第7話 雷電国家 武蔵ノ国編 温泉

16時ちょうど。エリルは道後温泉へ到着し受付にお金を払い、温泉に入るために脱衣所に入った。脱衣所では短いタオルを持ったまま温泉へと入っていく人たちが降り、エリルは初めての温泉だったので、その人達の真似をして服を脱いでロッカーに入れた後、短いタオルを脱衣所の受付の人からもらい胸元に手をおいて温泉に入っていった。


「うわぁ―――!」


エイルが温泉に入ると彼女は声を出して感激した。湯けむりの向こうに見えるのは和を感じるような温泉であった。木で出来た広い風呂があったり岩で作られた風呂、 そして全身が浸かるほど深い温泉などもあり浴場はとても広かった。


エリルはウキウキしながら見ていると目の前にかけ湯があり、そのかけ湯の上には「お風呂に入る前に体を洗いましょう」と書かれていた。エリルはそれを見るとかけ湯で汗でベタベタになった体を洗い流した。温かい湯が彼女の体を肩から足元まで上から流れていった。その後エリルは浴場から最も近くにあった、湯船に向かった。それは木で作られた湯船であり長年の年月を感じるものであった。


木の良い匂いと共にエリルは足から湯船に入りはじめゆっくりと肩まで浸かった。


「ふぅ―――」


彼女は脱力し体を湯に任せると浮力の影響で体が少し浮き、エリルは子供のようにキャッキャと笑っていた。その時、エリルの後ろから若い女性が近づきエリルが湯船に沈めていたタオルを取ると、湯船の外で絞った後軽く折りたたんだ後、ポカンと上の空であったエリルの頭の上に優しくポンっと置いた。     


「温泉で、タオルはこんな風に使うのよ。湯船に沈めちゃだめよ」


エリルは少し恥ずかしくなり、小さな声で「ハイ」と片言になりながら答えた。それは無理もなく、エリルの居た階級でこんなに美しい女性は見たことが無かったのだから。


「あなたこの国では見ない顔つきと髪色だけど、どこから来たの?」


その女性はそう言いながら、エリルの横に座り頭の上にタオルを乗っけて、肩までゆっくりと浸った。しかし、エリルはタクシーでの一件もあり、自分の国のことを簡単に話してしまっていいのかわからなくなり口ごもってしまった。その様子を見た女性は「まあ、いいわ。自分の国を言いたくない場合もあるわよね」と言った。


「私は上条 文。よろしくね。あなたは?」


そう聞かれるとエリルは少し慌てた様子で答えた。


「は、はい! エリル。エリル・カウントです」


「エリル。いい名前ね。よろしくね」


「よろしくお願いします」


「ふふ、かしこまらなくていいわ。そうね、親しみを込めてファーストネームで呼び合いましょう。ね、エリル」 


女性はそう言うと、エリルに近づきエリルの頭から落ちそうになっているタオルをもとに戻した。


ゆっくりと湯船に浸かること数分。上条はエリルに「さて、私は体を洗いに行くわ。あなたも来る?」といった。エリルは「はい。上条さん」と言った。


「上条じゃなくて、文よ。ファーストネームで呼び合う約束でしょう」と少し調子に乗るように言った。


エリルはゆっくりと湯船から上がり洗い場まで来て、体を洗おうとしたが初めて見る機械ばかりで何をどうすれば何が起こるのかわからなかった。


完全に困惑している様子のエリルを見かねた上条は、エリルの後ろの椅子をずらし、「使い方がわからないの? じゃあ私が洗ってあげるわ」と言った。


上条はタオルに石鹸を入れゴシゴシと泡立てた後、エリルの背中から洗い始め用としたとき、今さっきまで湯気でよく見えなかったエリルの背中が見え、その姿は痣が多数あった。上条はその姿を見るとタオルを桶の中に入れると、手でシャンプーを取り、背中を洗い始めた。

