いかに内政監といえども口を挟むのはご遠慮いただきたい」


「まあ、構わんではないか、渉外局長。この会議では互いの管轄を忘れて自由闊達な意見を述べあうようにすべきだ。よいな?」

 

 マリスカルは大貴族の出身らしい、いかにも優雅な鷹揚な調子で渉外局長を制した。

 総督にそうまで言われるとカルロスも引き下がるしかない。


「発言の機会を与えていただき、ありがとうございます。では、小官の愚見を申し上げます。米日開戦に際して中立を保つべきという本国政府の方針ですが、小官は賛成いたしかねます。このフィリピンを守るためには我々は日本につくべきです」

 

 会議室に今度は小さくないどよめきが起こる。

 無理もない。

 本来は外交に関して何ら権限のない内政監が、よりにもよって本国外務省の方針に真正面から意を唱えたのだ。


「どうしてそう思うのかね?」

 

 内心はともかく、マリスカルが表情一つ変えずに言う。


「はい、我々が中立に立った場合のリスクを考えるべきです。フィリピンはちょうど日本の海上通商路を扼する位置に浮かんでいます。それはつまり、我々が日本の命綱を握っているに等しい。戦争になった場合、そのような存在が、わずかでも敵に回る可能性があるとすれば、日本人はどう考えるでしょうか?本国政府が中立を宣言する暇も与えず、開戦と同時にフィリピンの占領に乗り出すのではないでしょうか?」


「ふん、馬鹿馬鹿しい。まったく落ち度のない国に一方的に宣戦を布告するなど国際世論の非難を招くだろう。だいいち、欧州でドイツと戦い、太平洋で合衆国と戦うというのに、なぜ日本人がわざわざ敵を増やす真似をするのです?」

 

 口調こそ丁寧ではあるが、カルロスが小馬鹿にするように鼻を鳴らして言った。

 オルミガはあくまで冷静な口調でそれに反駁する。


「今年の八月に英軍がイランに侵攻したことを思い起こしてください。イランの油田がドイツの手に渡ることを恐れたイギリスは、正当性もこれといった口実もなくイランに侵攻したのです」

 

 ソ連とイギリスの勢力範囲に挟まれた位置にあるイランは、かねてから有力な第三国に接近することでその独立を維持していたが、今次大戦の勃発時は親独政策を採っていた。

 

 独ソ戦が勃発し、ドイツ軍がカフカス地方を制圧したことで、イランが枢軸国側をつくこと恐れたイギリスは、今年八月にイランに侵攻。

 翌月にはテヘランを陥落させた。

 

 オルミガはさらに続けた。


「また、フランスとオランダが降伏した際の日本の振る舞いを思い出していただきたい。宗主国が降伏したのをよいことに日本はアジアにおける両国の植民地を占領したのですよ」

 

 一九四〇年五月、六月にオランダ、フランスが相次いでドイツに降伏した。

 突如として宗主国が消滅した両国の植民地は、ドイツが本国に樹立した傀儡政権とロンドンにつくられた亡命政権のどちらにつくかの選択を迫られた。

 その混乱の最中、九月になって日本がフランス領インドシナ(仏印)とオランダ領東インド(蘭印)に侵攻した。

 

 日本にとって仏印や蘭印は、石油、天然ゴム、ボーキサイトなどの主要輸入元の一つであり、これらの地域が敵に回ると戦争遂行に支障が出るという事情があった。 

 だが、仏印政府は本国にある親独政権(ヴィシー政権)への帰属を表明していたため名目があったが、蘭印政府は態度を明確にしておらず、その正当性はかなり怪しかった。

 日本軍は瞬く間に両植民地を制圧した。

 その際に自国に亡命していた独立運動家たちを伴っており、彼らに占領地の現地人を宣撫させるとともに、「治安部隊」の名目で独立運動家たちに現地人からなる武装組織をつくらせていた。

 日本政府は領土的野心のないことを強調しているが、どさくさに紛れて植民地を自国の勢力下に置くつもりであるという見方が根強くあった。

 

 ちなみにその影響からか、フィリピン南部のミンダナオ島で大規模な独立派の蜂起が発生。

 現在も戦闘が続いている。独立派が日本製の銃火器を装備していることから、日本軍の関与が疑われているが、スペインも含めアジアにある各国の植民地軍は値段の割に高性能な日本製の武器を装備しているため、確たる証拠はなかった(もちろん日本政府は否定している)。


「自国の利益のためならば、名目など捨て得るのが国家というものです。ましてや日本は通商国家であり、通商路の維持の重要性を世界でもっとも理解している国のひとつでしょう。彼らはそのためなら名目などかなぐり捨てますよ。少なくともその可能性は無視できない」

 

 それに対して別のところから反論が飛んできた。

 副総督兼東洋艦隊司令長官のロドリーゴ中将だ。


「しかしねえ、戦争が始まった場合、日本艦隊はまず何よりも合衆国の艦隊と戦わねばならん。私が言うのも妙な話だが、わざわざ我々の艦隊と戦っている余裕などあるまい」


「日本軍が先制攻撃をし、開戦劈頭で主導権を握れば不可能とは言い切れないでしょう」

 

 オルミガも一歩も退かない。

 しかし、一呼吸置いてからこう続けた。


「小官はなにも日本の味方になれと申し上げているわけではありません。日本につくと見せて、フィリピンへの侵攻を封じておき、情勢を見極めつつ合衆国につく機会を窺えばよいのです。小官からは以上です」

 

 しばらくの沈黙あり、だれも発言しないのを見てとると、マリスカルが引き取った。


「ふむ、意見は出尽くしたようだな。私の考えを述べよう。内政監の意見には確かに聞くべく点がるようだ……しかし、我々はあくまで宗主国の下にある植民地の政府に過ぎない。故に本国の方針に逆らうことはできない。また、日本は我が国の友好国・ドイツと戦争をしている。その国とかりそめとはいえ手を組むことはできない。ただし、総督軍および東洋艦隊にあっては、警戒を強化すること。以上だ」

 

 方針は決した。

 ただし、総督が指示した「警戒強化」は実質的にはほとんど行われなかった。

 フィリピン植民地軍にとっては来るかどうかもわからない(しかも来る可能性の方がはるかに低い)日本軍よりも、現に発生している叛乱への対処の方がはるかに重要だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る