第6話雷電国家 武蔵ノ国編 観光と宿
喫茶店を足早に飛び出たエリスは雷電が来ることに関する情報を集めるために本屋に入り、新聞を購入した。最新の新聞紙を買うと、本屋の中にあった座席に座り雷電の訪問に関する情報を見つけると、隅々まで見渡し始めた。
新聞には来日する目的、場所、演説が書かれており特大の文字で民と一対一での対話に関することも書かれていた。年齢性別問わず抽選で10人の人が雷電と対話できる権利が与えられるとのことを聞き、エリスは期限が今日までのこの申し込みをするために、新聞に書かれてある申し込み方法通りに本屋の受付に行き、申込用紙をもらうと急いで用紙の欄をすべて埋めた。
名前などを埋める欄があったがそこは偽り、武蔵ノ国出身と書き、名前は彼女が窓を見たとき、最初に目に入ってきた、広告の漢字をいい感じに抜き取って 関目 美優 と名付けた。書き終え店員に提出し、本屋を後にすると、今日の夜を過ごすための宿を探しに行った。地図を確認し一度大広場に出た後、看板に載っている地図を見つけ、お値段の安い宿のある場所を確認した。
その後足早に泊まる場所に向かい、そそくさとチェックインを済ました後、初めて見る部屋のフカフカベッドに身を任せて子供のようにはしゃぎベッドの上でぴょんぴょんと飛んだが、それも数分で飽きた。
あいにく彼女の止まった宿は俗にいうビジネスホテルというもので、値段が安い代わりに最低限の設備しかないというホテルではあったが、屋根が頑丈で床に穴が開いておらず、ネズミなどの生物もいなければ空調が効いている。
雷電国家の今の季節は夏で気温も高ければ湿度も高く、俗にいう温帯湿潤気候であった。労働階級時代での夏の暑さは睡眠中でも熱中症に警戒しないと死に至るほど厳しかった。
それ故、命の危機を感じながらの睡眠ではないだけでも贅沢すぎるものであった。睡眠はリラックスできるものなのだが彼女にとって睡眠はリラックスではなく逆に警戒すべき行為だった。
彼女は今まででは考えられないほどの贅沢っぷりに感激し思わず涙が出てしまった。無理もない。空調が効いていて、空気がきれいで、床や壁、天井がしっかりしていて、ちゃんとしたベッドがあり、命の危機に脅かされることなく、安心し、脱力しながら体力を回復させられリラックスできることが普通であることは、彼女にとって特別なことであった。
「はぁー! 気持ちいいー! ベッドがこんなにフカフカするなんて知らなかったわ! しかも、窓からの景色がとても綺麗だわ! 私の家から見える景色なんてごみ捨て場よ!!」
彼女は声を出しながら布団の上をゴロゴロしていた。彼女の視界にふと時計が目に入り、時間はまだ14時を差していた。
「雷電が来るのは明日。今寝ても夜にまた起きちゃう。でも、やるべきことは終わっちゃった。……………どうしよ」
彼女は声に出して彼女のするべきことを確認し始めたが彼女がサクサクとすべきことを終わらせてしまったがため、めちゃくちゃ時間が余ってしまった。彼女が普段、眠りに入る時間は23時頃。
それまでかなりの時間が余ってしまい、何をしようかとゴロゴロと悩んでいた時に、ふと喫茶店で聞いたおばあさんの話を思い出した。
「そういえば、あのおばあさん。温泉が有名って言ってたよね。暇だし行ってみよっと」
そういうとそそくさと荷物をまとめお金を持ち部屋を後にした。その時、彼女はおばあさんに何もお返しをしていないことに気付き、(また会ったら今度はちゃんとお礼しよっと)と決めた。
宿から出るとまだ日は高く、ちょうど一番暑い時間帯ということもあって外にいるだけでも汗ばむくらいであった。
彼女は宿(ホテル)を出る際、受付の人に「ここらへんでおすすめの温泉ってありますか。ここは必ず入っておくべき!!っていう温泉があったら教えてください!!」と聞いていた。
受付の少し年老いた男性からは「そうですねぇ。とっておきのがあります。ここから少し離れてしまうのですが、道後温泉というものが良いでしょう。あそこなら必ずよい体験ができるはずです。」という答えが返ってきた。
エリルは受付の人からもらった地図を頼りに歩いて行った。しかし、受付の人が言っていた「少し離れた」はエリルが思ったよりも遠く、足が痛くなるほど歩いたがまだ着かなかった。
「もー!!! あの人嘘ついたの!? ぜっっっんぜん着かないじゃない! 本当にこっちの方角であっているのかな?」
彼女は疑問に思い地図を開いてみるととある衝撃的な事実に気が付いてしまった。エリルは地図をジッと見つめた後絶望的な顔をして言った。
「………もしかして私、地図反対に見てた?????」
そう!! 何度も言うように彼女は 方☆向☆音☆痴なのだ!! 方向音痴は地図なんて読めないのである!! 方向音痴に地図など紙クズ同然!!! それどころか逆に道を迷わせるくそったれ道具!!!