 エリルは少し不思議に思い上条に訪ねた。


「タオルは使わないのですね」


上条は少し言葉が詰まったがその後、「えぇ」と優しく言った。上条はエリルの体をよく見てみると、背中以外にも腕、太もも、肩、脚など、全身にあざがあった。エリルの華奢な体に刻まれたように色が黒くなっていた。上条はあざが痛まないように、あざ周辺を洗う際はゆっくり、赤子を撫でるかのように優しく洗った。体を隅々まで洗うとお湯を優しくかけて、泡をすべて流した。その後、エリルノ髪も洗い、自分も洗った後、少しの間だけ、湯船に浸かった。


「ふぅー そろそろ私は出るけど、あなたはどうする?」


上条はエリルに問うと「あ、じゃあ私も」と言い、一緒に風呂を後にした。エリルと上条は服に着替えた後、入り口で合流し、温泉内にあった、休憩室及び食堂に行った。

 食堂の席に着くと、上条はお茶を2つ注文死「奢りよ」とエリルに言った。エリルは慌てて「自分で払います」といったが、「私から誘ったのよ。おごるのは当たり前じゃない」と言うと、エリルは「そういうものですか」と呟いた。


エリルは浴場で、自分がローレン国出身ということを言わないでいたことが尾を引いていた。言うべきか否か。タクシーの運転手は運良く深入りされなかったため、良かったもの。自分がローレン国出身であることを告発するのはリスクが高すぎる。雷電国家の人がローレン国に反感を持っているのは知っているが、その民に対する感情はわからない。そして、ローレン国の人間が今、この近くに居ないとも限らない。いろいろと考えを巡らせていて少し気が重くなったエリルの様子を上条は察したのか、「悩み事?」と聞くとエリルは最初は動揺したがすぐに冷静さを取り戻した後、決意を固めて小さな声で上条に言った。


「あの、私。ローレン国、労働階級出身なのです」


上条はこのことを聞くと、慌てたり動揺したり驚いたりする様子を全く見せず、笑顔で「そう。話してくれてありがとね」と優しく言った。


エリルは想像していた反応とは異なりキョトンとしていると、「ふふふ、こう見えても私、仕事柄いろんな国の人と会うの。少ないけどあなたの国の人とも何度か会話したことあるわ」


「あなたのお仕事って、、、」


「あら、気になる? 外務大臣よ」


エリルは驚き「えっ!? ミニスター!?」と言った。


「あなたの国ではそういうわね。それと、よく頑張ってきたわね。お疲れ様」と上条は優しく言った。「それにしても、あなたと話していて、何も違和感を覚えないわ。普通、あなたの階級の人だと、危ない思想を持っていたり、話が通じなかったりすることが多いのだけれども、あなたは全然違うわ。初めて会った時からそれを一切感じさせないし、しかも知識も豊富。お姉さん、ちょっと委縮しちゃうな」


「あなたも何かわけがあって、あの国から逃げてきたのよね。お姉さんに何かできることがあったら何でも言ってね」



上条がそういうと、エリルは「じゃ、じゃあ。相談にのってくれますか」と尋ねると、上条は笑顔で「えぇ、もちろんよ!」と言った。エリルは雷電に協力を頼みたいと言おうとしたが、よく考えてみると、雷電に協力を頼む妥当な理由が存在しない。そもそも、雷電にローレン国の階級制度を壊したいと直談判して、本当に雷電が協力してくれるのか。


今まで得た情報の中では雷電はローレン国に疑惑の目を当ててはいるものの、直接介入はしていない。しかも、雷電が疑問視しているのが階級制度なのかさえわからない。もしかしたらアイリッシュに関することかもしれない。むしろそっちの方が高い。そんな状況で雷電がエリルに協力してくれる可能性は決して高いとは言えない。


