一年目 ハル(五)
師匠と共に過ごした小屋を離れミヨは一人森を歩いた。
ミヨの心が沈んでいたとしても世界には何一つ関係がないのだと思う程、森の中は平穏そのものだった。
何かあるとするならば、イロがないことくらいだった。
ミヨの師匠が亡くなった日、この世界からシキサイは消えた。
師匠がこの世から消えるとシキサイが消えるとミヨは聞いていた。
教えられた時はミヨ自身、そのことを信じていなかった。
ミヨの師匠の教えでは…
シキサイが消えると言うことは、この世界にとってシキサイが元から無かったものになる。
シキサイは無かった、そのような概念に固定される。世界の中にあるもの全ての中で、そのように書き換わる。
時間が止まったように同じことを日々繰り返し、新しいことは起こらなくなる。
しかし思い出が消えてしまうこともある。想いが籠った物のシキサイが消えることで元から無かった、存在しなかったことになる。
大切な人、物、場所。誰かにとって特別だったものが忘却し、喪失しても何も思うこともない。
…とミヨは師匠から教えられた。
この世界でシキサイを知り、忘れることもなく覚えているのはミヨだけだ。
色彩の魔女の弟子として育てられたミヨだけが覚えている、知っている。
ミヨはそれが孤独だと感じた、忘れたいと思いすらした。
どうしようもなく今、ミヨは孤独だった。
何日も何日もミヨは森を歩いた。
ある日のことだった。
「……?」
森の中を歩いていたミヨは見慣れない何かを発見して足を止めた。じっと目を凝らして見て見ればそれは人だった。
急いでミヨは駆け寄った。近くで見れば倒れている人はあどけない顔をした少年だった。
ミヨはどうしたらいいかとと悩んだ結果、少年を揺さぶってみることにした。
「……あ、あの。……あの、お、お、お元気…ですか? ……い、生きて、ます…か?」
どうしたらいいのかミヨは分からず弱々とした声で何度も声をかけた。途中から何を言っているかミヨ自身、分からなくなる程必死に声をかけた。
少年は目覚めない。ミヨはすごく困った顔をして、戸惑った。
「……あっ」
そんな主人を見かねたように肩にいた黒猫が少年の上に飛び降り、思い切り猫パンチを顔にお見舞いする。ミヨは黒猫の行動に呆気に取られて動けなかった。
「……い、いてー!!」
そう少年は勢いよく跳ね起きて叫んだ。黒猫はあくびを一つ、そして主人であるミヨの肩へと飛び乗った。
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