一年目 ナツ


 季節は春から夏に移り変わり、最近は暑い日が続いていた。季節が変わったことで、咲く花や草木も様変わりした。

 色彩が失われていても、世界に定められた一年の変化は変わらずあり続けている。

 それは人や鳥、虫、草花であっても変わらない。そして、季節もまた然りだ。


 太陽がちょうど真上に差し掛かった頃。

 二人は、森を抜けて街に続く街道を歩いていた。

 しばらくすると暑さに根負けしたのか、少し道から外れた木の幹の下で二人は休憩をとっていた。

 黒猫はミヨの隣で丸くなって眠っていた。


「目的地まであとどれくらいなんだ?」

「……地図を見る限りでは、夕暮れ時くらいにはつきそう」

「そっか、なんとか今日中にはつきそうだな」

「……うん」

 二人は地図を広げて、目的地を確認をしていた。

 ミヨは地図が読めないマヒロのために、分かりやすいように説明をした。


「花の街か、楽しみだな」

「……街に行くのは初めてだから、緊張する」

「俺も街に行くのは、多分初めてだな! 緊張もするけど、ワクワクするな!」

「……マヒロらしいね」

「それにしても、あちぃ……」

「……ほんとにね」

 二人は、色のない晴天の空を見上げてため息をついた。



 時を遡ること、昨夜。

 夕飯を食べ終わった後、マヒロは片付けをしていた。

 ミヨは木に寄り掛かり、膝の上に置いた師の残した古ぼけた厚い手記を見ていた。


 傍らには黒猫がおり、毛繕いをしていた。ミヨは地図、数冊の分厚い本、羊皮紙とペンを用意していた。

「……肝心なところがどこを見ても書かれてない。……ああ、言葉足らずなのは手記の中でもなんだ……」

 師が残した手記を慎重に捲り、わからない言葉を本で調べ、羊皮紙に書き込みを加える。そして、首を捻り深く考え込むように唸る。それを何度か繰り返す。

「魔法の効果範囲は……重要なところが字が雑すぎて解読不能……」

 ミヨは深いため息をついて手記を膝に置く。

 そして、過去に自分で書いた羊皮紙の綴り書きの束を捲る。考え込むように唸ると、また手記を捲る。

「……だとすると。……うん、そうするしかないよね。……えっと、地図地図。……今の位置が、ここで……」

 しばらく独り言を呟き、考え込んだり、羊皮紙に書き綴ったあと、地図を大きく広げて手記を見ていた。


「よ、がんばってるな。飲むか?」

 見兼ねて、マヒロが二人分のコップを持ち、ミヨに声をかける。

 ミヨは顔を上げてマヒロを見て、頷いて手渡されたコップを受け取って、口に含む。

 甘酸っぱいが、優しい甘さを含んでいる。適度に冷やしてあるため、飲みやすい。

「……美味しい。……優しい味がする」

「だろ。余ってたレモンと材料で作ったレモネードだぜ。水分と糖分補給にぴったりだと思ってさ」

「……うん、ぴったり。……これ、好き」

「喜んでもらえてよかったぜ。隣、いいか?」

 ミヨの反応を見て、マヒロは嬉しそうに笑った。そして、隣を指差して問うとミヨは、こくりと頷いた。

 ミヨは黒猫を抱き上げて膝に乗せて、マヒロの座る場所を確保した。


「で、ずっと悩んでるみたいだけど、どうしたんだ?」

「……ああ、えっとね。魔法の事を改めて調べてたの」

「シキサイの魔法だよな」

「うん、そう。……私は、師匠の所にいた時は練習のために魔法は使ってはいた。けど、旅を始めてからはマヒロにしかまだ使ってない」

「そう言ってたな」

「……魔法の効果自体は、それで分かった。でも、マヒロ以外にかけたときが、まだ分からない。正直、不確定」

「んー、確かにな。俺は実際に魔法をかけてもらったから知ってるけど、それ以外の場合の例がないもんな」

「そう。だから、効果範囲がどれくらいなのかとか、どうするのが効果的なのかとか、とにかく分からないことだらけなの」

「んー。師匠の手記に書いてないのか?」

「うん。……手記には、私の知りたいことが書かれてはいるはずなんだけど、ぼやけていたり、破けていたり……、あとは読めなかったりして分からなかった」

「……俺なんて全く読めないしな、それ」

「……師匠は達筆だから」

「ま、俺は文字書けねーけどな。とはいえ、んー。人がたくさんいるとこに行ってみないと、何にも試せないよな」

「うん、そうだね。……で、地図を見てどこかないかなって調べてた」

「あー……地図な。俺全く読めないやつ」

「大丈夫、私が分かるから」

「近くに街ありそうなのか?」

 マヒロの問いにミヨは頷いて、地図の1か所を指を差す。

「……ここ」

「サン……ガーデン? だよな?」

 マヒロは文字の読み書きも得意ではないので、少し不安げにミヨに尋ねる。

「うん、合ってる。花の香る街『サンガーデン』、どんなところかは大まかに師匠の手記にあった」


 ミヨは師匠の手記を手に取り、慎重に該当するページを見つけて読み上げる。

「花の香る街『サンガーデン』は花を大切にしており、春夏秋冬、季節ごとに変わる花を愛でる祝祭が行われている。街の中心には大きな花壇があり、季節ごとの花が咲き彩られ大変美しい。名物は季節の花を使ったアイスクリームだ。絶品と言わざるを得ない。是非一度は食べてみてほしいものだ。……って書かれてる」

「へぇ、花か。いいな!」

「うん」

「それにアイスクリームってやつも気になる」

「……うん、今は暑いからなおさら美味しいと思うよ」

「おー! すげーいい感じの街だな!」

「でも今は……色が無いから、この通りではないとはおもうんだけど」

「あー……だよな。でも花壇にキレイに植えられてる花なんて見たことないし、それに祭りも一緒にやってたらもっとサイコーだと思うんだ。行こうぜ、ここ!」

 マヒロは、目を輝かせて弾んだ声で言った。ミヨは頷いて優しそうに微笑んだ。

「……うん、そう言うと思ってた。うん、行こう」

「ところで『是非一度は食べてみてほしい』っておかしくないか? これ手記だよな?」

「……まぁ、そういう師匠だから」

「話には聞いてるけどミヨの師匠ってフシギな人だな」

「うん。かなり、変人」

 ミヨは頷いて、苦笑いを浮かべた。

「よし、明日出発だな! ミヨは早めに寝ろよ! 夜ふかし禁止な!」

 勢い良く立ち上がり、畳み掛けるように言うとビシッとミヨに注意をして準備を始めた。その様子を見て思わずミヨは、笑ってしまった。

 膝の上の黒猫もニャオンと笑うように鳴くと、膝から降りて定位置の寝床に向かって行った。

「私も寝よう」

 周りの物を全てカバンに片付けて、ミヨもすぐに就寝した。


 そして、今。

 二人は花の香る街『サンガーデン』へ向かっている道中だ。


 休憩を終えて二人は街道を歩く。額から汗を滲ませ、時折休憩を挟み、また進むことを繰り返す。

「お! なんか見えるぞ!」

「……街だ。よかった……」

 マヒロが指を差し、ミヨも街が見えたのを確認すると、ホッとしたように息を漏らした。

 空は、もうじき夕暮れに差し掛かる頃になっていた。

「……日が暮れる前になんとか到着できそう。行こう」

「だな!」

 二人の足は、自然とさっきよりも早足になり、表情にも安堵が出ていた。



『師匠、もっと手記を丁寧に書くことは出来なかったのでしょうか?』



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