中島町の盟約
欧州からの船団護衛帰りの将兵で市内の酒場がどこも活況を呈しているこの時期、呉水交社の個室に二人で入ることができたのは、奇跡に近いことだった。
水交社は帝国海軍が将校の親睦、福利厚生、さらには自主的活動の支援のために設立した公営企業の一種で、海軍将校占用の喫茶店や酒場、売店、保養施設の経営などのほか、海軍関連の書籍の出版なども手掛けていた。
社長は海軍大臣が兼務し、総裁は皇族の海軍軍人が就く慣例で、当代は数年前に予備役に編入された伏見宮博恭王が務めている。
もっともこれらは名誉職であり、実際の経営は水交社が独自に採用した文民の社員が担っていた。
大規模な海軍施設のある街にはたいてい水交社が経営する酒場があり、いわゆる「将校クラブ」の役割を果たしている。
当然、GFと呉鎮守府のお膝元である呉も例外ではなく、その規模は日本有数であった。
ただ、戦争が始まってからは海軍でも船団護衛の駆逐艦や海防艦要員として、予備役将校の動員が進んでおり、利用者を将校に限る水交社であっても席を確保するのが難しくなっていた(水交社では同期会や会合などで利用する場合を除き、席の予約はできなかったし、階級が高いからといって優遇されるわけでもなかった。よって、席がなければ将官でも断られることはあった。もっともそれくらいの階級の者たちは水交社より料亭をよく利用するが)。
よって、真藤中佐と鄭中佐の二人が夕方六時のこの時間帯にすんなりと席に、しかも個室に通されたのはまことに幸運であったというほかなかった。
何しろ話がどんな方向に行くか予想できないから同業者しかいないとはいえ、だれに聞かれるとも知れないテーブル席は避けたいところだった(高級料亭の方が秘密保持という点では向いているかもしれなかったが、生憎と二人にそんな金はなかった)。
鄭は上官の千早少将の言いつけで真藤を引きずるようにして、ここに連れてきた。
ちなみに、当の千早少将は同期の山口中将と肩を組み合って夜の街へと消えていった。
真藤に同行していた副官の柴田中尉はこれ幸いとばかりに一足先に横須賀へと帰ってしまった。
かくして鄭は、拗ねた子どものような顔をしている同期の顔を見ながら、ビールを飲み、ソーセージを摘まんでいる。「二人きりの同期会」と言えば聞こえはいいが、なんのことはない、愚痴の聞き役だ。
「貴様の不満は分かるよ。第一艦隊でサイパンを、一航艦で横須賀を守れば敵の奇襲を防ぐどころか、逆に敵を待伏せしてうまくすれば殲滅できたかもしれんからな。だが、これで少なくとも横須賀の方は軍港を守れれば、それでおめでとうってところだ」
「そんなんやない」
真藤はジョッキのビールをグイっと呷って言った。
打ち解けた相手の前では神戸弁が出る。
「俺も軍人や、進言が一〇〇パーセント承認されるわけやないことは、よう分かっとる。むしろ今回は、当初の案を白紙に戻してまで俺の進言を容れてくれた。千早少将や貴様、それに山口長官、嶋田長官にもよう感謝しとる。けどな、なんで一航艦がサイパン……俺がサイパンに行かなあかんのや」
真藤は心底悔しそうな顔で言った。
「なんだ、そんなに米軍の空母を沈めたかったのか?安心しろ、そんなの戦争してればいくらでも機会が……」
鄭はそう言いかけて止めた。
真藤とてそんなことはよく分かっているはずだ。
「俺がサイパン」。
その言い方に引っかかるものを覚えた。数秒、真藤の顔を見つめていてピンと閃くものがあった。
「そういや貴様、奥さんも横須賀か……つまり、なんだ」
鄭は急に楽しくなってきた。
口許に人の悪い笑みが自然と浮かぶ。
真藤の顔を見ると、頬を赤く染めながら、むくれたように俯いている。
まるで想い人を悪友に覚られた中学生のような顔だ。
なんだこいつ、つまりは自分の嫁さんを、この世でいちばん好いている女を自分の手で守れないことが不満なだけなのか。
「おかしいか?!」
真藤はムキになったような顔で枝豆を掴んで乱暴に食べた。
