第13話 失われた命







私とウェレイ侯爵、侯爵夫人、レナリア、専属護衛のマフレア、5人で馬車に乗り、冒険者ギルドに向かっていた。




あの後、私が【神の遣い】であること、帝国にウェレイ侯爵の爵位を用意していること、今後、王国に魔物が押し寄せることなどを説明した。



だが、帝国で説明した時のように神官がいる訳ではないため、【神の遣い】であることも、魔物のことも疑いなく信じてもらうことはできなかった。



だからこそ、帝国から帰国後、辺境伯領で父上と母上にも見せた同じ光景を、現実を見てもらうことにしたのだ。





重苦しい雰囲気の中、馬車で進むこと15分程で冒険者ギルドに到着した。




馬車を降り、私を先頭にして冒険者ギルドに入ると、まだ昼間だというのに冒険者が併設された酒場で酒を飲んでいた。


この場に相応しくない貴族が来たというのに、冒険者は誰一人、こちらを見ない。





「あ、アルネ、だ、大丈夫なの?私、冒険者ギルドなんて初めてなのよ」



「大丈夫だ。何の問題もない」



「マフレア、冒険者が絡んできら妻とレナリアを頼んだぞ」



「はい、命に替えてもお守りします」




妻とレナリアを気遣い、護衛のマフレアに指示を出すウェレイ侯爵。


無駄なことを、と思いながらも口にしない。


現実を見てもらうしかないのだから。







「ようこそ、冒険者ギルドへ。登録でしょうか?ご依頼でしょうか?」



カウンターに来ると、受付嬢の1人が笑顔でそう言ってきた。




「魔物の買取りをお願いしたい」



「買取りですね。畏まりました。こちらで大丈夫ですか?裏の倉庫を利用しますか?」



「数が多いので、裏の倉庫に出したい」



「裏の倉庫ですね。畏まりました」





受付嬢は笑顔のままそう言うと、倉庫まで案内してくれる。


前世でも大型の魔物を仕留めた時は、こうして冒険者ギルドの倉庫に直接卸したものだ。





「では、こちらへどうぞ」



「うむ」





私は【空間収納】から帝国で討伐した1,000匹近い魔物を一気に出した。


広々とした倉庫は、あっという間に魔物で埋め尽くされ、ミチミチっと壁が今にも壊れそうな嫌な音がしている。






「な、な、なんだこれはーーー!!」



「ひぃぃぃぃぃぃ」



「これ、全てが魔物なんですの?」



「皆さま、早く私の後ろへ!!」




ウェレイ侯爵をはじめ、侯爵夫人、レナリア、マフレアが慌てふためく。


そんな中、私以外にもう1人だけ表情を一切、変えない者がいる。






「確かに承りました。ランクSのクイーンヒドラ20匹、クルースメイス47匹、ランクAのシルバーウルフ107匹、キラーモウ55匹、オークキング5匹、ランクBのネビルアント97匹、スネークキラー80匹・・・」





受付嬢は笑顔のまま目の前の魔物と数を読み上げる。


その光景に、先程まで慌ててふためき声を上げていた4人は押し黙り、受付嬢を凝視している。





「以上、全部で907匹となります。それでは、受付カウンターへどうぞ」





私達は黙ったまま受付嬢の後に着いて受付カウンターまで戻った。





「魔物、907匹。合計買取額、2億3,000Gとなります。こちら、白金貨230枚のお渡しです」



「ありがとう」



「この機会に、冒険者登録はいかがですか?」



「いや、結構だ」



「畏まりました。またのお越しをお待ちしております」




受付嬢は最初から最後まで、まったく変わらない笑顔のままそう言った。


そして、白金貨230枚という、とてつもない金額が受付カウンターに積まれても、冒険者は誰1人こちらを見ずに愉快そうに酒を飲んでいる。




「な、何ですの。ここ、おかしくないですか?」



「確かに、妙だ」



「そもそも、高ランクを含む、魔物907匹を見ても動じないことなどあるのか?」



「何だか、少し怖いですわ」




この違和感に異様なものを感じている4人は、無意識に身を寄せ合っている。






「ちょっと、見ててくれ」




私はそう言うと、先程の受付嬢の元に向かう。




「ようこそ、冒険者ギルドへ。登録でしょうか?ご依頼でしょうか?」




つい先程、大口のやり取りをしたことなどなかったかのように受付嬢は始めと同じ台詞を、同じ笑顔のまま言った。





「やっぱり、変だわ。絶対に、おかしい」



「アルネミナ様。これは一体!?」




声を荒げるマフレアに対して、私は1人の冒険者を指差した。

意図が分からないのか、マフレアは首を傾げるが、次の瞬間、憤怒の表情で私を睨み、胸ぐらを掴んで来た。






「貴様!!正気かーーー!!」



マフレアは床に転がる冒険者の首を凝視する。





そう、冒険者を指差した後、私はその冒険者の首を切り落としたのだ。





「どういうつもりだーーー!!」



「ま、マフレア・・・」



「お嬢様、どうか止めないで下さい!!やはりこいつは性根が腐っているのです」



「ち、違うのよ、マフレア・・・、周りを見なさい。そして、冒険者の首を・・・」



「何を言っている・・の、ですか・・・」





レナリアに言われて、マフレアは冷静さを取り戻した。


そこに広がる光景は、ギルド内で首が撥ねられたというのに、何事もなかったように愉快に酒を飲み続ける冒険者と、笑顔でカウンターにいる受付嬢。



そして、切り落とされ、床にあったはずの首は無くなり、切り落とされた冒険者の首が再生し、酒を飲んでいる。






ウェレイ侯爵、侯爵夫人、レナリア、マフレアは、その場に崩れ落ちた。








これが、現実なのだ。






この王国にいた2,000万人の民は、もういない・・・。






生き残っているのは、王族、貴族、それに関わる従者や使用人達のみ。







2,000万人の民は、殺されたのだ。






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