3-12. 決着

 声にならない悲鳴が身体の中で反響した。

 次の瞬間に脳裏を過ったのは、目の前で斬殺された冒険者達の姿。


『ァハハハハハ』


 あまりの恐怖に鳥肌が止まらない。

 

(逃げろっ、逃げろっ、逃げろ!)


 心の中で叫ぶ。

 黒いツギハギの持つ力が「影」ならば、陽の元へ出れば効果が失われるはずだ。


(どうやって!?)


 腕を切り落とすか?

 ダメだ。影の中に居る限り何度でも取り込まれる。


 キーン、という耳鳴りのような音が響いた。

 私は強制的に思考を中断させられ、歯を食いしばる。


『イタダキ、マス』


 そして、私の視界は闇に覆われた。



 *  *  *



 真っ黒だ。

 目は見えない。音も聞こえない。皮膚に何かが伝わる感覚さえもない。これが死後の世界かと思う程に、何も無い。

 

 ただ、意識だけがある。

 自分が今この場に存在していることだけが理解できる。


(……私は、死んだのか?)


 自問する。

 まるでそれを合図にしたかのように、全身が異常に発熱した。


 熱い。苦しい。

 悲鳴をあげて悶えたい。


 しかし、できない。

 まるで手足を縛られ鞭を打たれているかのような……いや、違う。錯覚ではない。


 これは私の記憶だ。

 祖国で虐げられていた頃の感情が、当時のそれを何倍にも膨れ上がらせた状態で、再現されている。


 ──ァハ。


 笑い声が聞こえた。

 そして次の瞬間、何もかも消えた。


 痛みも、苦しみも、無自覚の憎悪も。

 まるで初めから何も存在しなかったかのように、無となった。


 ──ァハハ。


 再び笑い声が聞こえた。

 そして私は、直感的に理解した。


(……喰っているのか!?)


 黒いツギハギは突然に現れた。

 今にして思えば、法則性がある。


 憎悪が膨れ上がった瞬間だ。

 まるで餌に群がるかのように姿を現した。


 黒いツギハギの目的は「憎悪」だ。

 しかし、それが分かったところで……。


(……私は、ここまでか)


 今、自分の体はどうなっているのだろう。

 先刻目にした者達は、その身を引き裂かれていた。まるで薄紙を裂くかのように……。


(……)


 思考を止めた。

 どうせ、文字通り手も足も出ない。


 ──無論、諦めたわけではない。

 憎悪を餌にするならば、いくらでもくれてやる。


(……憎い)


 その感情を積極的に受け入れる。

 生まれた瞬間から海に捨てられるまで。私は理不尽な理由で虐げられ続けた。


(……全て、滅ぼしてしまいたい)

 

 この憎悪は、私の全てだ。

 何年も何年も蓄積された負の感情を、僅かな時間で食い尽くされてなるものか。


 ──ァハ!


 楽しげな笑い声が聞こえた。

 そうか、美味いか、それは良かった。


 まだまだあるぞ。

 だから、根比べをしよう。


 貴様の腹が裂けるのが先か。

 私の憎悪を食い尽くされるのが先か!


 ──ァ、ハ、ハァ?


 笑い声に困惑が混じる。

 それはすぐさま苦痛に代わり、世界が震え始めた。


 私は直感的に理解した。

 このまま憎悪を与え続ければ、何かが変わる。


 まだ何も終わっていない。

 まだ、諦める必要なんて無い!


 知らなかった。

 私の中にも、こんな感情があったのか。


 憎い。

 ただ、憎い。


 私から尊厳を奪い続けた祖国。

 そして、この地で私から何かを奪おうとする者達。


(……奪われるのは、もう沢山だ!)


 より強く感情を放出する。

 ふと、硝子にヒビが入るような音が聞こえた。


 二度、三度と繰り返される。

 空耳ではない。この世界を構築する何かが、壊れ始めている。


 私は勝利を確信した。

 しかし手は緩めず、より強い感情を吐き出す。


 そして──

 


 ──


(……ここは?)


 声は出なかった。

 ここは、何らかの祭壇だろうか。


 中央に女性が座っている。

 手足に枷が付けられ、地面と繋がっている。


 彼女の周囲に複数の男性が居た。

 皆、私と良く似た容姿をしている。


(……あ)


 女性の右腕が切り落とされた。

 人形や玩具の腕を引き千切るみたいに、あっさりと。


 右腕が細かく刻まれる。

 そして、吐き気を催すような悪行が始まった。


 十本の指が、バラバラの位置に縫い合わされる。

 手首から先が頬に、肘から先が背中に、そして肩から先が腹部に。


(……そうか)


 理解した。

 彼女こそが、ツギハギの起原だ。



 ──



 また、世界が切り替わる。

 私の目には、底が見えない大穴が映っている。


 異業と化した女性が、その隅に立っていた。

 いや、もはや立っているのか、置かれているのか分からない。


 どこが上で、どこが下なのだろう。

 そもそも……まだ、生きているのだろうか。


 疑問に思った直後、彼女が大穴に落ちた。

 

 一瞬、目が合った。

 その表情は──私が鏡を見た時に、よく目にしていたものだった。


 大穴が光を放った。

 大地がうねり、形を変えた。


(……そうか)


 私は、なぜか理解できた。


(……これが、迷宮の始まりか) 

 

 

 ──



 またしても景色が切り替わる。


 真っ白な空間。

 上も下も分からない場所。


 人影は二つ。

 私と、先ほど見た女性だ。


 顔は見えない。

 黒いツギハギの如く、影になっている。


 笑ったような気がした。

 その直後、声が聞こえた。


(──待ってる)


 

 ──



 次に気が付いた時。

 私はベッドで横になり、天井を見上げていた。


 視界の隅には、二人の少女が映っていた。

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