第12話 亡命のお誘い
両親と帝国から王国のサラビア辺境伯邸に戻ってきてから数週間が経過した。
「この荷物はそっちにお願い」
「これは持って行かれるのでしょうか?」
「あら、これを見て。懐かしいわ」
屋敷の中は両親、使用人総出で荷物を整理しており騒然としていた。
なぜ荷物整理をしているかといえば、数週間後に帝国で新たに購入した屋敷に引っ越すためだ。
トラファート皇帝のお陰で今より広い屋敷を安く購入することができ、王都邸に住む使用人達も含めて全員連れて行くことができる。
私達が引っ越しの準備をしていても、領民は動揺することなく、普段と変わらない生活をしていた。
本来ならあり得ない光景だ。
あり得ないからこそ、早々に王国を捨て、帝国に行くことができるのだが・・・。
とはいえ、まだ王国側に亡命を悟られる訳にはいかない。
当分は、私が王国と帝国を行き来する形で対応するつもりだ。
「アルネ、本当に王都まで1人で大丈夫なの?」
「あの国王のことだからな、何か企んでくるやもしれん。気をつけるんだぞ」
「はい。帝国で帰りをお待ち下さい」
そして、私はこれから王都へと向かう。
目的は2つ。
1つは、国王へ謁見し、両親が重い病を患い、療養が必要だと嘘を報告するため。
帝国へ向かう両親は、これから王国の行事に一切参加できないため、あらかじめ了承を得るのだ。
もう1つは、王国で唯一、真っ当な貴族であるウェレイ侯爵に帝国への亡命を提案すること。
ウェレイ侯爵は、私の唯一の令嬢友人であるレナリアの父親だ。
普通なら亡命話など一蹴されるだろうが、父上、母上と同じようにある光景を見せれば問題ないだろう。
「父上、母上、行って参ります」
「気をつけるのよ」
「武運を」
父上と母上へ別れの挨拶を終えると、私はいつものように身体強化魔法の【アップ】を使い、走り続けた。
馬車であれば優に2週間はかかるであろうその距離を、私は2日で走破した。
王都入口の検問所を抜けると、そこには帝都と比較しても見劣りしない綺麗な街並みが広がっていた。
水をふんだんに使用した大きな噴水、広い街道、王都中央には王城が聳え立つ。
行き交う人々も皆、笑顔だ。
「なんと悲しい光景なのだろうか」
そんな笑顔の中を、私は1人、暗い表情で歩く。
ウェレイ侯爵の王都邸前に着くと、門番に手紙を預けた。
手紙の内容は王都に着いたことの報告と、予定通り今日の昼食をサラビア辺境伯の王都邸で行うことが書かれている。
元々、今日訪問することはあらかじめ手紙で伝えており、昼食の約束もしていた。
ならば、直接会って伝えてもいいのだが、私は急いで王都邸に向かい、昼食の準備をしなければならない。
なにせ、王都邸の使用人達は帝国へ向かうため、全員サラビア辺境伯邸に行っており誰もいないのだ。
ウェレイ侯爵の王都邸から我がサラビア辺境伯の王都邸までは歩いて10分程で着いた。
屋敷の中に入ると、人はもちろん誰もいないのだが、旅立つ前にきっちり掃除をしてくれていたため、直ぐにでも人を招くことが可能な状態だった。
私はダイニングにある大テーブルに食器やグラス、ナイフやフォーク等をセッティングしていく。
後は、あらかじめ用意してある料理を【空間収納】から出すだけだ。
カンカンッ
準備が終わる頃、扉に備え付けられた金具を叩く音が響いた。
私が急いで扉を開けると、そこには少し困惑した表情のウェレイ侯爵と侯爵夫人、そしてレナリアの姿があった。
困惑するのも当然だ。
招待した貴族を出迎える際は、使用人を外の入口で待機させ、無駄なく室内に案内するのが通常。
ましてや、訪問知らせるために備え付けられた扉の金具を貴族が使用することなど絶対にない。
「ようこそ。お待ちしておりました」
「「「・・・」」」
私以外誰もいない屋敷の中を見た3人は、見事に固まったまま反応しない。
「さぁ、中へお入り下さい」
「あ、あの、アルネ、これは一体?どうして誰もいないのですか?」
「その理由を話すため、今日、昼食に招待したのだ」
「そう、なのですね・・・」
戸惑う3人を半ば強引にダイニングへ案内し、着席してもらう。
食事を出しても食べてもらえそうな雰囲気ではないため、取り敢えず、紅茶を淹れて差し出した。
紅茶を前にしても3人は部屋の中を見渡し、落ち着きがないため、私はお得意の『苺のタルト』と『苺のミルフィーユ』を用意した。
これで、少なくともレナリアと侯爵夫人は現実に引き戻せるはずだ。
「う、美味い!!」
しかし、予想に反して1番に『苺のタルト』を食べ、そう叫んだのはウェレイ侯爵だった。
「あら、やだわ。本当に美味しいわ」
「あぁ〜、懐かしいわ。お茶会を思い出しますわ」
ウェレイ侯爵に続き、侯爵夫人とレナリアも食べ、蕩けそうな顔をしている。
これで話をできる状態にはなった。
「それで、これは一体どういうことなんだ?」
紅茶とスウィーツを堪能し終えると、ウェレイ侯爵が貴族と呼ぶに相応しい威厳に満ちた表情で聞いてきた。
「はい。私を含め、父上、母上は帝国に亡命します」
「「「 !!!! 」」」
「そして、単刀直入に申します。ウェレイ侯爵にも帝国に亡命していただきたい」
「なっ!?」
ウェレイ侯爵はその場に立ち上がり、怒りを宿した目で私を睨んできた。
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