さやごと食べかねない勢いだ。
「いや、おかしくない、おかしくない。うん、むしろ夫として、男として、当然な感情と言うべきだな、うん」
そう言いながらも鄭は笑いを堪えるのに苦労する。
堪えきれずに思わず口許が緩む。
鄭は同期の(そう言ってよければ)親友がこの歳で、自分の女房に少年のような初心な感情を抱いていることが、おかしくもあり、驚きでもあり、羨ましくもあった。
まあ、無理もないか――真藤は恋愛結婚だし、おまけにあの「百合子さん」じゃ無理もない。
俺が百合子さんに会ったのは、海兵時代に同期五人で連れだって真藤の地元の神戸に遊びに行ったとき、真藤の結婚式に出席したとき(真藤は俺たち五人の中じゃいちばん最初に結婚した)、他を合わせても数えるほどしかないが、あんなに素敵な女性は早々いないと断言できる。
俺も含めて他の四人の仲間で言い合ったものだ。
「あんな素敵な
それはもちろん、冗談だったが、一片の本気も含まれていなかったと言えば、事実に反するだろう。
遠い青春の日の、あるいは淡い恋心を思い出したのを皮切りに、鄭はしばし思い出の中に意識を飛ばせた……。
鄭侯爵家の長男にして唯一の男子・鄭博文が海軍海兵に入学したのは大正九(一九二〇)年四月のことだった。
華族の子弟が軍人の道を歩むのは珍しいことではなかった。
彼らは憲法によって特権的地位を保証されているからこそ、国家のために奉仕すべきという「高貴なる義務」の履行を求められた。
それ故、華族の子弟は軍人か役人、でなければ学者になるのがほとんどだった。
ちょうど彼の入った年から海兵でも陸軍士官学校をモデルとした「生徒隊制度」が創始され、入学者二三六名は四〇余りの分隊に分けられた。
鄭が配属されたのは「第五二期生第二三分隊」。
鄭を含め五人の生徒、それに隊付として将校と下士官一人ずつが付けられた。
第二三分隊の面々は一風変わった連中ばかりだった。
入学年限ぎりぎりの一九歳で入ってきた真藤威利。
後で分かったことだが、元々京都の私大の予備課程の生徒だったのが、父親が事業に失敗したために、学費が貸与される海兵に入り直したという事情だった(奴が
大手製薬会社の創業家の末弟だという
いかにも末っ子らしい愛嬌と如才のなさを持ち合わせた奴で、どうやって身体検査と体力試験をパスしたのか不思議に思えるほど太っていた。
すでに引退した海軍高官が父親だが、母が本妻ではないという田中一郎。
細身に眼鏡を掛けた、いかにも文士然とした風貌からは想像できないほど目端が利いて俊敏な男だった。
小さな豆腐屋の倅の土井次郎。
親代わりに育ててくれた兄に楽をさせるために海兵を受験したという奴だったが、学歴不問の海兵とはいえ、高等小学校卒で入ってきた奴も少なかっただろう。
レスラーのような図体で腕っ節の強い奴だった。
そして、鄭にしても「台湾系華族」というのは海兵においてある種の異端児に数えられることは間違いなかった。
生徒隊制度の開始によって「生徒の自治」は形式的には終わったはずであったが、実態はそうではなかった。
軍縮の波から将校の大量削減を避けるための便方として、付け焼刃的に始まった生徒隊付将校の制度は、実際には機能せず、下級生の指導は依然として上級生に任せられていた。
そしてそれは、上級生から下級生への陰湿な私的制裁が健在であることを意味した。
例えば真夜中、入学したばかりの一号生は上級生から中庭への集合を命じられる。
そして、眠い目をこすりながら駆けつけてみると、整列させられて一人ずつ「精神を鍛えるため」と称してビンタを見舞われる。
あるいはそれで済めばまだいい方で、「精神注入棒」と称する木の棒で殴られることもあった。
こうした私的制裁を主導していたのは、最上級の四号生とその下の三号生だったが、鄭たちの年次にとって運が悪かったのが、四号生に「半田」という生徒がいたことだ。
彼、いや奴は国民自由党の有力代議士の長男だった。
