3-10. 変貌

* ナクサリス *


 ……何が、起きやがった?


 あの優男、叫んだ後から急に強くなりやがった。

 だがそれは大した問題じゃねぇ。もともと素手でやり合ってた。武器さえ手にすりゃ秒で仕留められる。三人がかりなら万にひとつも負けは無い。そのはずだった。


 なら俺は、どうして首が無い自分テメェの身体を見ている?


 ……斬られた、のか?


 あの優男に……いや、そんなわけねぇ。

 確かに異常な速度だったが、きちんと見えていた。


 ……まさか。


 直前の記憶が脳内で再生される。

 一瞬、薄紫色の光を見たような気がした。


 ……いや、だが、あいつのスキルは、もっと弱かった。


 早くなるだけで威力が増すわけじゃねぇ。

 俺の首を落とす程の力なんて無いはずだ。


 ……ありえねぇ。


 反応できなかった。

 首を斬られた後で、その事実に気が付いた。


 クソ、クソ、クソがッ!

 全部演出か!? 俺を油断させるための罠か!?


 ふざけんじゃねぇ!

 俺は上層突破者だぞ!?


 それがっ、こんなっ、ああああああああああ!!!!!!!

 ぶち殺してやる! なのに……腕も、足も……クソがああああ!!!


 ──ァハ。


 ……あ?

 なんだ? 誰だ、笑いやがったのは。


 ──ィィヨ。


 だから、誰なんだよ。

 

 ──キミ、オィシィから。


 今は時間が引き延ばされてる。感覚で分かる。

 それなのに、どうしてかはっきりと頭に響きやがる。


 ──ボクガ、カワッテアゲル。


 あ? お前、誰だよ……。

 真っ黒で、顔が……



* クド *



 一瞬、視界が薄紫色の光に染められた。

 そして次の瞬間には、あいつの首が宙を舞っていた。


(……今のが、エリカのスキルなのか?)


 ほんの一瞬だが、確かに見えた。一度の瞬きをするよりも短い時間の中、彼女は光の如く駆け抜け、あいつの首を斬り落とした。


 エリカを見る。

 本人も驚いた様子だった。


「……あ、ありえねぇ」


 残った二人のうち、男の方が言う。


「テメェ隠してやがったな!?」

「待ちな!」

「んだよっ、あっ!? ナクサリスやられてんだぞ!?」


 彼がエリカに切りかかろうとすると、もう一人の女が静止した。

 彼女は呼吸を整えて、小さな声で言う。


「……降参しよう」

「はぁ!? ありえねぇだろ!」

「さっきの攻撃、見えたかい?」

「見えなかったが……それがどうした!?」

「勝てない勝負なんてするもんか! 命乞いしてでも、生きる方を選ぶよ!」


 ──ダメだよ。


「はぁ?」


 静寂。

 

「……待て、今の、誰だ?」


 ルームに残った五人が、一斉にそれを見た。

 首から先が失われた肉体。その断面から黒い靄が出ている。


 あいつのスキルか?

