ふくらはぎの筋肉

岩田へいきち

ふくらはぎの筋肉

「わあ、筋肉隆々、凄い」


「凄いね」


「すっご〜い」


「おっも〜い。さぁ、いくわよ」


「「「「  1、2、3 」」」」


「兄ちゃん、俺たち褒められてるみたいだよ」


「毎日せっせと働いてきて良かったな、筋二郎」


「うん、筋一郎兄さんの言うことを聞いて頑張ってきて良かった。こっちの可愛い姉さんなんか、ぼくを触って頬を赤らめてたよ。嬉しそうにしてた」


「4人とも可愛かったな。こんなか細い手でこのヒロトの身体を持ち上げるんだから看護師さんたち凄いな」


「凄い」 「凄い」


「お前たちもそう思うんだな、筋三郎に筋四郎。ヒロトが入院するのって初めてだよな?」


「なんか可愛い看護師さんがたくさん居てドキドキするね。ヒロトは、もっと早くに来てたら良かったのに」


「おお、筋五郎もそう思うか。俺もそう思ったよ。もっと気楽にこんなお姉さんたちと遊んでいたら、ヒロトも倒れずに済んだかも知らないな?」


「ここ2、3年ヒロト、朝も夜もずっと働きっぱなしだったもんね。まったく俺たちのことも考えて欲しかったよ。俺たちも全然休めなかったから身体伸びきって、もう元に戻らない感じだよ」


「まあ、まあ、そう言うなよ、筋六。1人だけ郎が付いてない筋六よ。なんでお前だけ郎が付いてないんだろうな? もう父さんも母さんも居ないから確かめようがないけどな」


「語呂が悪かったからじゃない?」


「そうか、そうかもしれんな、筋七郎。お前もギリギリな感じするけどな」


「筋一郎兄さん、それは、言い過ぎだよ。筋七郎、ずっと悩んでるんだから。筋七の方が幸せだったんじやないかって」

「筋八郎、その点、お前は、完璧だな。誰も勝てない気がする。なっ、筋九郎も筋十郎もそう思うだろ?」


「ちぇっ、俺たちは、ついでかよ?」


「そう言うなよ。俺たちは、父さんも母さんも居ないし、兄弟は、この10人だけだ。この先、増えたりしない。この10人、一人ひとりが成長し、太くなって協力していくしかないんだ。誰ひとり欠けてもダメなんだよ。俺たち筋郎一家は、代々、第二の心臓とも言われるふくらはぎの筋肉、左足の下腿三頭筋の仕事を担ってきた。俺たちが仕事を出来なくなったらヒロトの身体もたちまち壊れていくだろう。こんな大事な仕事をしているのに、俺たちは、上層部の指示がいちいちなければ動く事が出来ない。指示に従って、それぞれが縮んだり伸びたりするんだ。たまに、筋六みたいに自分勝手な動きをする奴もいるけどな」


「そんなぁ、筋六兄さんは、ちょっと、可愛い女の子に弱いだけなんだ。それぐらいは許してあげようよ」


「筋七郎……」


「まあ、それぐらいは良いけど、あまり強く縮んだりしたらヒロトが女の子の前で転んだりすることになるからな。人間の世界では、それを『不随意運動』と呼んでいるらしい。上層部の思う通り伸び縮みする事が『随意運動』な。上層部の言うことを聞いていれば間違いない」


「それが兄さん、ヒロトが倒れてからなんかおかしいんだ。上層部の指示が来てない。これじゃ、俺たちどうしたらいいか分からないよ」


「筋四郎、まだヒロトが意識を無くしているからかも知れない。血圧を極限まで下げられてるからな。しようがない、俺たちも今のうちに休んでおこう。考えるのはそれからだ」



◇◇◆◇



「たいへんだ、筋一郎兄さん」


「どうしたんだ、筋三郎」


「もうヒロトの手術、とっくに終わってそろそろ目覚めてるはずなんだけど、全然上層部からの指示が来ないんだよ。兄さんにも来てないだろう? みんなにも来てないから誰も動けてないよ。筋六だけは、さっき、華麗な看護師さんが来た時、自分だけ縮んでたけど。あれはあいつが勝手にやってただけだ」


「そうか、やっぱりそうだったのか。救急車で運ばれる前に、指令が届かなくなっていたから、もしやとは思っていたけど。きっと、ヒロトの脳の血管が破裂したんだ。そして漏れ出した血液が脳の細胞を破壊した。運動野の通信網を破壊したに違いない。破壊された脳は、普通、再生しないからな。へたすりゃ、ヒロト、一生車椅子生活になって、俺たちの仕事が激減して食料も与られなくなるからしまいには痩せ細って無くなってしまう」


「ご飯もまともに食べれなくて、痩せ細って一生過ごすなんていやだよ、兄さん。なんとかならないの?」


「筋七郎、そうだな。指令は、届かなくなってるし、それが治ることはないだろうけど、脳の力は、そんな単純なものではない。きっと新たな通信手段を開拓して、何らかの信号をぼくらに伝えてくるはずだ。信号は、弱いかもしれないけどぼくらがそれを感知して、ぼくらからも信号を上層部へ送れたらいいな。そうする事できっと通信網は、また太くなって、スムーズに伝わるようになる。また上層部の言いなりになる嫌な生活になるかもしれないけどな」


「その新しい通信網を作るためにあの可愛い作業療法士さんや理学療法士さんがリハビリしてくれているんだね?」


「おお、さすが分かってるな、末っ子の筋十郎。男の先生もいるけどな」


「ああ、筋六兄さんが可愛い先生に反応してまた勝手な動きしてる」


「まあまあ、許してやれよ、筋九郎。あいつのあの身勝手な行動は、ひょっとしたらぼくら全員を救うかもしれないんだ。ぼくらも届くか届かないか分からない、正しいかどうかも分からない上層部の声だけで生きてちゃダメだ。最近、そんな気もしてきた」


「筋二郎兄さんもそんなことを考えてたんだね?」


「ああ、そうだよ。みんなもそうだよな? 筋四郎」


「そうさ、さあ、筋六に続こうぜ。みんなで動きだそう。そうれ」



◇◇◆◇◇◇◆◇◇



 かくして、筋郎兄弟の頑張りによりリハビリを続けたヒロトは、車椅子を無事、卒業し、自分で立つことだけでなく、杖なしでも歩けるようになって、3ヶ月半の休養の後、仕事に復帰。


上層部の悪口をブツブツ言いながらも以前のように、いや以前のようにやると筋郎兄弟から文句が出るからほどほどに仕事を続けている。



終わり


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ふくらはぎの筋肉 岩田へいきち @iwatahei

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