おまけに残忍な性格の持ち主で、取り巻きをけしかけて、暴行を働いたり、下級生に土下座を強いて頭を踏みつけたりすることまでやった。
いくら悪名高い海兵の私的制裁とはいえ、度を越していた。
半田の所業を教官たちも全く知らないわけではなかったし、耐えかねた者たちが教官に直訴したが、海軍高官とも親しく海軍予算に絶大な影響力を与える父親を持つ半田に対して、毅然として対応できる者はいなかった。
あの頃の海兵は間違いなく腐敗していた。
そして「変わり者」たちが集まる二三分隊は特に標的にされた。
鄭と土井が真藤からその計画を打ち明けられたのは、入学から二カ月が経過したある日の日曜日、五人で連れだって広島市内へ遊びに行ったときのことだ。
五人で市中心部の繁華街・中島町の通りを、ラムネを飲みながら歩いていた。
五人とも私服だったので、傍目には市内のどこかの高校か大学の学生が駄弁りながら歩いているようにしか見えなかっただろう。
中島町は江戸時代から続く広島でいちばん歴史のある繁華街だが、明治以降に広島電鉄や官鉄(国が運営する鉄道)の鉄道網が整備されていくと、市の中心はより東の本通、紙屋町、八丁堀などに東遷した。中島町は大正期にはすでに最盛期を過ぎたやや寂れつつある街であった。
海兵の生徒たちが広島市内に遊びに行くときも先ほど挙げたような新興の繁華街に行くことが多い。
だから真藤があえて中島町に誘ったことが、その時まで鄭には不思議だった。
真藤は、すでに自身と如月、田中の三人の間でその計画が進行していることを打ち明けた。
あまりに自然に、まるで世間話でもするかの話すため、鄭も土井も危うく聞き流すところだった。
曰く、入学した翌週に真藤たちが初めて私的制裁の洗礼を受けた夜、真藤はすでに復讐を決意していたという。
そして、私的制裁の首謀者とその取り巻きたちを見極め、攻撃目標を定めた。その上で如月と田中を引き込んだ。
自分たち二人だけ除け者にされたことを、鄭は抗議した。すると真藤は涼しい顔で応えたものだ。
「大会社の御曹司のくせして好き好んで海軍なんぞに入ってくる奴、海軍将官の愛人の子なのに敢えて海軍に入ってくる奴。この二人はまちがいなくひねくれ者だ。だからまず引き入れた。こういう奴らは変わり者だからこそ、密告や裏切りといった常識的な行動をとる可能性が低いと思ってね」
「そこへ行くと」と言って、真藤はさらに続けた。
「君ら二人はまともだ。家族に楽をさせるため、貴族としての義務を果たすため。こういう人間が、このまともじゃない計画に乗ってくれるものか、不安があった。それにもし失敗して放校処分にでもなれば気の毒だと思ってね」
「ならばなぜ、今になって打ち明けたのだ?そこまで考えたのならいっそ最後まで秘密にすればいい」
鄭は挑むような笑みを浮かべて言った。
真藤はそれを気にも留めない様子で返した。
「理由は三つある。一つ、これから計画が本格化するにあたって、人手が必要になること。入学して二カ月、君らのことを観察していたが、少なくとも無能ではなさそうだ。二つ、君らは仮にこの計画に賛同や協力はしてくれなくとも、密告をするような奴でもないと思ったこと。三つ、最初から最後まで秘密にしておくのは、やはり同じ分隊の仲間として信義に反するように思われたのでね。これで君が求める説明になっているだろうか?」
「ふん、大した自信だな。俺たちのどちらか。いや、如月か田中でもいい。裏切ったらどうする?」
「その時は俺の見る目がなかったということだ」
真藤はこともなげに言ってのけた。
「さあ、どうするね?もちろん、強制はしない。危ない橋を渡るのはやめるか?それともこのような汚い計画に加担することは倫理が許さんか?」
「俺は乗った」
二人の反応をおもしろがるように話していた真藤の声を遮ったのは、仲間内でももっとも口数の少ない土井だった。
彼はその巌のような体格に相応しい低音の声で、真藤の計画に端的に賛同を示した。
