第5話 侯爵令嬢









▷▷▷▷レナリア◁◁◁◁








私は、レナリア・ドゥーエ・ウェレイ。


ライアスノード王国、ウェレイの街を治める侯爵家の1人娘。






「はぁ・・・」




馬車に乗り続けて約2週間、辺境のサラビアの街が近づくにつれ、溜息を吐く回数が増えていた。





「お茶会が、そんなに憂鬱ですか?」



「とっても、憂鬱よ」




マフレアの問い掛けに対し、私は素直に答える。


幼い頃から専属護衛として仕えてくれているマフレアとは気心がしれた中であり、貴族令嬢の肩書を取って話すことができる希少な存在だ。





「何かあれば、必ず私がお守りします」



「流石に、命までは取られないでしょうけどね。はぁ、魔物に襲われて引き返せれば、なんていけないことを考えてしまうわ」



「魔物といえば、辺境は魔の森に面しており、最近、街道でも被害が出ていると聞いてましたが・・・」



「1匹もでてないわね・・・」





辺境では魔物被害が頻発していると知らせがあったため、今回のお茶会には護衛騎士30人を引き連れて来たのだが、辺境伯領に入って数日、未だ魔物に遭遇していない。





「良いことなんでしょうけど、かえって不気味ね」



「そうですね。私も騎士の五感がこの先にとんでもない存在がいると告げています」



「えっ、、、魔物?」



「魔物では、ないかと・・・」





マフレアは呟くように言うと、窓の外を見つめた。


マフレアは侯爵領の護衛騎士団長であり、引き連れている30人の騎士より当然強者だ。


そんなマフレアが懸念するほどの存在。

悪徳令嬢の相手で手一杯なのに、正直、勘弁してもらいたい。







心配を他所に、魔物や謎の強者に遭遇することもなく、無事、辺境伯邸に辿り着いた。




辿り着いたのだが、どうやら道を間違えた?らしい。




辺境伯邸の前で、数十名のメイド達が左右に並び、その中央には見知った顔がいたのだが、私を見るや否や、頭を下げたのだ。





「も、申し訳ありませんわ。どうやら、場所を間違えてしまったようで、直ぐにお暇しますので・・・」



「レナリア侯爵令嬢様。ようこそおいで下さいました。場所は間違えておりませんので、どうぞご安心くださいませ」



「そ、そうでしたか・・・」




メイド服を着た1人の女性が近づいて来てそう言うと、頭を下げている人物の前まで誘導し始める。





「レナリア様。これまでのご無礼、誠に申し訳なかった。今日は、今までのお詫びに丹精込めてお茶会の準備をした。是非、楽しんでいってくれ」



「は、はぁ・・、い、いいえ。あの、頭を上げて下さいまし。わ、私も、お茶会を楽しみにしてましたので」




目の前で起きていることが現実なのかどうかも分からず、動揺を隠しきれない。


もしかすると、来る道中で実際は魔物に襲われ、命を落としていたのではないか?

そして、これは幻影ではないのだろうか?





混乱する頭を素早く左右に振ると、後ろに控えているはずのマフレアを見た。


すると、マフレアは馬車を降りた場所から一歩も動いておらず、直立不動のまま瞬きもしていない。



これまで完璧に護衛をこなしてきた彼女に何かあったのではないか?心配になった私は、直ぐに駆け寄った。





「マフレア、どうしたの?マフレア!!ちょっと、しっかりなさい!!」



「はっ、わ、私は何を・・・、そうだ!!レナリア様、直ぐに避難を!!あの中央にいる人物、只者ではありません。騎士隊全員でかかっても勝てそうにありません」



「落ち着きなさい。よく見て、あの方は辺境伯令嬢のアルネミナ様よ」



「あ、アルネミナ様・・・、お茶会の相手の・・・。た、確かに、近づいてきて顔がはっきりと見えました」




私とマフレアが話していると、アルネミナ様はこちらに歩いて近寄り、笑顔でお茶会の会場に案内すると言ってきた。




警戒しながら付いて行くと、会場は辺境伯邸の中庭に設けられており、色とりどりの花が咲き乱れ、綺麗な緑の芝生の上に白いクロスが張られたテーブルが幾つも並べられている。


少し離れた料理台には、見たこともない宝石の様な食べ物と、一口サイズの軽食が何種類も綺麗に置かれていた。





「す、素敵・・・」



「ありがとう。よければ、席に座る前に料理台に行かないか?好みのものを選んでもらいたい」



「は、はい」





アルネミナと共に料理台の前に移動すると、遠目で見ていた時よりも更に料理が宝石のように光り輝いていた。




「こ、この赤いのは、フルーツの苺でしょうか?」



「そうです。これが苺のタルトと、隣にあるのが苺のミルフィーユ。きっと、気に入ってくれると思う」



「え、ええ。見た目からその美味しさが伝わってきますもの」



「それはよかった」




アルネミナは同性から見てもときめいてしまいそうな美しい笑顔をすると、苺のタルトと苺のミルフィーユ、他にも私が見つめていた食べ物をお茶会で使われる3段のスタンドに綺麗に並べて行く。



それから着席すると、メイドが紅茶を淹れてくれ、一口飲んで口を湿らせてから苺のタルトを食べた。





「は、はぁ!?な、何、この美味しさは!!信じられないわ!!」



私は無意識のうちにそう叫ぶと、その場に立っていた。




「ふふふ。そこまで喜んでもらえたなら、作った甲斐があるよ」



「は!!も、申し訳ありません。私ったらはしたない」



「いや、むしろ今のように砕けてくれた方が有難い。どうも令嬢口調は向いてなくてな。それに、砕けた方が仲良くなるのも早いだろう」



「あ、ありがとうございます。いいえ、ありがとう」





どうしたのだろうか。

これが、あの辛い目に合わされ続けた相手、アルネミナなのか?


どこか口調も変わっているし、自ら料理を取り分けるという配慮も今までにない行動。





しかし、そんなことがどうでいいほどに気になった言葉がある・・・。





「あ、あのアルネミナ様。先程、作った甲斐があると言ってませんでした?」



「アルネでいい。それと、ここにあるデザートを含めた料理は全て私が作った。レナリアのために・・・」



「わ、私のために・・・」




あまりのイケメンぶりに、私は自分の頬が熱くなるのが分かった。

この宝石の様な料理を自分のために作ったと言われてときめかない女はいるのだろうか。





「気に入ってくれた?」



「は、はい!!とても美味しいですわ。見事に胃袋を掴まれました」



「ふふふ、よかったよ」





それから料理を食べながらお互いのことを話し、来る前の憂鬱さが嘘のように楽しい時間を過ごすことができた。



数日滞在している間も胃袋を掴まされ続け、初めは警戒していたマフレアもすっかり懐柔されていた。



驚いたのは、騎士団長のマフレアだけではなく、引き連れてきた騎士30名と侍女にもアルネ自ら料理を振る舞い、これまでの行いを謝罪していたことだ。





謝罪も何かしらの裏があるのではないかと警戒していたが、杞憂のまま終わった。





文通の約束と、再会を誓って今回のお茶会は最高の形で終了した。






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