魔王軍を討った老英雄、残党に筋肉痛の隙を狙われる。

魚田羊/海鮮焼きそば

英雄、筋肉痛を好まない

 人々が用いる魔法の残滓より生まれる魔法生物――魔族。

 本能の赴くまま、人類と関わりなく生きていたそれらをまとめ上げ、世界の支配をもくろんだ突然変異の超越存在――魔王。

 それら魔王軍の大侵攻に対し、圧倒的なカリスマと武技をもって立ち向かった、人類の英雄がいる。彼の名を、カレイノ・セイデ。魔王の討伐、ひいては魔王軍の撃破に大きく貢献したセイデであったが。

 魔王軍と人類の戦争が終結した三日後――


『これしきの痛みで臥せっていては英雄の名が廃る――あがっ!!! いててててて!!!』

『はいはい。おとなしくベッドで寝ててくださいねー』


 カレイノ・セイデ、七十五歳。

 彼を襲ったのは、激しい運動の代償――そう、筋肉痛であった!


 帝国郊外に広がる田園地帯。

 帝国軍の最高戦力が住む場所にしては、あまりにもこじんまりとした一軒家。この家に仕えるたった一人の使用人が、女中メイドのマトモである。

 筋骨隆々とした身体を気合で跳ね上げ、痛みで寝台にぶっ倒れる。そんなダイナミック上体起こしを繰り返すセイデを、女中はあっさりとかわすのだった。十六歳おとなになったばかりとは思えない泰然自若っぷりである。

 だが――


「英雄も全身筋肉痛では形無し! その命、魔王軍ただ一人の生き残りである拙者が頂戴する!」


 窓を豪快に突き破り、セイデの居室へ不法侵入をかます者が!


「魔王様に仕えし二百名の幹部、その二百番目。我の名はそう、サイジャクゥ・ノ・ボースなり! 覇ァ!」


 岩石でできた巨大な翼を持つ、二足歩行の鳥人。高らかに名乗りを上げ、飛行の勢いでくちばしから突っ込んでいく……が。


「な、何事じゃ――あががっ!」


 セイデのダイナミック上体起こしが奇跡的なフェイントになり、直後のダイナミック寝台倒れ込みで回避! 奇跡の生還を遂げたセイデの上を、ノ・ボースは音速で通り抜ける。

 轟音。哀れな魔族はそのまま部屋の床へ突っ込んだ。


「ひ、卑怯者! それになぜわしが筋肉痛と知っとる」

「ハァッ、ハアッ……斥候としてそなたを観察していたのだ……そなたが一日中戦いに明け暮れ、深夜に就寝した場合、およそ七十三時間後に筋肉痛が始まる。ぐふ、違うか……?」

「合っとるが気持ち悪いぞ!?」


 年甲斐もなく叫ぶセイデであったが、これでも英雄。 

 敵が見せた隙を逃しはしないと、寝台に立てかけていた彼の愛剣に手を伸ばす。鞘から引き抜こうとして、


「あがががががっ! 重っ!」


 長身のセイデの腹あたりまである刃渡り。そんな長大な剣は、当然のごとく重い。彼の上腕三頭筋がぐいと伸ばされ、尋常ではない悲鳴を挙げるが。


「ふぬぬぬぬぬ、ふんッ!!!」

 

 傷んだ筋繊維に抗い、セイデは剣身を取り出す。

 しかし、重量のある剣を勢いよく引き抜けば、尋常ではない遠心力がかかる。ましてや全身筋肉痛で、まともに身体を動かせるわけもない。


「うおっ!」


 セイデは身体を剣にもっていかれる形で盛大にずっこけ、振り回された剣身はうっかり燭台を巻き込んだ。

 真っ二つになった燭台が部屋の向こうへ飛んでいく!

 マトモはその光景を頭を抱えながら見つめる。

 

 そして部屋には、二名の成人男性が突っ伏していた。


「うぐ、ワシの筋肉が敵になっとる……あ痛ッ」


 そもそも全身筋肉痛の身で長大な剣を振り回そうとすること自体無理筋というか、やめておいたほうがいい。

 

