徐福の娘 呪いの姫と刹那の太刀
紫陽_凛
丁か半か
第1話 賭場のカモ
むかし、むかしのお話です。
中国は秦の国に
そんな徐福は、かの有名な始皇帝──
『不老不死の仙薬を探して参れ』
そうして徐福は、幻の
※※
「さあ張った張った!」
男の声響く夜の賭場に、
そんな中にいて、年若く見える少女――エリーは賭場の隅に陣取り、腕を組んで、緩やかに赤い瞳を細める。二本の三つ編みにまとめた銀髪が、
視線の先は丁半博打に興じる男連中、のなかでも一際目立つ大男、背に刀、着衣はだけた肌に桜の
(あとでお仕置きする必要がある、と……)
エリーのじっとりした視線の先、刹那は拳を握った。
「半ッ!」
刹那は酒も入って上機嫌である。一度調子に乗ると落っこちるまで調子に乗り続けるものだから、逆にいえば──落ちなければ無限に乗り続ける。悪癖だ。ずうずうしくも、忌々しくも両隣の女の腰など抱こうとしている。やはり、きつく仕置きをする必要がある、とエリーは思った。組んだ腕の上で指がとんとんと動く。動いてしまう。
ああ、暇だ。
親が伏せた椀を退け、結果を高らかに叫ぶ。
「
「うおっしゃあ!」「こンの……ばかものが」
刹那の
刹那の周りに
エリーの手前にはまだ若い侍がいた。まだ剃らない髪を一本に結いまとめている。
「……それにしても」
エリーが呟くと同時に、女性たちの嬌声が上がった。続けて刹那の叫び声。
「おっしゃあー!ついてんぜおれー!」
(どう考えても、あいつ、勝ちすぎでは?)
若侍も勝っている。刹那と同時に勝っている。
(これはなんだか、裏がありそうだけど)
エリーは一度目を閉じ、再び開いた。赤い瞳で、面々を見渡す。親、見物人の女たち、賭けに興じる男ども……その中の刹那と若侍。なにせ暇なのだ。エリーに博打の趣味はないが、こうした裏がありそうな場所で、すべてをひっくり返すのは嫌いではない――むしろ。
エリーは親を見た。そして、若侍の様子を見た。どちらかに「たね」があるのは分かっている。
(場か、このひとか……どちらかといえば……)
「
若侍と刹那のもとに一気に金が集まっていく。刹那などはぎゃはははと笑いながら手持ちで遊び始めた。エリーはもう馬鹿者のことは放っておくことにする。若侍の隣に割りいるように座ると、ようやく大きな笠を取った。賭場はいっとき、しんと静まり返った。
「わたしも混ざっても構いませんか」
(慣れてるのよ、わたしも)
「さあ張った張った!」
お決まりのセリフが飛び出すと、若侍と刹那以外の三人は一斉に「半」と唱えた。それを聞いた刹那は「丁」。若侍も「丁」。
「お嬢さまは、おいくら、どちらに張りなさいます?」
やわらかな言葉を使って、親がエリーに話しかけた。エリーは迷うそぶりを見せて、金貨を一枚ちらつかせた。静かながら、場が騒めいたのが、肌でわかった。
「はじめてで勝手がわかりませんが、……どうすればいいと思います?お侍様」
エリーは若侍に尋ねた。話を振られた侍は、声変わりの済まない高く澄んだ声で、おどおどと答えた。
「わたしにも、よくわからぬのです……実は……」
「あら、奇遇ですね」
(なるほど、ね)
口と内心は裏腹に、エリーは笑顔で「では、半?にしましょう」と答える。そして続けて、こうも聞いた。「半ってどういう意味なのですか?」
滞った賭けの様子から、ようやくエリーの参戦に気付いたらしい刹那が、あ、と声を上げる。
「せんせえ!わかんないなんてそんなわけぇ!ないでしょお!」
ろれつが回っていない。飲みすぎだ。エリーはすかさず若侍の袖に隠れた。
「ねえ、何!?あの人怖いわ!追い出して!追い出してちょうだい!」
内心舌打ちする。刹那がああなのは承知しているが、それはそれでこれはこれだ。
(馬鹿者!黙っていなさいよ!あなた仮にもわたしの弟子でしょうが!)