「仲間が俺たちの屈辱を晴らすために、危険を冒そうとしている。それを見捨てるわけにはいかん」
土井はさらに続けて、漢気溢れるセリフを吐いた。
鄭は悟られぬように小さくため息をついた。
このような危険かつ卑劣ですらある計画に加担することは、彼の侯爵家の次期当主としての立場の許容するところではなかった。
が、男としての矜持を傷つけられた復讐を果たそうとする仲間たちを尻目に、自分ひとりだけ安全地帯に逃亡することは、彼の男としての部分が肯ずるものではなかった。
そして鄭王朝の末裔として、将来の貴族院議員としての彼が受けてきた教育は、時と場合にあっては後者を優先すべきことを彼に教えている。
「わかった。俺も協力しよう」。
鄭のその言葉を聞いた真藤は、今までと打って変わって、曇りのない空のような笑みを浮かべた。そして、前方を顎でしゃくった。
いつの間にか三人よりやや前に如月と田中が出ていた。
そのさらに前方(といってもさほど距離が離れていたわけではない。
五人からせいぜい二〇メートルほどだ)に見覚えのある背中が、女と連れだって歩いていた。
私服を着ているが見間違えるものではない。一号生のだれもが後ろから刺してやりたいと思っている背中――憎き仇敵・半田の後姿がそこにあった。
半田の許嫁が有名財閥の令嬢であることは、海兵で知らぬ者はなかった。
一方で如月の探り出したところによると、彼には好ましからざるもう一つの噂があった。
即ち、許嫁以外に複数の女性と交際しているらしい――というものだった。
それを知った真藤、如月、田中の三人は休みのたびに半田を張り込んだ。
彼の遊び場が広島の中島町であることはすぐにわかった。
そして、そこで女(一人ではない)と逢瀬を重ねていることも、突き止めることはさほど難しくなかった(広島での彼は政治家の跡取り息子としてどうかと思われるほど無防備だった)。
真藤のいう「計画」とはつまり、半田のその好ましからざる行状を白日の下に暴くことだった。
そのためには証拠を集める必要があり、それには信頼できる協力者が必要だったのだ。
かくして、後に仲間内で「中島町の盟約」と呼ばれることになる同志的結束が結ばれたのである。
それからの数カ月、二三分隊の五人は、半田の身辺調査に当たった。休日を利用しての調査であるし、素人のやることであるから本職の探偵のようにはいかなかったが、五人の調査はゆっくりと、しかし着実に彼の醜聞を暴いていった。
計画の策定と管理は真藤と鄭が主に担った。半田の尾行や見張りは行動派の田中や土井が特に活躍した。
半田が女連れで「円宿」に入るところを写真に収めたのは田中だった(ちなみにそのカメラを買った資金の出所は如月だ)。
半田の相手は近隣の女学校の生徒や会社勤めの職業婦人など多岐にわたったが、その素性を探り出したのは如月だった。
どうやったのかはとうとう白状しなかったが、奴はこの手のことが得意らしかった。
五人とも、他人の秘密を暴こうとしている後ろめたさや、復讐のことさえ忘れ、いつしか自分たちが探偵小説の主人公にでもなったような気分で、「計画」に没頭していった。
数カ月にわたる彼らの調査の結果、半田は少なくとも四人の女性と付き合っていることが判明した。
まったく、平日は江田島の海兵から一歩も出られない身でありながら、よくここまでしたものだった。
そして、何枚かの写真と、筆跡をごまかすために定規を使って文字を書いた手紙をいくつかの雑誌社に送り付けた。
現役海軍兵学校生徒の醜聞を報じる雑誌記事が世に出たのは、翌大正一〇年の年明け、半田たちの年次が卒業と任官を間近に控えた頃だった。
「国家の将来を担うエリートたちの卵」たる海兵生徒。
しかも有名財閥令嬢の婚約者を持ち、有力代議士の長男の醜聞が、決定的な証拠写真付きで報じられたとなれば、世間が放っておくはずもなく、間もなく新聞各社も追随し、瞬く間に半田とその父親は世間の耳目を集めた。
また、半田の許嫁というのがただの財閥令嬢ではなかった。
