徐福の娘 呪いの姫と刹那の太刀

紫陽_凛

丁か半か

第1話 賭場のカモ

 むかし、むかしのお話です。

 中国は秦の国に徐福じょふくという方士がおりました。方士というのは、昔でいう科学者のようなもの。星を読み、丹薬を練り、占い、ときに皇帝に進言する者であります。

 そんな徐福は、かの有名な始皇帝──嬴政えいせいにこう命じられます。

『不老不死の仙薬を探して参れ』

 そうして徐福は、幻の仙山せんざんを探す旅に出たのです。船に多くの若い男女と、技術者と、穀物の種を乗せて──


※※


「さあ張った張った!」


 男の声響く夜の賭場に、各々方おのおのがたそれぞれの声が響く。ちょうはんか、いざ、いざ、勝負。賭場の中は酒と女が揃い揃って、大人の遊技場のていを醸し出している。


 そんな中にいて、年若く見える少女――エリーは賭場の隅に陣取り、腕を組んで、緩やかに赤い瞳を細める。二本の三つ編みにまとめた銀髪が、花色あおの着物の上に揺れ、屋内にも関わらず深々と被ったが、一層異彩を放っていた。エリーはひどく目立っていたが、そんなことは意に介していないようである。

 視線の先は丁半博打に興じる男連中、のなかでも一際目立つ大男、背に刀、着衣はだけた肌に桜の刺青しせいを散らした刹那セツナという男。エリーの懐刀としての役割を忘れほうけたように博打に興じる大バカ者に向けられている。

(あとでお仕置きする必要がある、と……)

 エリーのじっとりした視線の先、刹那は拳を握った。

「半ッ!」

 刹那は酒も入って上機嫌である。一度調子に乗ると落っこちるまで調子に乗り続けるものだから、逆にいえば──落ちなければ無限に乗り続ける。悪癖だ。ずうずうしくも、忌々しくも両隣の女の腰など抱こうとしている。やはり、きつく仕置きをする必要がある、とエリーは思った。組んだ腕の上で指がとんとんと動く。動いてしまう。

 ああ、暇だ。

 親が伏せた椀を退け、結果を高らかに叫ぶ。

ニロク二六の丁!」

「うおっしゃあ!」「こンの……ばかものが」

 刹那の勝鬨かちどきと、鼻にしわを寄せたエリーの罵倒が重なったが、誰も気づかなった。


 丁半博打ちょうはんは、二つのさいころの目の和を求め、それが奇数偶数かを当てる博打だ。当てれば配当、敗ければ没収。単純である。しかし。エリーはついとあたりを見渡した。

 刹那の周りに女性にょしょうが二人。賭けの親は中央。取り巻くようにして、賭けに興じる大人たちが座っている。刹那が座すのは入り口から一番遠い上座かみざの位置。そしてエリーが居るのは、出口にいっとう近い部屋の隅。

 エリーの手前にはまだ若い侍がいた。まだ剃らない髪を一本に結いまとめている。浅葱あさぎ色の着物に袴、良いところの坊といったところだろうか。そんなぼんが、いったいこんな賭場に何の用だというのだろう。


「……それにしても」

 エリーが呟くと同時に、女性たちの嬌声が上がった。続けて刹那の叫び声。

「おっしゃあー!ついてんぜおれー!」

(どう考えても、あいつ、勝ちすぎでは?)

 若侍も勝っている。

(これはなんだか、裏がありそうだけど)

 エリーは一度目を閉じ、再び開いた。赤い瞳で、面々を見渡す。親、見物人の女たち、賭けに興じる男ども……その中の刹那と若侍。なにせなのだ。エリーに博打の趣味はないが、こうした裏がありそうな場所で、すべてをひっくり返すのは嫌いではない――むしろ。

 エリーは親を見た。そして、若侍の様子を見た。どちらかに「たね」があるのは分かっている。

(場か、このひとか……どちらかといえば……)

 

ゴロク五六の半!」

若侍と刹那のもとに一気に金が集まっていく。刹那などはぎゃはははと笑いながら手持ちで遊び始めた。エリーはもう馬鹿者のことは放っておくことにする。若侍の隣に割りいるように座ると、ようやく大きな笠を取った。賭場はいっとき、しんと静まり返った。


「わたしも混ざっても構いませんか」


銀髪紅眼の少女エリーは微笑む。親はエリーの見てくれを眺めまわして、動揺しながらも、おう、どうぞと促した。親の目ににじんでいたのが、エリーの見た目への驚きだけではなかったことを、気づかないエリーではない。

(慣れてるのよ、わたしも)

「さあ張った張った!」

 お決まりのセリフが飛び出すと、若侍と刹那以外の三人は一斉に「半」と唱えた。それを聞いた刹那は「丁」。若侍も「丁」。

「お嬢さまは、おいくら、どちらに張りなさいます?」

 やわらかな言葉を使って、親がエリーに話しかけた。エリーは迷うそぶりを見せて、金貨を一枚ちらつかせた。静かながら、場が騒めいたのが、肌でわかった。

「はじめてで勝手がわかりませんが、……どうすればいいと思います?お侍様」

 エリーは若侍に尋ねた。話を振られた侍は、声変わりの済まない高く澄んだ声で、おどおどと答えた。

「わたしにも、よくわからぬのです……実は……」

「あら、奇遇ですね」

(なるほど、ね)