エリルは悪い癖がまた出てしまい、下を俯いてしまった。その時、上条が「ほーら、また顔が沈んじゃっているぞ。ほら、笑顔笑顔!」と言いながら自分の頬を指で押し上げながら言った。エリルは少しリラックスすると、上条に博打半分ですべてのことを打ち明けた。テリルからの約束でこの汽車のことは他言しないということに気を付けながら話し始めた。労働階級での壮絶な日常。窃盗、暴力、密売。アイリッシュの独裁政権。ローレン国に対抗するため、雷電及び他国の首脳との協力関係を築くこと。


エリルが詰まり詰まりになりながら話している中、上条は頷きながらエリルの話を何も言わずじっくりと聞いていた。エリルが言い終わると少しの間沈黙が支配した後、上条が口を開き「なるほど。君がこの国に来たのは雷電当主との協定を結びに来たんだね」上条は少し考えた後「私もあなたのために何か協力したいのだけれども、あなたがローレン国出身という証明がないとどうしようもできない」


エリルは上条の反応にキョトンとし「私の正体に疑わないのですか? もしかしたら諜報員かもしれないし」と唖然としながら言った。


「あたり前じゃない。見た目で分かるよ。諜報員はそういうオーラが出ているの。だから一瞬で判別が付くわ。本当にすごい人は一般人とほとんど変わらないオーラを出すけども、その確率を考えるのは意味があまりないからね。しかも、本物はこんな場所では接近したりしないわ」


「じゃ、じゃあ」エリルは期待を高めながら上条に言ったが「えぇ、協力するわ。私にできることはなんでも言ってね」と上条が言い終わると、手のひらを叩き「はいッ! 辛気臭い話はここまで! せっかくの温泉料理を食べないのはもったいないわよ! さあさあ、好きなもの注文して! 全部奢りよ!」


「えっ!? でも、まだ……」


エリルはなにか言いたげな雰囲気を出しているところを上条は「どちらにせよ雷電投手は明日この国に来る。その時、私が雷電当主と話す場を設けてあげるわ」


上条はそう言うと、店員に大量の料理を注文し、お腹いっぱいになるまでエリルと飲み食いした。エリルは満腹になり、横にゴロンと寝転がった時、上条が「お腹は膨れた?」と言うと、エリルは「はい、満腹ですぅ」と言ったその時、「そう、じゃあ、簡単には逃げられないわね」、上条が言った後、懐に手を突っ込み、銃をエリルの額に突き出した。エリルは理解が追いつかなくなり、「あの、文さん。これは一体………」と言った。しかし、その質問に答えた人物はもう、上条文であった別のナニカだった。


「ごめんねぇ。ローレン国から出られちゃうと、困るの。どうしてあんなに素晴らしい国から逃げ出そうとするのかしら。アイリッシュ様が統治してくださるなんて、夢見心地の気分で生活できるというのに、自ら苦しみに塗れた俗世に飛び込むなんて。なんて愚かな娘なんでしょう。アイリッシュ様に首を差し出す約束だけど、私、あなたのことが好きなの。あぁ、なんてきれいな肌なんでしょう。まるで赤子の腕のようだわ。髪もサラサラ。どんな感触なのかしら」


エリルは自分の知っている上条とはかけ離れた存在が目の前にいることに恐怖し、逃げようとしたが体が言うことを聞かず抵抗が出来なかった。


(やばいやばいやばいやばいやばいやばい。逃げなきゃ! 逃げなきゃ!!!)体に言い聞かせても何も反応しなかった。しかし、恐怖を我慢しながら震え声で言った。


「今、ここで撃てば、他の客に気づかれますよ。ローレン国の刺客さん」


「あら〜 そんなこと対策済みよ。周りをよく見てご覧なさい」


その女が言った後、エリルは恐る恐る辺りを見回してみると、全員が銃を片手に持ちエリルの方へと近づいてくるのが目に映った。逃すまいと。   


「あなたの思惑はちゃんと記録させてもらったわ。もう情報は十分。後は、あなたの血さえあれば私の任務は完了」女はそう言った後、銃の引き金に手を当て「じゃあね」と優しく言った。

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