3-4. 鎧の内側
二つ名は偉業を成し遂げた冒険者に与えられる。
彼女の場合は、上層を突破したことで協会から付与されたそうだ。
「とてつもない幸運ですよ!」
上層突破者は貴重な存在である。普段は上層よりも深い場所で活動しているから、地上に現れることは滅多に無いそうだ。
要するに出会うことが難しい。そんな相手から
もちろん疑問はある。
なぜ、私達に声を掛けたのだろうか。
フィーネの反応を見るに素行の悪い者ではないのだろう。
しかし他の冒険者に襲われた直後ということもあって、私は警戒してしまった。
私は柔らかい表現で申し出の理由を尋ねた。
すると全身鎧の冒険者はフィーネに何か耳打ちした。
「移動しましょう」
かくして私達は協会内の個室へ移動した。
* 個室 *
そこは狭い部屋だった。
横幅3メドル、縦幅2メドル程度。家具は長椅子と机だけで、窓は無い。
ここは主に他の冒険者に聞かれたくない話をする場合に利用するらしい。
正直なところ、人目の少ない場所へ行くことには少なからぬ抵抗を感じたが、協会の施設内ならば大丈夫だろうと従うことにした。
「それじゃあ、私は戻りますね」
フィーネは席を外してしまった。
突然のことに驚愕していると、長椅子に座るよう手で指示された。
私はレイアに「どうする?」と目配せする。
彼女は軽く頷くことで「話を聞きましょう」という意思を示した。
警戒したまま着座する。
全身鎧の冒険者は、立ったまま私達をジッと見た後、頭部の防具を外した。
銀色の髪と薄紫色の瞳。
私は、彼女の名前を知っている。
「エリカ……っ!」
思わず立ち上がって名前を呼んだ。
「おお、私のことを覚えていたのか。これは嬉しいな」
「忘れるわけがない」
「一度も会いに来なかったのに?」
「それは……いや、返す言葉が無い。すまない。色々と多忙だった」
「冗談だよ。座ってくれ。もっと気楽に話をしよう」
私は彼女の提案に従って腰を下ろした。
その直後、隣に座るレイアに腕を引かれる。
見ると、説明を求めるような顔をしていた。
「彼女はエリカ。命の恩人なんだ」
「それなら、私にとっても恩人ということね」
レイアは背筋を伸ばす。
「レイアよ。ご主人さまを助けてくれたこと、感謝しておくわ」
「いやいや、大したことはしていない」
「ふーん。冒険者なのに、随分と腰が低いのね」
「逆に君は、堂々としているな」
「当然よ。私の全てを捧げる代わりに、ご主人さまの半分を貰ったもの。私は自分のことを彼の半分だと思って生きているわ」
「……なっ」
エリカは驚愕した表情を見せた。
確かにレイアは不思議なことを言ったが、そこまで驚くような内容だろうか?
疑問に思っていると、エリカが小さな声で言った。
「すまない。私は口下手だから直接的な聞き方しかできないのだが……」
「あなたが想像した通りよ」
「んな……」
「とても熱い夜だったわ」
「んなななな……」
このような話に疎い私だが、流石に今のは理解できた。
口を挟みたいが、完全に誤解というわけではない。無理に否定するとレイアの機嫌を損ねるだろう。さて、どうしたものか。
私が思わぬ方向で頭を悩ませていると、エリカは軽く机を叩いて言った。
「クド!」
「……なんだろうか?」
彼女は唇を結び、怒りと困惑を混ぜたような表情で私を見ている。
私は緊張した。
何を言われるのだろうか。糾弾だろうか。ほんの数日前に出会った
「……やはり遠回りな表現は苦手だ。すまないが、直接言わせてもらう」
彼女は悩んだような仕草を見せた後、大きく息を吸い込む。
そしてその薄紫色の瞳に私を映して言った。
「将来的な性交渉を前提として、パーティを組んで貰えないだろうか?」
「……パーティ、というのは?」
「共に迷宮へ挑む冒険者のことだ」
「なるほど」
言葉の意味は分かった。
しかし、それ以外のことが何ひとつ分からなかった。
「まぁ待てクド。君の言いたいことは分かる。だが、まずは話を聞いてくれ」
どうやら説明してくれるらしい。
私は余計なことを言わず、彼女の言葉を待った。
「私には悲願がある。必ず、迷宮の深部へ到達したい。そのために、信頼できる仲間とパーティを組みたいと思っている」
少し違和感のある表現だった。
フィーネの説明が正しいならば、上層は一人で突破できる場所ではない。
エリカは上層を突破しているのだから過去にパーティを組んだことがあるはずだ。しかし、今は一人で活動している。考えられる可能性はふたつある。ひとつは死別。もしくは信頼できる仲間という表現から察するに、問題が起きたのかもしれない。
「それから迷宮攻略とは別に、その……子孫を残したいと考えている」
「……そうか、話は分かった」
私が困惑しながら頷くと、
「引き受けてくれるのか!?」
彼女は目を輝かせて机に身を乗り出した。
「……なぜ、私なのだろうか?」
「それは……」
エリカはレイアを一瞥した。
するとレイアは少し不機嫌そうに溜息を吐いた。
「卑しい女ね。私が大丈夫なら自分も。などと思ったのかしら」
レイアが厳しい口調で言うと、エリカは肩を小さくして椅子に座りなおした。
「……?」
私はやりとりの意味が分からず思案する。
レイアが大丈夫なら、というのは……ああ、そういうことか。
私の感覚からすれば、エリカは美しい。
しかし迷宮都市において、彼女の容姿は醜いと評価されているのだろう。
エリカは、どこかの貴族なのだろうか?
私は迷宮都市の政治をさっぱり知らないが、貴族ならば子孫を残したいと考えても不思議ではない。
なるほど辻褄が合う。
容姿のせいで苦労している中、私のように真逆の美醜感覚を持った相手が現れたのならば、このような頼みごとをしても不思議ではない……のか?
「どちらにせよ!」
少し重い空気を断ち切るようにして、エリカが声を上げた。
「君達には
エリカは必死な様子で言った。
私としては願ったり叶ったりだ。
子孫繁栄に協力できるか否かを即決することは難しいが、迷宮へ挑む仲間が欲しいという点については、利害が一致している。私は復讐を遂げるために、なんとしても上層を突破して、加護を得たい。そして何よりも、命の恩人であるエリカならば信頼できる。彼女以上の案内人など、二度と現れないだろう。
私はレイアに目配せをして、意見を求めた。
「ご主人さまの判断に従うわよ」
レイアは少し不満がある様子だったが、そう言った。
私は一度だけ深く呼吸をして、その間に結論を出す。
そして、エリカに握手を求めた。
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