一年目 ハル(四)


「ミヨ!! 大丈夫か!?」

「……マヒロ?」

「そうだよ。様子がおかしいから見に来たんだ」

「……どこか知らない場所のすごく、すごく嫌な、怖いものが…、見えて…」

「そっか。また思い出しちまったんだな。ごめんな、すぐに気づいてやれなくて」

「……怖かった」

 ミヨは涙を流す、声を無理に抑えているように嗚咽する。ボロボロととめどない涙が溢れて止まらない。

 マヒロは隣に腰を降ろすと背中を優しくさすった。言葉には出さずに大丈夫だよと落ち着かせるように。ミヨが落ち着くまで何度も何度も、いつまでも見守った。

 そして、ミヨは泣き疲れマヒロの肩に寄りかかって眠りに落ちていった。



___……夢を見た、遠い日の夢を。


 ミヨの師匠が死んで、途方に暮れていた頃。ミヨはなかなか師匠と過ごした小屋から離れられず、一人閉じこもっていた。

 師匠の死を、喪失したということをミヨは受け入れられなかった。受け入れたくなかったのかもしれない。


 それから幾月か経ってミヨはようやく外に出ることを決めた。正確には決めたのではなくそれしかなかったからだろうか。

 残されたものは孤独と寂しさと、師匠から託された使命、意思だった。


『ワタシが死んでしまったら、君にワタシの意思を想いを託すよ。ワタシが愛したこの世界を、どうか頼んだよ』


 ミヨは古ぼけた今にも読めなくなりそうな分厚い手記を自らの使い古されている鞄にしまった。それから、必要なものを最低限とお気に入りの本を一冊選んで鞄にしまう。

 師匠の使っていた杖を持ち、使い魔の黒猫のミヤを肩に乗せて簡単に鏡で身支度を確認して小屋を後にした。

 小屋のすぐ近くに立てられた二つの墓標、片方は師匠の墓だがもう一つの墓は誰ものかミヨには分からなかった。二つの墓標に花を供え、ミヨは目を閉じ手を合わせて祈った。



 ミヨは師匠の考えていることを結局、知ることができなかった。いつも不敵に笑っていて、少し意地悪。

 その癖寂しがり屋。ミヨをいつもからかって笑っていた、だけれど本当にミヨが辛い時は見守ってくれた。背中をさすってくれた、頭を撫でてくれた、抱きしめてくれた。

 不器用で料理も苦手なのにミヨに料理を作るものの不味くて真っ黒な食事を一緒に食べた。

「さすがワタシだ! 不味いな!!」

 あっけらかんとして笑って、釣られてミヨも控えめに笑った。あの時の料理がミヨはとても恋しくなった。


 魔法の教え方も雑で感覚で覚えろと言われ、最初の頃は苦労した。ミヨは師匠の言葉と魔法の本を交互に確かめて覚えたものだ。

 それでもミヨは楽しかった、その時間が好きだった。当たり前だと思っていた、変わらないものだと思っていた。

 当たり前の幸せなんて存在はしない。それにミヨは気づかなかった、気づけなかった。



 ミヨは声を殺して泣いた、いつまでも泣いた。涙が枯れるまで。

 師匠の墓標の前で泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。


「……師匠、会いたい」


 やっと言葉にできたのはそれだけで、それしか言うことがミヨにはできなかった。

 失ってからやっと幸せに気づいて、もう帰らない日々を思う。


 これは【喪失のイロ】

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