「お嬢さま、すみませんね。ここはこういうところでして……」
「あのひとに言ってくれる。こっちをみないで頂戴って!」
「わかりました。……おうい、そこの色男。こちらのお嬢さんが困っていらっしゃるから……」
金払いのいい「カモ」には優しいわけだ。なるほど。エリーは若侍の影で目を細めた。さて親はどっちを選ぶだろうか。どちらの「カモ」に、うまい汁を吸わせるつもりだろう?
賽が振られる。椀が被せられ、ッタン!と音が響く。エリーはそこで確信した。
「イチニの半!」
(やっぱりこっちに来た!)
「ああ~!」
刹那の絶叫が響く。大方今までの額を全部賭けていたのだろう。調子に乗りすぎだ。続けてエリーは若侍の様子を観察する。
「……負け始めたか。わたしはここらで退こうかな……」
「ねえお侍様、もう少しだけ」
エリーは退こうとした若侍の手を握り、しおらしく言った。増えた金を見つめて、指先ではじくまねをする。そして、声を張って、親を指さす。
「では、あの椀の中の数字を当てれば、もっとたくさんお金が手に入ったりするのかしら。わたし、わかっちゃったの」
ぎく、という声なき声が場から聞こえたような気がした。エリーはにやっと笑う。親を見て、にっこり微笑み、今手に入ったばかりの金の山を見せて、無邪気に尋ねた。
「……ねえ、みなさん、どう思います?」
※※※
エリーは背中にしょった薬箱をかたんかたんと揺らしながら、夜の街を歩く。
「ところで」
いくらか正気に返った刹那が、財布の中身を一杯にしたエリーに問う。
「どういうからくりだったんです、先生」
「どうもこうも、あなたとあの若いお侍様以外ぐるだったに決まってるじゃないの」
「決まってるって言われてもわかりませんよ」
そうね、あなたは女の人に夢中だったものね、と言いかけた嫌味を飲み込み、エリーは手短に説明を加えていく。
「台があったでしょう。あの下に
「まあ……」
「子は親の後ろまでぐるりと並び囲んでいて、それを誰も指摘しませんでした」
「はあ」
「そして、あの賽は一か六か、二か五しか出なかったの。気づいた?」
「はあ。……はあ?」
刹那は瞬きをした。「だれもそこまで見てねえ……あれ?」
「賽の目が一を出すのは六回に一回です。それが、特定の数字だけ出続けるなんておかしいでしょう。だから、賽の中に、あるいはあの周りに何か仕込んでいると考えました。五の目と二の目は裏表……同じように磁石を仕込めば、重みと磁力で調節ができますね。まあ、詳しいことは知りませんけれど! でも確実に、丁と半を出しわける技法を彼は身に着けていたというわけ」
「それだけ偏ってるのに、誰もそれを指摘しなかったな……?」
ようやく、刹那が追い付いてきた。エリーは笑みを漏らした。
「そうよ。あの三人、賭ける時はみんな一緒。あなたとお侍さんを逆に張らせるために」
「……なんで?」
ばかもの、と言いかけてやはりこらえる。「あなたとあのお侍さんをどんどん稼がせて、最後に全部をかっさらう
エリーはオホホと笑った。「旅のお金がうっかり増えてしまったわ」
「でもよ、先生よ」刹那が首を傾げた。
「仮に賽が二つの目しか出ないようになっているとして、最後、先生が五と二を見分けたのはなんでだ?」
エリーはぴたりと歩みを止めた。刹那もまた歩みを止めて、エリーを見る。
「さあ、なんででしょうね?」
エリーは深々と笠を被りなおした。「あなたもわたしの弟子を名乗るのなら、人の瞳の奥に映るものをちゃんとみてごらんなさい。ちゃんと」
「はあ……」
刹那のあいまいな返事を頭上に、エリーは赤い瞳を前方に向けた。
「ねえ、気づいている?」
「もちろん」
刹那が腰に手を当てた。そこに佩いた刀は、見世物ではない。肉を切り骨を断つことのできる代物だ。
「誰だと思ってる」
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