「流行の最先端を走る女性」として女性雑誌に何度も取り上げられていたのに加え、同志社女子学校専門部に通い、二十歳前の若さにして当時盛んになっていた婦人参政権運動の論客としてそれなりに名の知られた存在であった。そのような先進的な意識の女性であったから、婚約者の裏切りを赦すはずもなく、実家ともども激怒して婚約を解消してしまった。
半田にとっての災厄(つまり鄭たちにとっての福音)はまだ止まらない。
半田の父は国自党の有力代議士として海軍予算にも多大な影響を及ぼす存在であったが、今回の事件をきっかけに新聞や雑誌がその身辺を探った結果、海軍の軍艦建造に関係してある造船会社からの収賄疑惑が持ち上がり、遂には議員辞職に追い込まれ逮捕された(ただし、後の裁判で証拠不十分として無罪。議員にも再選された)。
鄭たちにとってさらに予想外であったのは、この件が海兵の浄化にもつながったことだった。
下級生いじめの中心だった半田の権勢が衰えたことで、複数の下級生が新聞に海兵における私的制裁の実態を暴露した。
釈明を求められた海軍省は(普段であれば一蹴したであろうが、生徒の醜聞によって権威が失墜していたので抗しきれなかった)、調査を約束した。
後に実施された調査によって兵学校の実態――「自治」という名の放任、教官や生徒隊付将校の職務怠慢などが明らかになった。
海軍省は兵学校校長及び教頭を更迭。
さらに海軍次官以下、複数の高官の減給、戒告などの処分で事態の幕引きを図った。
更迭された海兵校長の後任として赴任してきたのが、鈴木貫太郎中将――現在の挙国一致内閣の首相だった。
「海軍きっての自由主義者」、「鬼貫」の異名をとる剛直の提督として知られていた鈴木は、兵学校の改革に着手した。
まず、員数合わせのように配置された、やる気のない将校が多数を占めていた生徒隊付将校のほとんどを解任。
代わって海軍の将来を担うような、若くて優秀な中尉・大尉級の人材を配置し、制度が本来の効果を発揮できるようにした(それによって鄭たちの分隊に配置されたのが、千早貞俊大尉だった)。
さらに規則に依らない「私的制裁」の禁止を徹底。
違反者を厳正に処罰した。
これらの改革によって、理不尽のすべてが消え去ったわけではもちろんなかったが、海兵の悪習のいくつかはなくなった。
ついでに言うとそもそもの発端である半田は、この一件で卒業許可を取り消され、その後自主的に退校した。父親の後を継ぐこともなく、風の噂では日本を出たという。
こうして鄭たちの個人的怨恨からはじまった復讐劇は、実行者ですら予想しなかったある種の「世直し」をもたらして終わった。
もちろん、だからといって私憤から他人の秘密を暴いたことが正当化されるとは思わない(ちなみに鄭たちの「復讐」はだれにも気づかれることがなかった。
写真を送る時に発信元がばれないように細心の注意を払ったし、なによりたかが生徒がここまでのことをやるなど、だれも思わなかった)。
しかし、だからこそ「中島町の盟約」は、今なお彼ら五人の中に生き続けているのだともいえた。
ちょうど、大人たちにばれなかった悪戯の秘密を共有する悪童たちのように――。
兵学校を出てもう二〇年近くになる。
今や田中は駆逐艦の艦長として地中海でドイツ軍のUボートと死闘を繰り広げているはずだ。
如月はよく分からないが特務に就いているらしい。
土井は陸戦隊に進んだが、その後家庭の事情で予備役編入を自ら願い出た(兄の急死で急遽実家の豆腐屋を継ぐことになった)。
そして、真藤と俺は、それぞれ一航艦とGFの参謀として一緒に仕事をしている。
いつの間にか機嫌を直して、ビールジョッキ片手に喋りまくるかつての「悪童仲間」の一人を前にしながら、鄭は思った。
戦争なんざ、早く終わればいい。そうすれば五人でまた、昔のように朝まで馬鹿話を肴に酒を飲める――。
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