 しかし、仲間である二人も驚いている。


「ご主人さま!」


 レイアが声を上げた。

 私はハッとして彼女を見る。


 視線の先。

 ルームの出入口に、黒いツギハギが立っていた。


「……な」


 出入口はひとつしかない。

 黒いツギハギと戦うことは避けたいが、あの黒い靄からも嫌な予感がする。


「エリカと合流する」


 レイアは頷いた。

 私達は黒いツギハギと靄を警戒しながらエリカの元へ向かう。


「おい、どうするよ」


 その間、あの二人も相談を始めた。

 多少は距離があるけれど、焦っているのか私達にも声が聞こえてくる。


「逃げる以外ないでしょ」

「だけどよ、出入口に黒が居やがる」

「見れば分かるわよそんなこと!」


 揉めている。

 私は周囲を警戒しながらエリカに話しかける。


「……どうする?」


 単刀直入に聞いた。

 なぜなら、この場において最も経験が多いのはエリカだからだ。


「逃げるしかあるまい」

「黒いツギハギはどうする?」

「……」


 エリカは考え込むようにして俯いた。


「さっきのスキルは使えないの?」


 レイアが言った。


「分からない。私のスキルは、あのようなモノではなかった」

「なら試して。もう一度できるはずだから」

「なぜ言い切れる?」

「それは多分、ご主人さまのスキルだからよ」


 私はレイアの考察を聞いてハッとした。

 あのスキルは、レイアの力を飛躍的に向上させたのだ。元より強かったエリカにも発動したならば、先程の一撃も説明できる。


「んなは!?」


 エリカが変な声を出した。


「……私は、いつの間に彼とまぐわったのだ?」

「バカ。二人の間に、信頼関係が生まれたということでしょう」

「……しん、らい?」

「そう、信頼よ」

「なぜ今なのだ?」

「あなた本当に鈍いのね。今のは私も驚きよ」

「二人とも、一旦話は終わりだ」


 愉快な会話を聞き続けたいところだったが、口を挟む。


「靄が、動いてる」


 レイアが呟いた。

 その言葉通り、斬られた首の断面から出ていた靄が、まるで意思を持っているかのように動き始めたのだ。


「なっ、なんだよこれ!?」


 靄が向かった先は、近くに立っていた二人と──そして、出入口から動かない黒いツギハギ。


「クソがッ! ふざけんな! まとわりつくんじゃねぇ!」


 彼は両手をバタつかせながら靄から逃げた。

 しかし、靄の方が早い。彼はあっという間に飲み込まれ、声が聞こえなくなった。


「エリカ、私のスキルについて説明する」

「……こんな時にか?」


 私は武器を構え、靄と黒いツギハギの両方に注意を向けながら言う。


「発動条件は、強い信頼関係の構築。効果は、スキルの強化と獲得。恐らく、エリカのスキルは強化された。そして、私も同じスキルを使えるはずだ。だから、今すぐにスキルの詳細を教えてくれ。頼む。きっともう時間が無い」


 黒いツギハギが靄に包まれた。


「私のスキルは、瞬間的な敏捷性の向上。しかし先程の一撃は全ての能力が向上しているように感じられた。連続では使えない。先程の感触から言って、一度使えば五秒は動けなくなる」

「……五秒か」


 致命的だ。

 つまりスキルが使える機会は一度きり。


「レイア、後方支援を頼めるか?」

「もちろんよ」


 私は呼吸を整えた。

 これまで虐げられ続けたことで培った経験が告げている。


 まもなく、私にとって良くないことが起きる。


「初動は私が引き受ける。エリカは、スキルの準備を」

「……いやはや、驚いた」


 言葉の意図が分からず振り返る。

 エリカは私を見ると、にやりと笑った。


「存外、頼りになる男なのだな」

「……いいや、私は臆病者だよ」


 靄が一点に──あいつの死体があった位置に集まり始めた。

 それは徐々に、人の形を作り始めた。


 変化は、それだけではない。

 

「……これは、不味いな」


 エリカが言った。


「……ええ、ちょっと、笑えないわね」


 レイアも声を震わせた。


「……」


 私は呼吸を整える。

 視線の先、目に映ったのは無数の黒いツギハギ。新たに生まれた存在を守るかのように、その周辺に立っている。

 

 突然、黒い靄にヒビが入った。

 それは卵の殻を剝くように割れ、内側にあった何かを露出させた。


 その色は、白。

 人の形をしているが顔は無い。

 胸部の形からして、性別は女性だろうか。


「……ツギハギの、女王?」


 エリカが呟いた。

 なるほど、女王という表現はしっくりくる。


『──ひさ、かた、ぶり』


 女王が声を出した。

 

『──あぁ、ぁぁぁ』


 警戒する私達の前で、女王は途端に苦しみだした。


『──憎い』


 黒いツギハギの子供のような声とは違う。

 大人びた女性のような低い声で、女王は言った。


 そして、戦闘が始まった。


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