彼女は大きなため息をつき時間を見ると15時を指していた。彼女は「どうしよう」と困っていると、とある車につけられた看板が目に入った。
「安い! 安い! 初回乗車料金500円!」
エリルはこの文字を見てその車を呼び止めると車がエリルの方に近づくと、勝手にドアが開いた。エリルは最初こそ困惑したが、運転手が「あんた、外国人か。もしかしてタクシーを知らないで呼んだのか?」と少し怖い口調で言った。
エリルはグラサンを付けた、いかつい男性に恐怖してしまい硬直してしまった。運転手の人は続けていった。「まあいいや。言葉は通じるか?」 エリルは必死に首を振った。「行きたい場所はあるか」 エリルはまた首を縦に大振りした。
「そうか。なら乗りな。そう怖がるな。何も、怪しい商売じゃねえんだから」
運転手はエリルが自分に恐怖したことを感じ取るとエリルの気持ちをすくい取った。エリルはちょっと安心すると、運転手の言うとおりに車に乗ると自動でドアが閉まった。
「嬢ちゃんはどこに行きたいんだい」
エリルは怖さでまだ口が自由に動かせる状態ではなかったため、小さな声で「道後…温泉へ」と言った。
「そうか。わかった。あそこまでなら高速使って20分だな。じゃあ行くぞ」
運転手がそういうと車を発進させた後、高速道路に入った。その間車内は地獄の雰囲気になるとエリルは思ったが運転手がエリルに話しかけてきた。
「外国人で道後温泉を選ぶとは、なかなかセンスがあるじゃないか。あそこは俺も行ったことがあってな。あそこの風呂はもう一度入りたいって思えるほど最高の湯なんだ。そういえばあんたはどこの国から来たんだ。髪がブロンド色ってことは北欧あたりか?」
そう運転手が聞くとエリルは急いで返答した。
「い、いえ。私はローレン国からです。髪がブロンド色なのは親の遺伝? なのかはわかりませんがもともとこの髪色です」
エリルはそういうと運転手は驚き真剣な声に変わり続けて彼女に質問した。
「どこの階級出身だ?」
「えっ!?」
彼女は声に出して驚いてしまった。無理もない。ローレン国が階級制度を取り入れているという事実は隠蔽されてきた事実なのに、他国である人が知っているのはおかしすぎるからであった。それでもエリルは恐れながらも答えた。
「ろ、労働階級です」
そういうと運転手は急に優しい口調になり「そうか、辛かったな」と言った。その後続けて運転手は「あの国から出れた方法や理由は問わないから安心してくれ」といった。
しかし、エリルは疑問ばかり頭の中に浮かんでいた。あまりの疑問の多さに我慢できなくなり運転手に聞いた。
「あの、どうしてローレン国が階級制度を取り入れているって、知っているんですか? あの国は他国に隠蔽しているはずです」
男はそのままの優しい口調で答えた。
「…あんた、雷電当主を知っているよな。この国の首だ。雷電当主はローレン国を表面上では、友好国と取り繕っているが実際は疑っているんだ」
エリルはそのことを聞くと驚きながらも次のように質問した。
「どうして、そのことをあなたが知っているんですか」
「雷電国家では注意すべきことが回覧板のような形で伝えられているんだ。その注意事項及び警戒事項の中に、ローレン国のことが書かれているんだ。もちろん暗号形式で伝えられている。ローレン国の人間に知られると国際問題に発展するからな」
運転手はそういうと少しの間黙り込み高速道路を降りた。降りると同時に運転手は「さて、こんな話はここまでにするか。あんたに取ってローレン国は辛い思い出なんだろ」といった。[ちがっ!」彼女は運転手に立ち上がりながら反論した。しかし言葉が途中でこもってしまった。
無理もない。自分が透明になる汽車で空から来たなんて口が裂けても言えない。しかし、運転手はローレン国である彼女のことを珍奇な目で見ることは決してなく、自分なりの優しさで対応した。
そのまま車を走らし、まだ日が高い状態のときに道後温泉の目の前についた。
「ほら、着いたぞ」
「ありがとうございます。代金はいくらですか」
「500円だ」
エリスはびっくり仰天な顔をして驚いた。
「えぇ!? マジですか! でも、、、」
「いいんだよ。看板にもあるように安いって歌ってるんだから。気にすんな」
「でも、、、、」
「ほら、降りた降りた」
「運転手はエリルをちょっとだけ強引に車から降ろした。その後運転手はエリルに別れの印として手を挙げながら走り去っていった。その様子をエリスは深くお辞儀しながら見送った。
「ふー、まさかあの嬢ちゃんがローレン国出身だなんてな。タクシーの客はいろんな人がいるがまさか危険国からの人間とは。人生何が起こるかわからないな」
運転手はそういいながら、客を探すために駅周辺に向かっていると、駅の途中で手を挙げている人物を見つけ客の目の前に止めた。お客さんを車の中に入運転手が行き先を聞くと、客は地図を差し出しマークの付いた所へ、と言った。
客が示した場所は人気の少ない地域であり、運転手はちょっと不思議に思いながらも、車を走らせた。時間にして約1時間。周辺の風景は都市部から森がうっそうと生い茂る風景へと変化した。目的地に到着すると、運転手がお客さんについたことを伝えた。その時、
「声を出すな」
客は運転手の後ろ頭に拳銃を突き出した。運転手は動揺し「なっ!?」と驚いた。
「質問に答えろ。あの娘に何を伝えた」
「あの娘って、お前が乗ってくる前の客か?」
「そうだ、答えろ」
運転手は沈黙した後。
運転手はなにかに気づくと口元を笑わせながら「そりゃあ、できねえな」と言った。
「そうか、……残念だ」
重い音と同時に社内は真っ赤に染まった。その後客がドアを開け車に何かを設置した後、携帯を取り出し、誰かに電話を掛けた。
「あの娘は今どこにいる」
男が問いかけると電話の向こうから低い声をした人物が答えた。
「道後温泉です。どうしますか。殺しますか?」
「待て、俺らの任務はあいつを捕らえてアイリッシュ国王に差し出すことだ。殺してしまっては元も子もない。このまま監視しておけ」
そう言うと男は電話を切り、タバコを吹かしながらその場を立ち去った。
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