 口と内心は裏腹に、エリーは笑顔で「では、半?にしましょう」と答える。そして続けて、こうも聞いた。「半ってどういう意味なのですか?」

 滞った賭けの様子から、ようやくエリーの参戦に気付いたらしい刹那が、あ、と声を上げる。

「せんせえ!わかんないなんてそんなわけぇ!ないでしょお!」

 ろれつが回っていない。飲みすぎだ。エリーはすかさず若侍の袖に隠れた。

「ねえ、何!?あの人怖いわ!追い出して!追い出してちょうだい!」

 内心舌打ちする。刹那がああなのは承知しているが、それはそれでこれはこれだ。

(馬鹿者!黙っていなさいよ!あなた仮にもわたしの弟子でしょうが!)

「お嬢さま、すみませんね。ここはこういうところでして……」

「あのひとに言ってくれる。こっちをみないで頂戴って!」

「わかりました。……おうい、そこの色男。こちらのお嬢さんが困っていらっしゃるから……」

 金払いのいい「カモ」には優しいわけだ。なるほど。エリーは若侍の影で目を細めた。さて親はどっちを選ぶだろうか。どちらの「カモ」に、うまい汁を吸わせるつもりだろう?

 賽が振られる。椀が被せられ、ッタン!と音が響く。エリーはそこで確信した。


「イチニの半!」

(やっぱりこっちに来た!)

「ああ~!」

 刹那の絶叫が響く。大方今までの額を全部賭けていたのだろう。調子に乗りすぎだ。続けてエリーは若侍の様子を観察する。

「……負け始めたか。わたしはここらで退こうかな……」

「ねえお侍様、もう少しだけ」

 エリーは退こうとした若侍の手を握り、しおらしく言った。増えた金を見つめて、指先ではじくまねをする。そして、声を張って、親を指さす。

「では、あの椀の中のを当てれば、もっとたくさんお金が手に入ったりするのかしら。わたし、わかっちゃったの」

 ぎく、という声なき声が場から聞こえたような気がした。エリーはにやっと笑う。親を見て、にっこり微笑み、今手に入ったばかりの金の山を見せて、無邪気に尋ねた。

「……ねえ、、どう思います?」


※※※

 

 エリーは背中にしょった薬箱をかたんかたんと揺らしながら、夜の街を歩く。

「ところで」

 いくらか正気に返った刹那が、財布の中身を一杯にしたエリーに問う。

「どういうからくりだったんです、先生」

「どうもこうも、あなたとあの若いお侍様以外ぐるだったに決まってるじゃないの」

「決まってるって言われてもわかりませんよ」

 そうね、あなたは女の人に夢中だったものね、と言いかけた嫌味を飲み込み、エリーは手短に説明を加えていく。


「台があったでしょう。あの下に強い磁石マグネットを仕込んである。そして、場合によっては裏返せるようにしてあったの。あの場を覚えている?」

「まあ……」

「子は親の後ろまでぐるりと並び囲んでいて、それを誰も指摘しませんでした」

「はあ」

「そして、あの賽は一か六か、二か五しか出なかったの。気づいた?」

「はあ。……はあ?」

 刹那は瞬きをした。「だれもそこまで見てねえ……あれ?」

「賽の目が一を出すのは六回に一回です。それが、特定の数字だけ出続けるなんておかしいでしょう。だから、賽の中に、あるいはあの周りに何か仕込んでいると考えました。五の目と二の目は裏表……同じように磁石を仕込めば、重みと磁力で調節ができますね。まあ、詳しいことは知りませんけれど! でも確実に、丁と半を出しわける技法を彼は身に着けていたというわけ」

「それだけ偏ってるのに、誰もそれを指摘しなかったな……?」

 ようやく、刹那が追い付いてきた。エリーは笑みを漏らした。

「そうよ。あの三人、賭ける時はみんな一緒。あなたとお侍さんを逆に張らせるために」

「……なんで?」

 ばかもの、と言いかけてやはりこらえる。「あなたとあのお侍さんをどんどん稼がせて、最後に全部をかっさらう心算つもりだったのよ。要するに、カモです。まあ、わたしの金貨に目がくらんだのが運の尽きでしたね」

 エリーはオホホと笑った。「旅のお金がうっかり増えてしまったわ」

「でもよ、先生よ」刹那が首を傾げた。

「仮に賽が二つの目しか出ないようになっているとして、最後、先生が五と二を見分けたのはなんでだ?」

エリーはぴたりと歩みを止めた。刹那もまた歩みを止めて、エリーを見る。

「さあ、なんででしょうね?」

 エリーは深々と笠を被りなおした。「あなたもわたしの弟子を名乗るのなら、人の瞳の奥に映るものをちゃんとみてごらんなさい。

「はあ……」

 刹那のあいまいな返事を頭上に、エリーは赤い瞳を前方に向けた。

「ねえ、気づいている?」

「もちろん」

 刹那が腰に手を当てた。そこに佩いた刀は、見世物ではない。肉を切り骨を断つことのできる代物だ。


「誰だと思ってる」









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