「ところで、サイジャクと言ったか……」

「サイジャクではない! サイジャク"ゥ"だ……それとノ・ボースのほうで呼んでくれ……グハァ」


 お互い息も絶え絶えである。


「すまぬ、悪かった。それで、魔王軍唯一の生き残りとな? ひとつ訊きたいことがあるのだが……」

「なんだ、魔王様の情報なら死んでも漏らさぬ」

「魔王に仕えし二百名の幹部、その二百番目ということは……お主、末端も末端で大した任務に就いていなかったから生き残っただけではないか?」

「きゅ、急に何を言い出す! 図星じゃーーーーーーぃ!!」


 墜落の痛みも忘れて、ノ・ボースは立ち上がる。


「苦節十年、ようやく幹部にしてもらえたはいいものの、いっつもいっつも雑用と斥候ばかりで……って言わせるな! 成敗!」

「あなた悪側でしょ……」


 マトモのツッコミは宙に消えていった。


 すぐにノ・ボースの痛みがぶり返し、あがあがしている間に、セイデも立ち上がる。


「ワシの家をこれ以上傷つけるわけにはいかん。庭で勝負をつけようではないか」

「その提案、呑もう」


 庭に移動し、対峙する。ノ・ボースはその分厚い翼を目一杯広げ、セイデは緑色の液体でまみれた短剣ダガーを手にした。


「待て」

「何だ、ノ・ボースとやら」

「その短剣は何だ」

「ただの毒を塗った短剣だが。この身体状態なんでな、軽い得物のほうがよかろうて」

「普通そんなボタボタ垂れるような塗り方せんだろう!? 見てみろ、垂れたそばから!」


 垂れた液体が地面に触れたとたん、ジュウジュウ音を立てて芝が枯れる。

 英雄によるさりげない自然への冒涜が繰り広げられている中、当のセイデはあくまでも自然体であった。


「心配ないわ。そこの女中がどうにかしてくれる」

「そんな言い方しないで、ちゃんと感謝してください。魔法で浄化キレイキレイするの大変なんですからね」

「うむ、いつもありがとうな」

「んっ……今回は許してあげます」

「空気が甘いのだが……さっさとけりをつけようぞ、英雄よ。あと卑怯だぞ!」

「ご主人様の筋肉痛につけこんで襲ってきたやつが言うな」


 ばさり、と翼を翻し、魔族は天高く飛び上がる。地上からでは豆粒ほどにしか見えない高さ。しかし、距離が詰まるのは一瞬。ノ・ボースは音もなく滑空し、きりもみ回転で突っ込んできた!

 先ほどと同じ戦法。しかし、末端とはいえ魔王軍の幹部である。同じ轍を踏みはしない。

 回避されても地面に突っ込まない程度の角度と速度。そうすれば敵に回避する隙を与える――が。この状態で英雄がどの方向に回避するか、この魔族には手に取るようにわかる。

 セイデの上体が前のめりになり、膝がぐっと曲げられる。前への回避だ! あえて相手が飛んでくる方向へ突っ込むように避けることで、お互いの距離をとろうとしているのだ。

 ならば、セイデが予測しているであろう着弾地点よりも、少し手前!

 ノ・ボースは今までより少し、角度をつけて降下する!


「さらば英雄――ぐあヒィッ!?」


 しかし、ノ・ボースの突撃が英雄に当たることはなく。


「痛たたたたッ!! 動けもせんのか、わしは……」


 ノ・ボースの突撃に対し、筋肉痛で一歩も動けない英雄の姿だけがあった。


「そ、なた……拙者が最初からまっすぐ突っ込んでいればよかったというのか……」

「かもしれぬな。お主は少しばかり考えすぎた」

「ああ……ただ、拙者は負けん! その身体では、毒の短刀を振るうことも叶わ、グフッ……だろう」

「そうであろうな。ただ……そなたは一つ、忘れておらぬか? この毒がすでに、地を蝕んでいるということを」

「――なっ!? まさか最初から、これを」

「そなたの命はここで終いだ。ちなみにだが、鍛えた筋肉のおかげで、わしの身体に毒は効かん」

「ひ、卑怯者ーッ! そなたの筋肉は敵か味方かどっちなんじゃ――ぐは、」


 こうして魔王軍は真に滅びた。

 しかし、全身筋肉痛で老体に鞭打ったセイデは以降身体を悪くすることとなる。これをきっかけに戦いから身を引いたものの、ほどなくして天へと旅立った。それはそう。無理すんなじいさん。

 ただし、


「私があなたの杖になります」


 英雄が没するまでの間、そばには常に、孫ほども歳の離れた女中の姿があったという。

 めでたしめでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王軍を討った老英雄、残党に筋肉痛の隙を狙われる。 魚田羊/海鮮焼きそば @tabun_menrui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