3-11. 閃光

「魔石があるはずだ」


 エリカが言った。

 意図を察するにはその一言で十分だった。


 敵は完全なる未知。

 しかし魔物である以上は魔石がある。それを砕けば勝てるはずだ。


 もちろん簡単ではない。

 恐らく一手でも間違えたら一瞬で全滅させられる。普通なら全力で逃亡するところだが、まるでそれを許さないかのように出入口が黒い靄に覆われている。


 つまり戦うしかない。

 あの怪物を打ち倒せば生きる。失敗すれば死ぬ。とても単純だ。


(……どこから攻める?)


 額から濡らした汗が頬を伝う。

 二人の手前、不安は見せなかったが、腰が抜けそうな程に怖い。


 一体ですら恐怖の対象だった黒いツギハギが複数現れており、さらに「女王」まで出現している。


 情報はゼロ。完全なる初見。

 初めて迷宮へ挑んだ冒険者達のように、これから未知へ挑まなければならない。


 長い息を吐きながら集中する。

 そして直前に見た薄紫色の輝きを思い出す。


 恐らく、勝負は一瞬で終わる。

 怪物達の攻撃を受け、ひとつでも対応を誤れば、これまでに見た冒険者達のように明日を見ることは叶わなくなる。一方で魔石を発見した場合、エリカのスキルを発動させることで勝利できるだろう。その役目は、きっと私でも良い。


(……動かない)


 心臓が内側から胸を突き破りそうな程に騒いでいる。

 体感では数分の時が流れたけれど、女王どころか黒いツギハギも動きを見せない。


『──カワイイ』


 私は咄嗟に息を止めた。

 

『──チイサイ』


 女王が喋り始めた。

 目は無い。しかし、確実に私達を見ていることが分かる。


『──デモ、オイシソウ』


 全身が警鐘を鳴らす。

 その直後、女王がそっと手を掲げた。


 それは見る見るうちに巨大化して、私達の頭上へ──


「飛べッ!」


 咄嗟に叫んだ。

 理屈は無い。直感が、あの手から──影から離れろと言っていた。


『──アララ?』


 女王は不思議そうな様子で言った。

 私は彼女の姿を見て、過去のトラウマを思い出した。


(……あれは、第二王女と同じ)


 女王が次の行動を開始した。

 私は思考を中断して、エリカとレイアに情報を伝える。


「影だ! 絶対に触れるな!」


 最初に黒いツギハギと遭遇した時、あいつは追ってこなかった。

 見逃されたのだと思った。しかしそれは違った。私は、この攻撃を知っている。


「クド! 何か知っているのか!?」


 エリカが影を避けながら言った。


「確証は無い! だが、似たような攻撃を見たことがある!」

「それは心強い!」

「流石ご主人さまです!」


 二人から賞賛の声。


「どうすれば攻略できる!?」

「それは分からない!」

「流石ご主人さまです!」


 レイアのそれは賞賛なのか!?


『──アアアアアアアア!?』


 突然、女王が金切り声をあげた。

 私は思わず耳を塞ぎ、様子を見守る。


「……バカな」


 女王の上部に雲が現れた。

 それは加速度的に広がり、私達を飲み込もうとする。


(……出口は!?)


 後方を確認する。

 ダメだ。影を避けて通れるだけの空間が無い。


「ご主人さま!」


 レイアが何かを指差した。

 女王の左胸あたり。そこに薄紫色の光が見える。


「でかした!」


 一瞬で思考する。

 あの場所に辿り着き、魔石を穿つ方法を──


「エリカ! 魔石! 左胸!」

「なに? ……いや、私には見えないが」


 見えない?

 あんなにも鮮明に……いや、理由を考えている場合ではない。


「クド! 私が運ぶ!」


 運ぶ? どうやって……いや、信じるしかない!


「任せた!」


 元より、その案はあった。

 どちらかがスキルで肉薄するところまで導き、もう一方がスキルで魔石を砕く。


「隙を作るわ!」


 レイアが叫び、時計回りに回転を始めた。

 ツギハギ狩りで何度も見た動き。私は直ぐに意図を理解できた。


「エリカ、こっちだ!」


 反時計回りに移動する。

 もはや位置は壁際。雲と影は直ぐそこにある。


「くらえ!」


 レイアが合図を出すかのように叫んだ。

 それと同時に彼女が行ったのは投石。それは、ほんの一瞬、女王の意識を奪った。


「今だ!」


 私は叫んだ。

 次の瞬間、眼前が闇に包まれていた。


 ──否、これは女王の胸元!


 思考するよりも早くスキルを発動させる。

 経験は無いが、どうしてか感覚で理解できた。


 ──見つけた!


 薄紫色の光。

 私は握り締めた短刀を構え、足元に力を込める。


 ──すまない!


 エリカに心の中で謝罪して、その肩を蹴った。

 そして、一閃。私は女王の魔石を貫き、背後にある壁に衝突した。


 ……うご、けない。


 スキルの反動。

 女王の様子を確認したいのに、首を回すこともできない。


 ……長い。長い。長過ぎる。


 硬直時間は、ほんの数秒。

 しかし、この極限状態における時間としては、あまりにも長い。


 ……動いた!


「やったか!?」


 私は声を出しながら振り向いた。

 

『──ァハ』


 そして最悪の敵と目が合った。

 黒いツギハギは──私の腕から、顔を出していた。

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