第6話 便り






お茶会が無事に終了してから数週間、あれからレナリアとは手紙のやり取りを行い、更に親睦を深めていた。



『漫画』で描かれていた通り、レナリアのひととなりは良く、ウェレイ侯爵領の評判自体もとても高い。


だからこそ、和解ができ、良き友人となれたことを心から嬉しく思っていた。






「レナリア様からの文ですか?」




手紙を読む私の横から、ララーナが微笑みながら話し掛けてくる。






「ああ、レナリアからだ。最近は、王立高等学院の入学準備で忙しくしているそうだ」



「あと、1年を切りましたからね」



「そんな前から準備する必要があるとは、本当に大変そうだな」 



「??アルネ様もですよ??」



「ん??」





高等学院は、入学試験を合格した13歳から15歳までの者が通うのだが、私は受験していない。


そういえば、『漫画』の中で高等学院での出来事が書かれていた気がする・・・。






「ララーナ、私は受験したのか?」



「は、はい。1ヶ月程前に・・・」




1ヶ月前ということは、ちょうど私が転生した時期だが、その前に昔の私が受験をしていたということなのだろう。



昔の私、余分なことを・・・。




因みにだが、昔の私、『漫画』の中では名前すらなかった人物は、婚約破棄された後、何者かに殺害される運命だった。


神のマリーは未来で起こることをその人物に伝え、殺される運命を変えるためには魂を別の世界の者へ移さないといけないと説明。



話に乗った元私は別の世界に行き、空になった器に私が転生した。






「アルネ様?どうされました?話し掛けているのにずっと上の空でしたよ」



「すまない。少し昔を思い出していてな。それで、何の話だったかな?入学の件か?」



「入学の話は終わりました。先程話しかけていたのは、旦那様と奥様のことです。あまりにも帰りが遅すぎます」



「そうだな・・・」






帰りが遅い・・・


それは、日が暮れているのにまだ帰らない、そういうことではない。



端的に話せば、両親とはこの世界に転生した日に一度しか会っていない。

なぜなら、その日、両親は隣国であるベレングエル帝国に向かったからである。



工程は約1ヶ月であり、予定では既に帰着している頃なのだ。






「アルネ様!!大変です!!」




考え込んでいると、執事のアルバロがノックもせずに部屋に入ってきた。


普段冷静なアルバロからは考えられないその行動に、胸が騒めいた。





「たった今、旦那様からの文を携え、早馬が到着しました!!」



「そうか。分かった。文を読む前に早馬で戻った従者と話をしたい」



「そ、それが・・・、辛うじて息はあるものの、もう長くないかと・・・」



「生きているのだな。その者の所まで案内を頼む」



「か、畏まりました」





アルバロの後に付いて行くと、そこは部屋ではなく、玄関だった。

玄関先には血だらけになった従者が1人うつ伏せに倒れ、周りには狼狽えたメイド達がいる。


私は素早く倒れている従者に近寄ると、医療的には御法度なのかもしれないが、うつ伏せの状態から仰向けに体勢を変えた。



顔は真っ青で腹には大きな噛み傷があり、右腕も失っていた。



この状況では普通、助からない。

だがら部屋に運ぶことも、正確には部屋に運ぼうと動かすことで死期が早まるため、玄関で倒れたままだったのだろう。






「うぅぅ、あなた・・・、いやよ、死なないで!!」




他の者達に抑えられているメイドが1人、従者に向かって泣き叫んでいる。


メイドの名はアン。

明るく素朴で、親しみやすいメイドだ。


私が謝罪後、真っ先に気さくに話してくれるようになった使用人の1人。





「ここにいるすべて者達に告ぐ!!これから起こることをは他言無用だ。分かったな!!」



周りにいる者は、私の剣幕に圧されるがまま、首を縦に激しく振る。





「アン、私を信じろ、いいな!?」



「うぅぅぇ、ぐすん・・・は、はい」




アンは泣きながらも真っ直ぐに私を見つめ、しっかりと返事をした。





「さあ、魔法よ。お前の本質は人を助ける為のものだろう。今、それを見せろ」





私は身体中に魔力を巡らせると、両手に集め出す。

これまでに使用したことのない魔力量に両親からはバチバチと火花が散る。


火花を治めるように魔力を制御すると、従者の男に触れて一気に解放した。






【グラン・ヒール】






私が唱えると、魔力を帯びた光が従者の男を包み込み、腹の傷が塞がり、失われた右腕が再生されていく。



光が治ると、従者の男がゆっくりと目を開けた。






「あ、あなたーーー!!」




アンは男の胸に抱きつくと、周りを気にすることなく声を上げて泣いた。





「あ、アン・・・。どうして?俺は、俺は生きてるのか?」



「どうだ?痛みは残ってないか?」



「へ?え?アルネミナ様!!こ、これは、こんな姿で申し訳ありません」




男はふらつきながら体を起こすと、その場で土下座をしてくる。


そういえば、私が謝罪した日、帝国に行く準備があるからと、辺境伯領の騎士達は参加していなかったのだな。



大怪我をしながらも文を届けてくれた者が、自分に怯えて土下座をしている光景に戸惑っていると、アンまでが男の隣で土下座を始めた。





「アルネ様。夫の命を助けていただき、ありがとうございました。この御恩は忘れません。治療費も必ず払いますので」



「アン、どういうことだ!!アルネミナ様が俺を助けてくれたのか!?あれ、う、腕もあるじゃないか!!」




アンと男はしばし2人で今の状況整理をすると、話を理解した男の顔が真っ青になり、額を床につけながら再度土下座をした。





「あ、ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます。治療費は、奴隷でもなんでもします。だから、アンはこのままで、奴隷落ちはご容赦下さい」



「いいえ、私も奴隷落ちしてでも恩に報います」




私は軽く息を吐くと、2人の前で片膝を着き、懐から小さな布袋を取り出し、土下座している男の手に握らせた。




「アンの夫、名前は?」



「あ、アレンです」



「そうか。では、アレン。礼を言うのは私のほうだ。危険を顧みず、見事任務を果たしてくれたこと、心から感謝する」



「あ、有り難き、お言葉!!」




私は微笑みながら2人の肩に手を置くと、その場に立たせて改めて礼を言った。




「その袋の中身は、私からの感謝の気持ちだ。受け取ってくれ。後は、しっかりと休め」




それだけ言うと、振り返らずに文を手に私室に戻った。






「「えぇぇぇぇぇーーーーーー!!」」




私室に戻ると、袋の中身を確認した2人の叫び声が屋敷中に響いた。




袋の中身は、大金貨10枚。

平民の10年分の金額だ。




原資はもちろん、魔物討伐で稼いだお金だ。




あの2人が恨まれないよう、他の使用人達にも後で少しだけボーナスとして渡しておかねばな。





一呼吸置いてから、私は文を読み始めた。






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