どうしようもなく春なんだ

 猫の視点で描かれる病院での一年間のお話。視点は猫ですが、主人公は男としてよいでしょう。男は戦地から負傷によって帰還した兵士です。そして戦場において片足を失い、そのリハビリ及び戦争が終わって社会に戻るまでの様子が一年間に描かれていました。
 特筆すべきは、このお話が猫の視点で描かれていることでしょう。そのことが作品の雰囲気を春にとても結び付けていると思います。
 戦争の話です。現在、ウクライナにおいて戦争が起こっており、その悲惨なニュースを日々見ている私たちです。それはどうしようもなくリアルであり、また……。すみません、今起きている戦争の話をするには私には考えが足りていませんので差し控えさせていただきます。
 高村さんもこの小説を書いているとき、ウクライナ戦争のことを思わないことは無かったと思います。意識せざるを得なかった、あるいは念頭において書かれたかと思います。
 ですが、重要なのは、この小説の中には、戦争に関わる怒りや憎しみ、悲しみといった、悲痛な感情は遠ざけられて書かれています。なぜなら、猫の視点だからです。このお話を戦争によって傷ついた兵士や子ども、そしてそれを受け入れている病院の話としてだけ読むと、圧倒的なリアルの悲惨な映像を見せつけられた私たちは、どこか希薄な薄情な印象を受けるかもしれません。しかし実際は、猫の視点、いわば人を超した自然的な目線から見るため、希薄といった印象は無かったと思います。
 猫の視点で綴られたために、戦争の持つ黒さは遠ざけて描くことができ、そして印象は春に集約されていった、と私は読みます。戦争が終わった、という春です。芽吹きの春、復活の春、再起の春、様々な受け取られ方があるかと思います。しかし、戦争が終わったからといって、何事も無かったかのように元に戻ることは決してありません。男は片足を失い、子どもは死んでしまいます。
 それでも人は歩んでいくんです。この物語は春に希望を託したお話だと思います。人は傷みを抱えながらそれを共有することで癒し癒され歩んでゆく。
 そんな勇気づけられるお話でした。

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